106話 トカゲの企み
真夜中だというのに、ペダ村の外は火の海だ。
煙が酷く、視界が大分悪い。
どうしてこうなったかって?
そりゃ、包囲している傭兵達に文句を言ってくれ。
奴ら、麦を刈り取ってそこに陣取っていた訳だ。
そこに奇襲したのは、王国軍らしい。
飛び交う魔術。そのおかげで、村の外は麦が良く燃えて酷い有様になっている。
折しも水気の抜けた麦に、火はよく回った。オレンジ色に空を染め上げるほどだ。
水系の魔術を使って水をまいてみるが、遠すぎて意味がない。
こちらから撃って出るには、村人の損害が酷過ぎる。
おかしい。動けない筈の敵を倒していたはずなのにである。
その後傭兵の反撃を受けて、倒れる村人が続出したみたいだ。
倒れた村人の死体を広場に集めると、皆泣いている。
俺はどこか冷めた心で見ていた。油断し過ぎだと。
どうせ生き返らせてもらえる。そんな甘えがあったんじゃないか?
もうちょっと、命は大事にしてほしい。いかん、どうやら疲れているみたいだ。
皆、こちらを見ている。
何か言ってほしいみたいだな。だが、流石にこれだけの人数はどうしようもない。
所持金を遥かに上回った損害だ。正直、手に負えない。
【リザレクション】かけてしまえばいいのだ。しかし、リスクも存在するようだ。
低確率で自身の消失らしい。死ぬ覚悟でかけるはない。
知らなければ良かった。知らなければ余裕でかけていただろう。
しかし、やるしかないか。俺以外何とか出来そうな奴はいないし。
一回毎の判定とか厳しいな。
青い石が肩代わりしてくれるとあったんだが、残念な事に手元にない。
頭を抱えて、広場の長椅子に腰かけるそんな俺。
意を決して立ち上がった瞬間、ヒヨコの声が聞こえてきた。
「(ふっふっふ。どうやらお困りのようですね旦那様?)」
「(何!? DDか?)」
「(ええそうです。あなたのDD、只今参上ですよ)」
地面では、ヒヨコが偉そうに両羽を交差させていた。腕を組んでるつもりのようだ。
凄く偉そうです。
「(どうした)」
「(いやあ、村人が死んじゃって大変じゃないかなってさ。あ、今なら超格安で何とかしてあげられるけど? どうかな)」
DDはつぶらな瞳でこちらを見上げている。怪しい。兎に角怪しい感じがするが。
モニカもシルバーナも休憩中だ。相談できる相手もいない。
「(へえ。条件は? ろくでもない事だったら、断る)」
「(そうだねえ。超怒りそうだけど許してね。それさえ飲んでくれればいいよ)」
断わりを入れておく事も忘れないが。
一体なんだろう。俺が超怒るとは・・・・・・? コイツまた何か隠し事でもしてるんじゃ。
DDは翼で口元を隠すと、こちらを伺うように見上げている。怪しい。
このヒヨコは、絶対何か企んでいる。
しかし、背に腹は変えられない。
「(わかった。けど、一体何をどうする気だ?)」
「(おっけーしたね。ま、見てなよ。いくよ! 竜変化)」
「(はあ!?)」
俺の腹の部分に飛び込んでくると、身体がどんどん変化していく。
これは? もう、人じゃ、ない。金色の鱗がびっしりと生えた腕が視界に映る。
「GYAAA」
ぎゃーと全身に渡る痛みで、悲鳴を上げているはずなのに。
口から出るのは人語じゃない。鎧化なんか目じゃない痛みだ。
全身の皮膚を引っぺがされて、筋肉には爪を引き剥がしたかのような痛みが襲っている。
そうしている内に、勝手に腕が動く。
空中に不思議なルーンが刻まれたかと思うと、空中を漂っていた白い何かが村人達の身体に入っていく。一瞬、痙攣を起こす村人の身体。
まさか、あれが魂とかいうんじゃないだろうな。
不思議そうに見ていた村人達もこちらを見て顔をひきつらせている。
俺の腕。蜥蜴のそれだもんな。つまりこれは・・・・・・巨大な蜥蜴か?
