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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
115/709

111話 盗賊の思惑(シルバーナ)

 アルルの演説から始まった会議も終盤である。

 ハイデルベルの公館に集結したシグルス配下の騎士団員達が集結していた。

 会議が行われる一室に集まった百名程の幹部達は、いずれも歴戦の戦士達である。


 だが、そこに黒髪の騎士見習いが混じっている事で、不穏な空気が流れていた。

 アルルの良く通る清流の如き声が、室内に響く。

 実に自信に満ちた様子である。

 

「籠城はしない。野戦にて敵を粉砕する。皆覚悟はいいな?」


 そこに、少年の声が上がった。


「お待ちくださいアル様。提案をしたく存じ上げます」


 手を上げると声を上げたのはユウタだ。騎士達の視線が見習いの少年に降り注ぐ。

 皆一様に好奇の色があった。一部には嫉妬の色もある。勿論憎しみの色もだ。


「なんだユウタ。何か問題でも?」


「このままぶつかり合えば、双方共に被害は甚大な物になります。まずは、説得をされてはどうでしょう。調略と物資の破壊工作をされて、敵の消耗を図っては如何でしょうか」


 騎士達の間からはざわめきが漏れる。

 敵陣に潜入して、生きて帰って来れる等夢物語であるのだ。

 当然嘲笑が上がる筈だが、王子の手前である。皆笑いを押し殺していた。


「ふむ。その時間は、少ないぞ。だが、やってみる価値はありそうだな。よろしい。ならばやってみせる事だ。見習い騎士ユウタよ。見事やってのけた暁には、従騎士として採用してやろう」


「ありがとうございます」


「結果を期待している」


 黄金の鎧を着たアルルの言葉額面通りに受け取った騎士見習いは、顔上げると頷いた。

 ユウタは未だに見習いであった事が、不思議な位の戦果を上げているのだが。


 騎士達の集められた一室から退出してくユウタにシルバーナが走り寄る。

 皮鎧を着たみすぼらしい恰好であったが、少女が少年を見違える事はない。


「ちょっとあんた本気かい」


 詰め寄る娘の語気は、荒い。

 自然と、ユウタを壁に押しやる風になる。


「本気も本気だぞ」


「一体どうやって相手を倒すっていうんだい。まさか、また潜入する気じゃ。やめときなよ。無謀過ぎるって」


 両の手を使い思いを吐露するように詰め寄るシルバーナ。

 しかし、ユウタは真面目な顔で返事をする。


「成せばなるっていうし。どうにでもなるさ。何なら正面からぶつかり合って粉砕するというのもいいかもしれないけどな。ただそれだと被害が大きくなる可能性がある。だから、相手の食料を焼いてしまうか奪ってしまえばいい」


 本気も本気といった表情である。この男は、無謀を通りこしていた。

 敵陣に単独潜入していく。どれだけ死にたがりなのかシルバーナには判別がつかなかった。

 ただ、以前ペアで敵の本拠地に殺戮の嵐を降らせた事は記憶に新しい。


(ただの馬鹿だと言い切れないんだよねえ。こいつ一人だと、何でもやり遂げてしまう処もカッコイイしねえ。あたしの部下に口だけの男は多いけど、ユウタは別格さね)


 溜息まじりの息を吐くシルバーナはユウタの胸を指で突く。 


「はあ。死なないで済むと確信しているあんたはどうかしてるよ。それで、そこの女はなんなのさ。セリア様はどうしたんだい」


「新しい奴隷だ。戦闘出来るかどうかは不明だけどな。セリアは、学園で武闘大会に出てる。今日は、厳しいだろう」


 シルバーナは複雑そうな顔をした。

 げっそりとしたような顔である。ドス子に向けた視線は剣呑な物が混じっていた。

 勿論、ユウタに新しい女がくっついている事が問題であった。


「ふーん。で、まさかやってないだろうね」


 丸く指で輪を作ると、貫いて見せる少女の目に力はない。

 指を見る少年は、動揺した少女に顔を赤くしていた。


「どうだと思う?」


「や、やってないね。あんたにそんな度胸があるはずがないもんね」


 シルバーナの声が震える。今にも嘘だと言ってよと言わんばかりであった。

 少女のポニーテールが、萎びたように垂れ下がる。


「ぐっ。なら、やってみせるしかないな。俺のマジカルちん●なめんなよ?」


「ふーん。そりゃ楽しみだね。夜にでも見せてもらおうかねえ。きっちりとさ」


 赤くなったり青くなったりするユウタに、シルバーナは余裕の表情を見せる。

 少女の狡猾な罠にかかったのは、ユウタのほうであった。

 下手な弁解をするほどに、自縄自縛となっていく。

 

