102話 彼の記憶
すっかり大人しくなったシルバーナと共に王城を出る。
王都ヴァルハラもまた夜だった事を考えると、時差は多少のようだ。
ハイデルベル自体はミッドガルドから見てかなり北東に位置する。
王城を案内役の騎士ダニエルに連れられて外にでる。段々わかってきた。
この騎士は案内をすると同時に、監視も兼ねているという事だ。
よく訳のわからないポッと出を、自由に歩かせるほど警備は甘くないのだろう。
案内されて外にでるはずが、何故か違う宮殿に連れてこられた。
真っ黒な床の宮殿から移動したのは白を基調にした大理石でできた宮殿だった。
その手前で待ち受ける人影がある。
「こんばんわでござる」
「なんの用かな影殿」
こんな時間に忍者が出てくる。忙しいのに面倒な。
前を行く騎士の声は堅い。
「ダニエル殿はお堅いでござるな。ユウタ殿に用があるのではなく、そこの盗賊娘シルバーナに用があるのでござる。ちと、手間暇かかる要件でしてなあ。置いていってほしいのござるよ」
「と言っているが、どうなされるか」
騎士ダニエル。以前にも案内をしてくれた人だが、忍者を見て不審者を見る表情を浮かべる。
横にいるシルバーナの顔を見ると、目が三角になっていた。
大分面白くない様子だ。
「大方想像がつくけどね。それじゃね、また会いにいくよ」
「ほほう。素直でござるな。感心感心。ではこっちで話をするでござる」
手招きする忍者に歩いて行くシルバーナの足取りは重たそうだ。
「では、行きますぞ」
「はい」
また一人になってしまった。見れば巡回の兵士さんが歩いて出てくる。
挨拶を交わしながらすれ違った。
夜中だというのに兵士達は夜勤をしていた。大変だな。
現代と変わらない部分がここだ。市場やら道具屋といった店は大体夕方には閉まる。
冒険者ギルドは年中無休だ。なんせ冒険者の帰還する時間というのは決まっていないからな。
入口の兵士に挨拶しつつ、宮殿の中に入っていく。通路は夜も昼も変わらないような明るさだ。
魔術灯が備え付けられている。この中に魔石が入っているらしいが詳しい事は不明だ。
魔石が発光する色も変えられるらしい。儲かりそうな匂いがするな。
懐が大分寂しいことになっているからなあ。
等間隔に警備の兵が立っている。厳重な警備態勢だ。
通路を進んでいくと、豪華な扉に行き当たった。
ダニエルがノックをした。音の後に「入れ」という言葉が聞こえてくる。
ダニエルが扉を開けて中に入るのに続く。
正面にはアル様が腰かけている。その脇には赤い鎧を着けたロシナさんが控えていた。
アル様の前には仕えている男女が立ち並ぶ。
官僚といった風のスーツを着ているリサージュさんと数人の同僚も並んでいる。
反対側にはオレンジのように赤身のかかった金髪をした優男が立っている。青い鎧をつけているその姿はどこか見覚えがあった。隣には銀髪の少女が立っている。青いローブをつけている所を見ると優男の同僚といった処か。
既視感を覚えるが、会った覚えはない。
アル様の前まで進んで片膝をつく騎士に倣う。
「ユウタよく来た。ハイデルベルの件はご苦労だった。疲れているだろうが、事は急を要する。急いでペダ村に向かうがいい。こちらでしてある準備の方は万全だ。安心するがいい」
「ありがとうございます」
片膝をついて顔を上げると、アル様が扇子を手にこちらの方を見ている。
ちょっと前まで一緒にいたアル様とは別人か?
アルル、アルトリウスといるみたいだ。このアル様からは清浄な気配を感じる。
すると突然、女顔が切れ長の瞳が印象的な少女の顔になった。
どういう事なんだ。
光学迷彩とかそんな科学的な物か?