白い何かが入って死んだ筈の村人達が目を覚ました様子だ。
てっきり、ゾンビ化したのかと思った。
皆喜んでいるが、俺はちっとも嬉しくならなかった。
これは一体? 意識が同調しているのか? アルーシュ様と同じ身体乗っ取りかよ。
DDのやつは更に厳しい。人間の肉体を別の物に作り替えているみたいだ。
そんな馬鹿みたいな話がって。もうこれ自体がファンタジーの証明か。
異世界なんだ。納得するしかない。
DDの冷たい意識がこちらに流れ込んできているのかそこはわからないが。
人を殺したくてしょうがない。俺はそんな性癖を持ってない。という事は?
DDのこれは危険だ。
前を見る。視線が物凄く高い位置にあった。
家が小さい。という事は、そう目測で二十mくらいは全高ありそうだ。
身体が勝手浮くと翼も羽ばたかせずに移動していく。
魔術による機動なのだろう。微かに足元が輝いているのが見えた。
凄い速さだ。身体速度がそのまま百mを十秒くらいを十倍で駆けるそんな感じである。
DDがどこへ行くのかと思っていたら、村の外。火の海と化している麦畑だった。
手を合わせると首元の玉から青い光が出て、口からは水が大量に吐き出される。
何というか新鮮だ。ゲロを吐くというか。息を吐く感覚で水が大量に撒かれていく。
凄まじい水蒸気を飛ばすように翼をはためかせる。なんだか使い方が違うな。
そうして西門付近の火を消すと、戦闘をそっちのけで今度は東側に移動していった。
こちらでも戦闘が行われている。勿論、麦畑はオレンジ色に染まって大変だ。
戦闘も激しさを増しているのにDDは火を消す事が最優先のようである。
またも口から水を吐き出すと消火活動をする。
「(おいDD?)」
「(・・・・・・何かな)」
「(消火は有難い。けど、味方の援護しなくていいのか?)」
「(やだよ。ユウタの為に力を使うのはいいけど。それに、彼らの戦いを汚すような事しちゃだめだよ。君の感覚でいうなら、タイマンしている時に後ろから殴りかかる位無粋って事さ。後、僕の攻撃だと敵も味方も加減なく消し飛ばす事になると思うけど、それでもいい?」
沈黙するしかない。どういう攻撃なんだろう。そこは気になった。
「(しょうがないなあ。ちょっとだけだよ)」
東門から火のついていた箇所に水を撒いていたDDは、数秒で敵の傭兵集団の後方から接近する。
騎士と戦闘中の相手は不意を突かれた格好だ。
そして、地面を叩くと盛大な肉片がばら撒かれた。
指を固めた拳の一撃はビルを爆発させたような破壊力を産む。
着弾した位置に居たと思われる大将らしい髭のおっさん。
さらには、周囲の傭兵を衝撃波がバラバラにしてしまう。
「(すげえ)」
「(これでも、本気の一パーセントにも満たないけどね)」
DDの声が何か冷たい。虫でもすりつぶしたような感覚が伝わって来る。
「(これで、手加減したのか)」
「(そうだよ。あっ時間が)」
たった一発で相手は半壊している。一撃で陥没したクレーターのような現場ができた。
容赦のない一撃だ。
傭兵と騎士の交戦ポイントが遠かったから良かった。近ければどうなっていたか。
DDは巨体を翻すと、あっさりと消火活動に戻る。
畑に被害を出さないよう滑るように低空を移動していく。
蜥蜴みたく人に食いついたらどうしようかと思った。だが、杞憂だった。
そして、さっと消火を終えて戻っていく。どうもDDに時間の余裕がないのかもしれない。
火を消し終わったDDは村の隅に着地する。
急速に視点が下がっていくと、蜥蜴のような皮膚が元通りになっていく。
気がつけば、地面にはDDがいる。しかし、黄色いヒヨコは全く動かない。
腕は人間の皮膚だ。ヒヨコに問いかけてみるが。
「DD? どうした」
「・・・・・・」
返事がない。まるで屍のようだ。
触ってみると、脈打つ鼓動がするので死んではいないようである。
安心すると、俺はマッパなのに気が付いた。変身した際に服は弾け飛んだか。
無くなった服は、元通りにはならない。しょうがないので着替えて移動する。
正確には、しようとした所で意識がブラックアウトした。
倒れた場所が悪い。このまま土を舐めながら死ぬのか。
路地裏だし、シルバーナの声が聞こえる気がしたが・・・・・・
◆
何かいい匂いがする。
よく見知った天井とベッドで俺は目を覚ました。
しかし。
隣には、柔らかい物体があった。
アル様だ。
金色の鎧はどこにもなく、白い下着姿のまま隣で寝ていた。
自己主張できる胸がついている。衝撃的だ。
その。
一体何が起きているのか!?