「しまった。何で俺はこんな話をお前としているんだ?」


「さあ。単独で潜入しにいくんじゃないのかい。それならあたしも連れていきなよ。役に立つと思うけど?」


 目を明るくしたシルバーナが、書類を手にしていた。

 女だてらにユウタに付いて行こういうのである。

 そんなシルバーナを見つめる視線には疑念が乗っていた。


「そうか。で、具体的には何が出来るんだ」


「そりゃあんた、配下の盗賊達を使って攪乱させたりするのさ。忍者達は忍者達の戦いがあるからねえ。盗賊はほとんど壊滅状態にあるみたいだし、ここは縄張りを広げるチャンスなのさ」


 目下ハイデルベルの王都には盗賊がほとんどいない。

 見つけ次第、縛り首かその場で処刑である。

 当然そこは空白地帯となるのだ。とはいえ、道のりは険しいのだが。


「うーん。手荷物というかお荷物は少ない程いいんだがなあ」


「あたしがお荷物だってのかい。そんな事ないって証明してやったじゃないのさ。ペダ村を助けにいってあげたろ。ちょっとは感謝してもらいたいもんだねえ」


「それには感謝している。シルバーナさん。ありがとうございます」


 頭を掻く少年は、困ったという表情を浮かべる。

 この少年、元より身一つで潜入する予定だったのだ。

 そんな剛毅な男であったが、助けて貰った礼が言えない程不義理ではない。


 低頭となって感謝の意を腕組みする少女に伝える。

 ただの通路なので、通行する騎士達からは笑い声が漏れ聞こえた。


「へえ、じゃあ。身体で感謝を表明してくれないかねえ」


「どうしてそうなるんだ。愛とか恋とかないじゃないか」


 笑い声に耐えきれないと、ユウタは歩き出す。

 シルバーナも横に並んで歩きだした。背後には赤い髪の美女がいる。


「身体から始まる関係っていうのもありじゃん。一緒に居る内に情愛が芽生えるってもんなのさ。惚れた腫れたってそんなもんでしょ。あたしは肉奴隷でも一向に構わないんだけど?」


「断る。身体目当てって、さみしくないかそれ」


「全然さみしくなんかないって。それよりも振り向いて貰えないほうが寂しいし。一向に振り向いて貰えなくたって構わないけどねえ。待てば、活路有りともいうし」


 あっけらかんとした表情で話すシルバーナは、ユウタを見上げる。

 ユウタの目には果たしてどう映ったのか、不明であった。


「そうか。まあいいけど、なんで俺なんだ。男なら幾らでもいるだろ」


 シルバーナの周りには当然男の盗賊で溢れている。

 女盗賊など、余程の事があっても長くは続かない。

 大抵は、仲間の情婦になるか内縁の妻状態だ。

 

「そうさねえ。一つ強い事。一つ恰好いい事。一つ弱きを助け強きをくじく事。一つあたしの盗賊団を導けそうな事。一つ決断が出来る事。うん、有り過ぎて言い切れないね。あたしの周りには、口が達者な男は多くても実力があって何でも出来る男ってのはそういなくてね。あんたみたいなのを待っていたのさ」

 

「お、お前。口が上手い女だな。俺を乗せたって何も出ないぞ。と、そろそろ外だ」


 話をしている内にシルバーナとユウタは、玄関前に立っていた。


「そうかい。で、どこ行くのさ」


「敵が集結している町だろ。当然そこに、大量の物資が有る筈だ」


「反乱軍が集結している町には、当然大量の敵がいるんだよ。セリア様の試合が終わるまで待ってから行動した方が良いと思うけどねえ。町は確かハルジーヤだっけね。王都から西に行った所だねえ。その隣にはツブルグとナルナって町があるよ」


 ハルジーヤは、王都ゼテギアから西に街道を数十キロ歩いた先にある町だ。

 シルバーナは事前に得られた情報からそれを把握している。

 しかし、ユウタはまるでわかっていない。


「歩きで行くしかないか」


「時間がかかりそうだねえ。何なら犬ゾリでも借りるかい。あれなら結構速いけど、ゴルがかかるね。馬は用意してあるよ。どうするのさ」


 前もって用意してある馬がなければ、ユウタはここで大きく時間を食う事になった筈である。

 以前来た際に、瞬間移動と言えるワープの魔術を出口設定していれば別だ。


「馬を借りるか。俺にも考えがある」


 設定をし忘れたといった風であった。

 ハイデルベルにあるルーンミッドガルドの公館の外に出る。

 ユウタと三人と一匹で移動しようとした所に、アルルが現れた。

 

 相も変らぬ黄金色の鎧にローブを着ている。

 シグルスを連れていないのであった。

 振り切って行動しているのはユウタとシルバーナに見え見えである。


「ユウタよ。私も連れて行け」


「無茶ですよ。あ、シグルス様」

 

 息を上げずに、駆け寄ってきたのは白銀の鎧を着たシグルスだ。

 その後ろには、部下が走ってくる。


「また、勝手に抜け出されては困りますよ。ユウタ様もアル様が来られてお困りの様子です。全体の指揮があるんですから、普段のようにくっついて狩りに出るなどという事はお止めください」


「ぐぬぬ。そこの娘、シルバーナとかいったな。私と替われ」


 腰に手を当てて、こめかみを指で押さえるシグルス。

 親指を口にするアルルは、さも当然といった表情でシルバーナに告げる。

 そこを配下の白騎士に咎められた。


「また無茶苦茶を言うのは、この口ですか?」


「うにゅうー。ああもうっ。わかった。わかったから放せ」


 後ろから回り込んだ黒髪の美女は、アルルの頬を優しげに引っ張る。

 奇妙な声を上げるアルルは、一旦抵抗を止めた。

 シグルスに抵抗しても、今回は分がない事を誰にでもわかる。


「いいえ。ドレッド、レィル、イープル。アル様をお連れしなさい」


「「はっ」」


 三人の騎士がじたばたするアルルを引きずるように連行していく。

 二人の男の騎士がユウタに視線を向ける。

 侮蔑の色を隠そうともしない視線であった。


 そんな騎士達を他所にシグルスはユウタに向けてさわやかな風といった声で励ます。


「では、任務を頑張ってくださいね」


「ありがとうございます」


 艶然と微笑むシグルスを見るユウタの頬は緩みっぱなしであった。

 そこに、シルバーナの肘が鳩尾を狙って放たれる。

 が、あっさりと受け止められた。


「くっ。このタイミングで決まらないなんてやるじゃないのさ」


「予備動作がバレバレだ。もっとフェイントが無いと入らないぞ。それと、DDが中にいるから次からは顔面にしてくれ」


 少しユウタの語気が荒くなっている。

 鳩尾を狙った攻撃は、ユウタの機嫌を損ねた。

 精悍な顔立ちに青筋が立っている。

 皮鎧を着ているが、鳩尾に肘が入れば当然中に入っているヒヨコサイズな奴は、生肉になるのだ。


 そんな少年にシルバーナの蹴りが襲いかかる。

 低く鋭い蹴りだ。


「ふーん。って、避けるんじゃないよ」


「脚だって痛い。何で蹴られなければならないんだ」


 脛を狙ったローキックを素早く放つ。

 が、それもまたユウタは半歩下がりあっさりと躱してみせた。

 食らわない事よりも、別の事にシルバーナは苛立ちを見せる。


「他の女に色目を使っているじゃないのさ」


「使っているつもりはなかったんだがな。と、さっさと行くぞ」


 更に放たれるのは、ハイキックだ。

 それをスウェーの要領で少年は躱す。そして、手で制止した。

 止まらない少女の脚は上段踵落としとなってユウタの頭上を襲う。

 変化したそれをあっさりと手で払ったユウタは歩き出した。

 雪こそ振っていないが、地面には未だ雪が残っている。


「待ちな。って、話ながら行くとするかい」


「色目を使うなと言いながら、殴る蹴るは止せ。大体、男が助平心みたいな物を無くしたらホモになっちまうぞ。後、暴力で振り向かせようとするのは反対だ。男の好感度は下がる。間違いないから」