訳が分からない。
とにかく落ち着け俺。
確か、昨日倒れて、そこからの記憶がない。
ここは俺の邸宅で、自室の天井だ。
そして、ベッドの横には何故かモニカとセリアが寝ている。
枕元にはヒヨコが涎をたらしていた。アル様に握られて苦しそうだが。
アル様の細い指をヒヨコから剥ぎ取ろうとした。だが、びくともしない。
これは無理だ。
俺は何事もなかったかのようにベッドを抜け出た。
そして、そっとドアを開けると、着替えを手に外に出る。
部屋から出た所で静かに着替えた俺は、ゆったりと下に降りていった。
アル様の姿態は反則だ。襲ってくれと言わんばかりだった。
階段を降りた所だ。
一階には誰もいないようだ。なので、飯の用意でも始める。
とりあえず、何故アル様が家にいるのか。そういう事は置いておこう。
起きてくれば、説明してくれる筈だ。
今日は異世界に来てから11日目の朝だ。
まずやるべき事を整理しよう。飯作りながら考える事にした。
アル様に話を聞いて、それからだな。
今日の飯は、味噌汁にご飯だ。野菜とご飯は二ホンから持ち帰ったのだ。
なら味噌汁を四人分用意すればいいか。テレビがないから自然と情報は少ない。
PCは持ち帰った物があるが、電源が問題だ。ついでに、こちらで二chとか無理だろうな。
無いなら作るか? 異世界人専用ネットワークという感じで。
面白そうである。電波とか基地局とか、色々大変だが考えるには値するよな。
昨日は戦闘の連続だった。今日は何も無いといいのだが。
そうだ、デブを始末する算段をつけたい。というのがあったなあ。
あと、俺のステータス値がどうなっているのか。レクチャー屋で調べるとか。
あと、竜化についてもそうだし。竜言語魔術についても学習したい。
こうして並べていくと・・・・・・学校いってる暇はないと思うんだが。
やる事多すぎて全く時間が足りない。
午前中を授業で過ごしました。なんてしてたら、あっという間に時間は無くなるだろう。
テーブルの前に並べられた料理。馬鈴薯をすりつぶしてポテトを追加してみる。
気になる事は尽きない。しかし、手を斬らないように料理を進める。
昨日の戦いで思った事。
LVに差があるとモンスターにダメージが通らないなんてクソゲーじゃないみたいだ。
こちらが高くてもダメージを受けるし、鳥頭みたいなのは例外と思いたい。
あいつは一体なんだったんだろうか。相当LVに差があったのかな。
ナイフの切れ味が酷い。ポテトはサイコロに切ろうとしたのだが。
上手く切れずに。結局サラダのようにすりおろす感じになった。
もう一度日本に戻る事があれば、包丁を仕入れてくるとしよう。
【鎧化】と【竜化】はメリットはでかい。しかし、切り札のようにはならないようだ。
現時点ではだ。発動に難がありすぎる。特定の条件が必要のようだし。
単体で発動できるかどうか。それを試しておきたいが、時間も暇もなかった。
秘密が何かあるのだろう。
俺のメイン武器は、丸太、棍棒、槍、魔術。で決め技は『罠穴』か。
何とも微妙だ。
剣は鎧を着ている相手に効きにくいから投げる位だ。
剣術の奥義も投剣とあったような。上手く思い出せない。
他に何か作っておけるものはないだろうか。
魚はない。肉は時間がかかり過ぎるのと、朝から重い物は却下だ。
持ち帰ってきた漬物でも出しておくか。この世界の菌がどうなっているのかわからない。
パンを改良するのもイースト菌にかかっている。
日本に戻ったら本気で要る物を集めよう。
ちょっと考えていたのに、時間が過ぎるのは早いようだ。
上でバタバタとする音が聞こえてくる。防音が効いていないみたいだな。
つまり、やったりすると行為の声がもろに聞こえる訳だ。
これは何とかしたい。
二階から降りてくる人の気配がする。
思考がこんがらがってきた。降りてきたのはアル様だ。
「おはようユウタ。朝食か。ご苦労である。さっそくいただくとするか」
「お待ちください。皆で食事をとりませんか」
「時間がない。それに、王族たる私は忙しい。よってお前と話をしてやるために貴重な時間を割いてやるのだ。むしろ、感謝すべきであるのだぞ」
アル様は、一人で食事を始めている。用意しておいた箸を器用に使っていた。
このクソガキならぬクソアマは、人が作った飯だろうが遠慮なしだ。
三人いるようだが、このアル様は傲岸不遜で恩着せがましい。
アルーシュ様ではない。アルル様みたいに馬鹿っぽくない。つまり?