「そうなのかい。それじゃあどうすればいいのさ。我慢してろっていうのかい。ストレスで生理不順になっちまうじゃないのさ」


 外に出るユウタに追いついたシルバーナは、くしゃっと頭を掻いた。

 全く攻撃が、通じないのもある。

 攻撃性は、シルバーナの性分であった。すぐ手が出るのは悪い癖であったが。


 サクサクと雪を踏む音が、少女の耳を打つ。


「そうかもな。でも、耐える女というのかな。許す女の方が幸せになる確率は高いと思うけど、どうだろうか」


「あんたもそっちの方が好みなのかい。それなら考えなしの殴る蹴るは逆効果かねえ」


 話ながら、厩舎に寄った三人は馬に乗る。ユウタの背にはドス子が乗っていた。

 ユウタが馬を走らせると、シルバーナも追いついて並走した。

 鐙付きの馬で、中々の速度がでる。


「それより、やらせろやらせろという女の方が問題だと言いたい」


「そりゃあんた。普通は男の方が言ってくるのに、あんた全然なんだもの。ホモか玉無しなのかってきになってしょうがないよ」


「玉はあるわ! あと、いきなりやらせろってレイパーかよ」


 慌てた様子で股間を押さえるユウタは、憮然としている。

 ホモとか玉無しにかなり傷ついた様子である。

 それをシルバーナはハスキーな声で追い打ちをかけた。


「男なんてそんなもんじゃないのさ」


「俺は軽く女性不信に陥りそうなんだが?」


「カカッ。あんまり気にしなさんな。あたしの見た所、あんたは一旦やり始めるとサルになるタイプだと思うね。最初の壁が高いくて硬いだけさ。だから、そこさえ崩してしまえば後は楽なもんだよ」


 少女の栗毛が、風に流れる様子を見つめるユウタは額に手を当てる。

 盗賊団の脅威が去ったとはいえ、荒廃した王都の通りは人通りが多いとは言えない。

 話す二人の馬は、軽快に西門へと向かっていた。


「だとしてもだ。もう少し、慎みを持った方がモテると思うな」


「あんたはそっちの方が好みなのかい。そりゃいい事聞いたよ」


「・・・・・・さあな」


 その後も、終わりの見えない話をして馬を走らせていた三人だった。

 ユウタ達は王都の西門を抜けて、程なく走らせた郊外で止まる。

 検問は、シルバーナの方が持っていた書類が効いたのだった。 


「こんな所で馬を降りてどうするのさ」


「まあ見てろ」


 赤い髪の女が変身していく。赤い髪は鱗になり、身体も強靭な鱗に覆われた山のような姿に変わる。

 どのようなスキルを使ったのか不明であった。

 しかし、現実に山と見違える程の大きさな竜が出現している。

 赤い鱗はともすれば、火の粉を放っているようにも見えた。

 

「こいつは、驚いたね。古代竜かい」


「そうなのか? よくわからんが、DDが捕獲したトカゲの奴隷だ。これで飛んで行けば早いだろう」


「どこに乗るのさ。乗る場所はあるのかい」


 飛んで行くと、ユウタは言う。

 しかし、乗る場所が見当たらないのである。

 黒髪の少年は冷静な声で告げる。


「背中だな。と言っている」


「言葉がわかるのかい。ああ、コッコもどきなトカゲがいたっけね」


「具体的にはコイツで相手の注意を引き付けて置いて、内部の食料庫を焼き討ちするそういう作戦だ」


 果たして背中に乗れるのか。それはユウタにも疑問の様子だ。

 何せ、鱗から出る熱はかなりの物である。

 赤い竜が寝そべる姿勢を取ったので、あっさりと乗る事が出来た。

 そして、シルバーナは疑念をユウタに伝えずにはいられない。


「でもあんた。こんな化物を使役出来るんだったら、直接焼いた方がいいんじゃないのかい」


「確かに。しかし、それをやるとなると住民の被害が半端じゃなくなると思う。よって、極力兵士だけを削ぎながら、かつスマートに敵の殲滅ではなく、無力化に主眼があるんだ」