正体を詮索するより、昨日の事を聞いておくべきか。
色々聞いておく必要がある。
「あのアル様。質問宜しいでしょうか」
「何だ? 言ってみろ。あと、俺の前では砕けた物いいで一向に構わん。そうだな、アルルの前では普通にしておくべきか。女だという事も気がつかない振りをしておけ。あやつとは、面識もなかったからな。いきなり見破ったりすれば、不審がられる」
「はあ。わかりました。では、どうしてここにアル様がおられるのですか」
「そんな事もわからないのか? お前の顔が見たくなったからここにきた。婚約者なのだから当然だ」
アル様を白のワンピースを着ている。当然胸の形はくっきりと出る訳だ。
そんな少女の身体を見つめる訳にはいかない。視線を外した先に一瞬チラッと見えた黄色い影。
気のせいかな?
アル様が婚約者か。そんな事言われても、ピンとこないのだが。
「婚約者だからって、寝室に忍び込むのはどうかと思われますよ」
「アルーシュの言葉ではないが、心も身体も俺の物だ。寝ている間に何もしてないぞ? というか・・・・・・お前がする方だろうに」
「まだ、俺死にたくないですよ」
金髪を結い上げた少女が、フッと息を吐く。
そして、生暖かい視線をこちらに寄越してくる。手は胸を揉みしだくといった風だ。
これは、へこむなあ。
どうにかしようにも、隣にセリアもモニカもいるんですよ。
血の雨が降るよ! 主に俺の血で。
何時の間にか、テーブルの片隅にDDが立っている。
ピーピーと五月蠅い。飯の余りを出してやったら、ついばみはじめた。
「この話は置いといてですね。倒れた後どうなったのか、聞きたいのですが」
「ふん。逃げたな。まあ、いい。倒れたお前を発見したのはシルバーナだ。外傷はないと聞いていた。村は無事だ。村人についても同じだな。村を襲っていた傭兵団は壊滅。生き残りもほぼ捕縛した。後ろで糸を引いている奴に関しては、当たりをつけてあるが。こちらは確たる証拠がない。オマエ怪しい、よって潰す。それでは暴君だ。いともたやすく敵が尻尾を出すほど、脳味噌がゆるければ話は早いのだがな」
「そうですか。簡単に話は解決しませんよね」
アル様は味噌汁をすすり、漬物に箸を伸ばす。あれ、普通に箸を使えるのか。
少女は悪そうな表情を浮かべる。
「アルーシュだと、怪しいから死ねだろうな。しかし、そうはいかん。俺のやり方はもう少しスマートだ。何心配はいらん。俺に任せておけ。それよりだな。ユー、いやユウタは村の税金集めを何とかするべきだろうな。焼けた麦畑は元に戻らん。税の支払いはアルルのポケットマネーで免除されるだろう。しかし、それでいいのか?」
「よくありません。しかし、これといって儲かりそうな話がないのですが」
大根もどきやニンジンみたいなのをゆでている。ことことと音を立てている鍋が気になる。
溢れたら出たら大変だ。焼けた麦は既に焼けてしまった。
失われた麦は、元には戻らない。
「ふむ。ま、記憶を取り戻せばこの程度楽に解決しそうなものだが。しょうのない奴だ。まず、ペダ村に行き現状の把握と、今後の打開策を練るべきだろうな。残った麦は早急に刈り取り、ユウタの過去を考えつつ、ステータスの把握をする。その後で、アルルとハイデルベルに向かってみるべきだ」
「それはわかります。しかし、ステータスが表示されないのですが。それと、ハイデルベルといえば鉱山ですか」
「ステータスやスキルに関しては、自力で何とかしてもらう他ないな。その封印は、お前にしか解けない代物だ。あと、詳細なステータスを表示させる魔術は限定行使となっている。これは、雑魚狩りの横行を防ぐ為だ。SABCDEFG辺りで表示されるが、それでも問題だ。ユウタの数値が出ないのも封印がされているからだが、スキルに関してはお前レクチャー屋で学習したか? 剣術とか拳術とか。ハイデルベルについてはアルルに聞け」
してない。剣術なんてあると思わんし。
最初、職業とか普通にどんどんゲットしていったからそういうシステムなのかと思ってた。
沈黙する俺を見るアル様の目は、じとっとしている。どうやら、すぐにばれた。
だが、叱責するような言葉はこない。これは、鞭と飴か!