 出来るだけ殺さずに、勝とうというユウタの趣旨であった。

 そんなユウタにシルバーナは、翻意を訴える。

 逆らう者には容赦をしないのがアルルだ。


「どういう事? 反逆者は全員始末するのが、アル様のやり方だけど?」


「そうすると、この国の統治が今後やりづらくなるだろ。だから、死人は増やさずやる気を殺していく」


「それでも、攻撃すれば死人は出るよ? だったら、さっさとこいつで片を付けちまった方がいいとおもうけどねえ。それと、これどうやって飛んでいるんだい。どう見ても翼で飛んでいるんじゃないよねえ。どっちかっていうと飛行魔術を使っているぽいね」


 竜の身体から地上は流れるようにして見える。

 そんな光景にシルバーナは、眩暈を覚えた。

 隣に立つユウタの身体に寄りかかる恰好だ。


「確かに、この巨体で飛んでいるのはどう見ても可笑しいな。さっさと済むといえば済むけど、無茶苦茶やって国民の死体が量産されたら、王女様との約束を守れないしなあ」


「は? そんな事一言も聞いてないんだけど」


 驚いた様子で目を見開くと、栗色の瞳は大きく開かれた。

 こともなげといった様子で話すユウタは、竜から見える景色に心を奪われている。

 当然シルバーナの驚きに関して理解していない。


「何を?」


「お、王女様との約束とか、とか・・・・・・あんたどんだけ女を引っかけているのか調査が必要だね」


「引っかけるとは人聞きが悪いぞ。別に俺からどうこうしている訳でなし」


 別に俺が悪い訳ではない。そういう感じであった。

 しかし、シルバーナにとってみれば重大な話である。

 何人いて、どれだけのライバルがいるのか。


 気にならないのならどうでもいい話なのだが。

 

 流れる景色から竜の速度は小型魔導戦闘機並みに出ている物と、推測される。

 同時に、シルバーナが把握しているだけでも好意を示す女の数は手の指で収まるのか不明だった。

 指を折り曲げながら数える少女は、くぅっと短く叫ぶ。


「大体把握しているだけでも十人はいるじゃないのさ。ほいほい言う事聞いてるから、抜き差しならなくなって首が回らなくなっても知らないさね。ところで、降りる方法は考えてあるのかい」


「ああ、それなら飛行魔術をぶっつけで試す。もしくは、コイツに外壁にとりつかせてから移る方法があるな。・・・・・・背中とお姫様抱っこどちらがいい?」


 既に、都市ハルジーヤの上空に達している。

 しかし、迎撃の竜騎兵が上がって来る様子はない。航空戦力がいかほどかは不明である。

 突然の事に慌てているいう風に都市内部は混乱している。

 

 シルバーナは顔を赤くしながら、ユウタに選択を力強く宣言する。


「お姫様抱っこで!」


 シルバーナは、チャンスを逃すような女ではない。

 よってやってもらいたい事は、すぐにやってもらうのが性分であった。

 シルバーナを抱えるユウタは疲れた表情をしている。


「あの、シルバーナさん。普通は逆じゃないですかね」


「さあね。普通だったらやって貰えないような事をやってもらうのがあたしの流儀でね」


「へいへい。んじゃ、しっかりつかまってろよ。ただ、妙な真似はするな。二人して、墜落死なんて洒落にならん」


 それなりに装備を付けた少女を軽々と抱えたユウタは壁に取り付いた竜の背から降りた。

 外壁の上でさしたる抵抗もないまま、隠形と壁歩きを使う二人は外壁を降りる。

 そして、壁伝いにスキルを使って移動していく。

 

 ユウタが赤い竜に指示を出すと、食料庫を探しに走りだした。

 大空に舞い上がる竜の羽ばたきは、暴風のように地上を洗う。

 シルバーナにはユウタがどのようにして、竜に言う事を聞かせているのか不明だ。

 

(職業を多数持っているのかねえ。そんな奴は聞いた事がないけど・・・・・・・まさかねぇ。しかし、そうでもなきゃ王族が平民に関わったりするメリットはほぼ皆無だし。竜を従える位の職っていったら魔獣使いだし、壁歩きは忍者のスキルだろうに。それより、やっぱりいい男だねぇ)

 

 思考を他所にシルバーナは、ユウタがあっさりと身体を下した事に不満な顔をしている。

 うっとりとした視線でユウタを見上げていた乙女は何処かに行ってしまった。

 ユウタは辺りを見回している。明らかに、何処に何があるのか分かっていない顔だ。


 表通りには、反乱軍の兵士達が倒れている。散乱する物資等を含めて混沌とした状況だ。

 しかしながら、それでも裏道を走っていく選択だった。

 行先を確認するために、シルバーナは念話でユウタに話しかける。


「(それで、あんた。何処に食料庫があるのか分かっているのかい)」


「(いや、とりあえず歩き回る予定だったんだが・・・・・・もしかしてわかるのか)」


「(はあ~。これだよ。異世界で潜入した時もそうだけど、下調べがなさ過ぎるってば。まーた、皆殺しとか止めて欲しいね。この町の地図はあたしが持っているから、教えてやるよ)」


「(わかった。しかし、何時の間に準備していたんだ)」


 スキルを使って裏道を走っていた二人は、一旦止まった。

 路地裏で地図を開くと、町の中央から外れた場所がマーキングされてある。

 地図に視線を落とした後、ユウタとシルバーナは音もなく走り出した。


「(仮眠している間に、部下が揃えてくれたんだよ。というかあんたは奴隷を野放しにし過ぎじゃないのかい)」


「(そういうなって、こっちにはこっちの都合がある)」


 シルバーナからしてみれば、ユウタの奴隷に対する扱いは甘すぎた。

 加えて学園に通わせつつ、自身が働く等とおかしい点が多い。

 そして、それとは別にシルバーナには確かめておくべき事がある。


「(ふーん。でも、あんたがユーウ・アルブレストって聞いたけど本当の所どうなのさ)」


「(そんなもんは知らん。誰だよユーウって)」


 見上げた少年の目は、迷いがない。

 嘘をつく目ならば、多少の迷いが見て取れる筈なのだ。

 さらに、シルバーナは追及の短剣を投げ入れる。


「(アルブレスト家の長男で、空間魔術師の大家。没落して平民と化していた騎士の家を僅か十と四年で押しも押されぬ公爵家へと成り上がった男さ。その功績は、食い物から魔術に至るまで幅広いねえ。ただ、対人戦闘が殆ど駄目な欠点はあるけど。モンスター相手には容赦なく超一流の魔術師らしいよ? アルトリウス様の幼馴染で、アルーシュ様とも面識があったみたいだね。ちょっとあんたに似ているらしいけど、本当に知らないのかい)」


「(ああ、マジもマジ。本当に知らない)」


 首をぶんぶんと左右にふるユウタは、前を見ながら答える。


(んんっ。嘘をついている風でもないさね。多少とも記憶があるなら、成り済ます方がしっくりとくるし。そもそも、成り済ますメリットの方があるんだけどねぇ)


 真相は未だ闇の中である。


「(嘘言っているような風ではないねえ。けど、そんな男がどうしてゴブ森如きで死んだ。もしくは重傷を負ったのが謎さ。アルトリウス様はユウタで間違いないと言っているけど、あんたは人を殺すのに躊躇いがないよね)」


「(躊躇がないって殺人鬼みたいであれだが、敵に情けをかけていたら味方が危ないだろ。女は利用価値があるから殺さないだけだ。あの竜だって、DDが止めなきゃ始末するつもりだったぞ」