二階から、セリアとモニカが降りてきた。
「「ご主人様おはようございます」」
「ああ、おはよう」
「セリアとモニカか。同席を許そう」
!? てっきり、地べたに這いつくばれ奴隷共と言い放ちそう感じがしたけど。
心境の変化なんだろうか。立って壁に控えていた二人。
静かに二人が着席すると、慣れない手つきで箸を使う。
どうやらスプーンとフォークに慣れきっている様子だ。
もしくは、手づかみに。アルトリウス様は手慣れた風だな。
口の中の物を飲み込んだ銀髪の少女が、尋ねてくる。
「今日はどうするんだ」
「それなのだが、今日は私も一緒に行動しよう」
お、セリアが今日は一緒に行動してくれるみたいだ。しかし、余り顔色が良くない。
心配だ。休むべきではないだろうか。
「いいや、今日もセリアとモニカは学校だ。ランキング戦の締めである一日武闘大会があるからな。優勝してこい。賞金は、当然ながら村の復興支援に使わせてもらう。モニカも賞金が出るところまで粘れれば、幸いだな」
アル様が俺の言葉を遮る。どうしたものか。
セリアは反撃をしないし。モニカも黙ったままだ。
状況を鑑みるに、セリアには頑張ってもらう他ない。
「大丈夫そうかな。セリアもモニカも体調が悪いなら、今日は休息でいいと思うのだけど」
「大丈夫だ。気を遣わせてすまない」
「セリアさん。頑張りましょう。ご主人様の為に!」
茶髪の牛乳娘は、なんか力が入っている。胸を強調するかのようなTシャツが反則気味だ。
セリアは浮かない顔なのに、無理やり元気を出している気がする。
何が起きているのか問いただすべきか?
「セリアの事が気になるようだな。本当に、こういう事だけは鋭い奴。昨日の事だが、ユウタはセリアらしき騎士を見かけただろう。こいつは真面目だからな。主人に黙って副業をしているのが、気にかかっているのだ」
あれか。アルーシュ様と合体していた時に見かけた騎士。やっぱりそうか。
「アルトリウス様!」
狼耳が萎れたように倒れた銀髪の少女は、慌てたような声を出す。
「黙っていろ馬鹿者。ユウタはこれくらい許す。なあ」
アル様はそう言うが。
複雑だ。俺を差し置いてバイトだと? ひん剥いて路上に放置してやりたいくらいだ。
顔は真っ赤だな。だが、アル様の手前だ。そんな事を言い出す訳にもいかない。
ここは、大海のような心の広さを見せるべきだろう。
例え、本来は小指のような狭量さであったとしても。
「え、ええ。勿論とはいいません。手を振ってくれれば全然気にしなかったのですが。ええ。素知らぬ振りでスルーされた俺は、ショックでしたよ」
「正直でよろしい。という事だ。あまり気にするな」
「はっ、お気遣いありがとうございます。感謝の念が絶えません」
セリアの耳がピンと立った。どうやら、持ち直した様子だ。
ヒヨコは腹が膨れたのかそのまま座っている。
それをいきなりアル様は、握り絞めた。
「ぴーぴー」
「ふん。また、コイツは何もしてないつもりか?」
「どういう事ですか」
「察しが悪い。コイツに身体を完全に乗っ取られていたら、ユウタはどうするつもりだったのだ? 幸い俺が見ていたからよかったものの。あのまま合体している時間が長ければ、元に戻れなかったやもしれん。もっと良く考えるべきだぞ。で、コイツ。どうしてくれようか」
黄色いヒヨコは、身をよじって首を振る。
んー。こいつにそんな頭があるんだろうか。
アーティの事も助けてくれたし。
「どういうつもりだ」
身を乗り出して、ヒヨコを握る手をそっと掴んでいた。
「苦しがってますよ。そこまでやる必要ないはずです」