「(あんた味方にはとことん甘いからね。そこんとこ気をつけないと良いように利用されるだけの人生で終わるよ)」


「(しっ。どうやら目当ての倉庫だ)」


 少女と少年は巨大な倉庫を発見した。

 とはいっても、これは日本人的な視点から見れば大分小さい物であったが。

 倉庫の入口には見張りが立っていた。


 しかし、二人は戦闘する事なく中に侵入する事に成功する。

 開閉される際に、隠形状態のまま楽に侵入できたのだ。


「(さっきの話だが、俺はギブ&テイクが主義だぞ)」


「(またまた冗談いっちゃってぇ。何処の世界に特攻しかける現実主義者がいるっていうんだい。そもそも全体の流れに逆らう理想主義者にしか見えないの。あんたは、もっと自分の報酬を要求すべきなんだよ」

 

 食料庫の中には様々な物資があった。

 何よりも目を引いたのが、麦の種類。そして酒の多さである。


「(そうか? 貰う物は貰っていると思うがな。こういう風に)」


「(それでいいならいいけど。あたしがなんとかするしかないねえ。それで、食料庫でパクッてるってどうなのさ」


 次々とイベントリの空間に消えていく物資は、底なしの空間に飲み込まれていく。

 シルバーナ達王国民であっても、これだけの空間収納力を持つ者を見る事は稀だった。

 敵の物資を盗むユウタの顔は、にやけ面である。


「(ふふん。敵のを焼打ちにするより、村の住民に食ってもらった方が有意義だろ)」


「(こんな事じゃないかと思ったよ。来る敵は皆殺しなのかい)」


 倉庫の奥に移動していくユウタとシルバーナだった。

 だが、明らかに物資が減ってくれば気づかれない訳がない。

 通路を歩く作業員を指指すと、ユウタの電撃が走った。


「(そりゃあな。つっても、こいつら弱いな)」


「(いや、あんたの無詠唱の魔術を食らって立っていられる奴はいないだろうに。しかも、何発撃っても魔力切れにならないとかありえないし。魔力の使い方がコンパクトになっているのもあるんだろうけどさ。何気にあたしが、食料を入れる役なのかい)」


 作業員も反乱軍と見なしての攻撃である。

 そこには一切の躊躇がない。素早く倒していくユウタの手口は鮮やかという他になかった。

 そして、食料を入れるのはシルバーナの役になる。

 倒した敵の死体は、謎の穴に吸い込まれて消えていく。

 

 不満を述べた少女に、役の取り替えでユウタは応じる。


「(じゃあ替わるか? ダガーが何本あれば済むか試してみようぜ)」


「(無理無理。で、この異常な異空間収納スキルなんなのさ)」


「(ん? 普通のスキルだろ。物が良く入るっていうな)」


 念話で会話をしているから会話できるが、そうでもなければ出来なかったであろう芸当だ。

 すいすいと入っていくイベントリにシルバーナは、半分投げやりで食料を押し込んでいく。

 シルバーナの追及も、ユウタにとっては不思議な発言に聞こえていた。


「(ないから。普通ないってば。食料だって、これだけの量を入れようとしたら溢れるって。アイテムボックス系のスキルは満タンだと中身が出るって言われているのさ。だから、こういう風に保管されているんだよねえ)」


「(入る物は仕方がないだろ。それはそうと、巡回は粗方片付いた。後は回収しまくって、火を放ってとんずらだ。幸い敵は外のドス子に気をとられているみたいだしな)」


 外では、火の手が上がっているようだ。鐘の音と人の叫び声があちこちから聞こえてくる。

 ユウタは楽観的な物言いだ。さりとて巡回が姿を見せなければ外の人間が気づく。

 それを計算に入れるならば、二十分程度で済ませてしまうべきであった。

 

 そもそも火をつけて回るにも脱出するにも時間がかかるのである。


「(話をそらすんじゃないよ。重要な事なんだからね。そこがユーウじゃないのかって決めつけられる由縁なんだから。そもそも、空間収納スキルは商人専用でね。魔術師で使える奴は極一部だったのさ。それがどうして広まったのかというと、そのユーウって奴が収納箱を売りに出してねえ。当時は高額で取引された物らしいよ。ま、当初から人間の死体は収納出来なかったんだけど。それも【サーチ】コイツを開発して解決されたんだよ)」