「ふー。甘いぞ。ユウタは甘すぎる。すぐ相手を信じるのはどうかと思う。まあ、だからこそ・・・・・・なのだろうが。こら、こいつ調子にのりおって!」
アル様の手が緩んだ隙にDDは脱出した。俺もそっと手を放す。
ひんやりとした手だった。
陶器のように滑らかなで、いつまでも触っていたくなるような。
俺は変態なのだろうか。
DDは俺の肩に飛び乗ると、ペロペロしはじめた。鳥のような口なのに、舌が結構長い。
俺の顔を舐めていたら、今度はセリアに捕まった。ヒヨコはしょんぼりした様子で大人しくなる。
「そろそろ、学園に向う。ご主人様。よければ、午前中に学園へくるといい。ランキング戦も終盤だ。戦いを観戦してほしい。きっとタメになると思う」
「わかった。見に行くよ」
「アルトリウス様の話を捕捉すると、蜥蜴が突然森に現れた件と関係があるのだ。これと、DDに関係があるのだろう。一から十まで解説してやるのは、面白味がないから自分で考えろとという事だ。ボスらしき奴を倒したのに、結界系の物が解かれない。という事は? だ」
んー。ヒヨコの方を見るが、素知らぬ顔をしている。
しょうがない奴だ。そのうちに事情を話してくれるのではないだろうか。
そんな俺の期待を他所に、少女はご飯を食べている。モニカも同様だ。
アル様は台所の鍋に詰まっていた筈の大根やニンジンもどきを食べていたのだ。
あれは、まだ熱いはずなのに。
モニカはアル様から皿に分けて貰うと、高速で口の中に入れていく。
胸に栄養が行き過ぎて、戦えなくなるぞ!
食べ終わったアル様が「まあまあだ」といって席を立つ。
慌てて追いかけると、こちらを向く少女はワンピースの裾を持って一礼した。
「また来る。次来る時には、昔と同じ位の料理を出せ。というのは言い過ぎか。言いたい事は沢山あるが、なんだ」
指を合わせてもじもじしているのは、年相応の少女らしく微笑ましい。
身長はセリア並に高いのだが、俺よりは下で上目使いだ。
「はっ」
「また、会えて嬉しいぞ」
少女の笑顔に俺は、多分間抜けな顔をしていただろう。
稲妻に撃たれたように倒れてしまいそうだった。ま、そんなギャグはないけどな。
俺が硬直している間に少女は玄関を開けると、転移門を開いて帰ってしまった。
あれは、何といっていいのか。恋する乙女な表情だった。
というか。それを突き抜けていたような?
記憶を無くす前の俺は、一体何をアルトリウス様としていたんだろう。
全くの謎だ。説明もない。思い出せって事なのか。
セリアとモニカの二人が、学園用の制服に着替えて降りてきた。
とても美しい。
そして、視線は自然とそこに向かう。
服の上からでもわかる。モニカは胸が爆発している。そう表現するしかない。
セリアのは重力を無視している。つい胸に視線が行くのは、許してほしい。
二人が玄関までくると、どきどきした。
どうやらもう時間のようだ。二人の為に転移門を開いてやる。
「いってくる」「いってきます」
「いってらっしゃい」
頑張れよ。と、言うのももやっとした。
残ったのは、ヒヨコだけ。腹の膨れたヒヨコが、懐に潜りこんできている。
DDのやつは、何か企んでいるようだ。しかし、疑いだすときりがない。
食器を洗って洗濯をすませたら、ペダ村にいってみますか。
戦闘より、こっちの方が大変だ。
そうだ。
また日本に戻れたら、次はホームセンターに行こう。
電気はできても変電器がないと、家電機器は故障してしまう。
だからというか、向こうとの通路を作りてえええ。
閲覧ありがとうございます。
全滅しなくとも、滅亡するそんな展開。
活路は・・・・・・。皆さんお見通しですよね。