「(そうか。凄い奴だったんだな)」


 完全に他人事であった。ユウタの視線は食い入るように食料を物色している。

 シルバーナは、そんなユウタの横顔をチラリと覗く。


「(また他人事みたいにいうねえ。まあ、そろそろいいんじゃないのかい)」


「(ああ、そうしよう。しかし、敵が弱いと歯ごたえがないな)」


 歩いてくる作業員を奇襲で倒す事、十と数回。

 時に、魔術で仕留め、敵の首を刈る。

 男達は、完全な奇襲と相まって断末の叫びすら上げられない。


「(普通だから。というよりあんた強過ぎだからさね。そもそも相手の作業員は、普通の人間なのさ。与作丸の奴やセリア様みたいな化け物がごろごろしている世界の方が怖いっての)」


「(補給物資は重要じゃないのか? いや、外の方に気を取られていると考えるべきか)」


 外ではますます声が騒がしくなっている。

 脱出するには、いいタイミングであった。


「(あたしは上手くいって良かったと思うけど? 他の都市にも行ってみるかい)」


「(そうするか。強敵がいないのも寂しいな)」


「(殺しまくってて、それを言うんじゃないよ。そもそもいきなり飛来する電撃を避けろっていう方が無茶じゃないのさ)」


 隠形からの刀剣を何の予備知識も持たずに避けられる程に、ユウタの刀は遅くない。

 むしろ、忍者刀を握ったユウタの刀速は目を見張る物があった。

 何故刀を使わなかったのか、そこがシルバーナにはわからない。


 ただ、電撃を避けれるような達人ではないようだ。


「(セリアなら避けるぞ。そして、俺が食らう)」


「(いいけど、食らい過ぎて起たないとかなると困るんだけどねえ)」


 電撃の食らい過ぎによる男性機能の不全をシルバーナは、心底心配する声を出す。

 そんなシルバーナの声に、ユウタは涙目である。


「(EDちゃうわー。ひでえよ、インポ違うし)」


「(夜期待しているからね。逃げるんじゃないよ)」


 ニヤニヤと笑顔を浮かべ付いてくるシルバーナに、ユウタは引き気味だ。

 少年と少女は、倉庫内各所に火をつけて回りながら、出口に移動する。

 特に少年の方が動きが早い。


「(さてと、片付いたな。出るぞ)」


「(待ちな。ユウタ)」


 さっさと出ようとするユウタをシルバーナは逃がさない。

 シルバーナは目を瞑ると、片手でユウタの背中を捕まえた。

 ユウタが振り返ると、少女の目は半眼になった。


「(男は度胸ぅ。騎士に二言はないだろう?)」


「(ば、馬鹿な。そんな物ないはずだ)」


 端正な顔立ちをした少年は、玉のような汗を浮かべている。

 長身痩躯なので、自然とシルバーナからはやや見上げる恰好になる。

 丁度いい胸板が、目の前であった。


「(日本人で騎士になった奴が言っていたから間違いないね。元は武士の言葉だったとかなんとからしいけど。つまり、これは嘘をつくなっていう事さ。約束は守るのが人としてあるべき姿なんだからさあ)」


「(くそっー)」


「(観念しな。あんたはあたしの物。逃げるんじゃないよ!)」


(あんたは絶対盗賊の頭に向いてるよ。奪うにつけても殺すにつけても容赦がないし。犯すって部分がないけど、本性は間違いなくっ。逃がさないよっ)


 ユウタは知らない。シルバーナが、盗騎士として過日に任じられた事を。

 同時に、栗毛の髪を後ろでまとめた少女の職が暗殺者(アサシン)である事も知らない。

 ユウタが、王国に弓引くような事がないように撒かれた駒である。

 シルバーナ自身は、諸々の思惑を超えた意志を見せる。


 少女の思いに、顔をひきつらせたユウタは逃げ出した。

 しかし、シルバーナに回り込まれてしまった。

 折しも、火が倉庫中に回っていく最中である。

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