それともファンタジーゲーム的にいえば変身もしくは擬態というやつか。
瞳の色は碧でアル様は青の筈だ。なんだか俺、疲れているのかな。
目をこすってみるが、女の子に見えるのは変わらない。
このアル様が美少女に見えてきた。
黄金の甲冑を着けたまま腰かけている様子は、そのまま一枚の絵画にしていいくらいだ。
「ところで、お前。身体は何ともないのか?」
「多少疲れていますが、まだまだいけます」
「そうか。奴が黒の衣を使ったから、慌てたぞ。まあ、お前だしな。大概の事では驚かないがな」
こちらに満面の笑みを浮かべてくる少女は、長年一緒にいるかのような雰囲気を出している。
左右に控えている男女はそわそわしていた。
「ところで話は変わるが、ここに控えているロシナから聞いた話では、お前異世界人らしいな」
「それは・・・・・・」
「中々話づらいかもしれないがな。この世界での記憶はどの程度あるのだ? 素直に喋ってほしい。最悪の手だが、殴って思い出させるのも視野に入れないといけないからだ」
少女がどこからともなく木槌を取り出した。
手を叩くその動作は、とても楽しそうにしている。
まさか、それで頭を殴って正気にするとか言うんじゃないだろう。
殴って記憶が戻るなんてギャグだよ。
「こちらでは十日位だと思います。それ以前の記憶と言われてもちょっとわかりません」
「全く覚えていないのか? この者達を見ても何か記憶に引っかかるとか戻りそうだとかないのか」
立っている少年といってもいい姿をした男は中々バランスの取れた体型をしている。
足先から頭まで非の打ち所のない長さだ。青い鎧も上から下まで色といい感じである。
ヒロさんは何から何まで黒ずくめだったが、この青年は全身が青だ。
しかし、これといって何かを感じるとかいう事はない。美少年だが、そういう趣味はない。
「特には・・・・・・既視感を覚えますが、きっと気のせいです」
「ふむ。そうか、いやこれは困ったな。記憶を無くしたフリをしているのかと考えていたが、まさか本当にないとは。そして、戻る気配は微妙な所だな。どうする? アドル、クリス」
「はい。生きているなら、いつか思い出す日が来るはずですから。それよりもアル様の方がショックなのではないですか?」
「はっ。なにを言い出すかと思えば・・・・・・確かにな。正直な所、演技しているのかと考えていた。働き過ぎて逃げるような奴ではないし。記憶がないか。ん? という事は」
手を軽く叩くと、面白い事を考えついた。そういう風な表情を少女は浮かべる。
「おいユウタ」
「はい」
「実はな。お前と俺は将来を誓った間柄なのだ」
「「ええ!?」」
その場にいた全員が驚きの声を上げる。
どう見てもおかしい。咄嗟に思い付いたかのようなセリフだ。
「驚くのも無理はないだろう。二人だけの秘密だったしな。子供の頃に交わした約束だからとか記憶がないから無効だと言うのは許さないぞ」
「はあ」
「アル様、お待ちください」
アル様の暴走に諫言をするつもりなのか。並んでいる銀髪の少女が手を上げる。
アル様は手を上げた少女に視線を向けた。
「どうしたクリス。不服か」
「当然でございます。ユーが覚えていない事をいいように事を進めようとしておられるのは如何な物かと思います。他の方々も面喰っている様子ですし。お立場をわきまえられてはいかがでございましょう」
「これでも随分遠慮しているつもりだがな。何も全く不釣り合いではないのは、お前なら理解出来るはずだ。こいつは、唯一無二で他の誰にも渡さない。絶対にだ。・・・・・・反対する者は他にいるか」
アル様が俺の周囲を見渡すと、熊のような人が手を上げた。
クリスの反対側に立つ男の背丈は二m近い。
「アルトリウス様、よろしいですか」
「リサージュお前もか」
「はい、王配候補にされるのは結構な事です。ですが、現時点での彼はただの代官。ついでに、平民で騎士見習いであります。いささか戦功を積んだようですが、せめて騎士、もっと言えば貴族階級になるまでは保留とされたい。更に言わせて頂くならば、アルル様やアルーシュ様とも話をつけるまで、世間に公表するのは不味いかと考えます」
「そんな事はわかっている。こやつが記憶を取り戻せば話は早いのだがな。何故一人であの森に向かったのか。何故、黙っていったのか。対人戦闘が出来ないヘタレ魔術師には無謀すぎるだろうに。今は・・・・・・出来るようだな。喜ばしい事だ」
アル様はつまらなさそうに髪を弄りつつ、目を座らせて視線を向けてくる。
手に持った扇子で口元を隠しながら足を組み替えた。が、扇子はグニャグニャに変形している。
さっきまで持っていた木槌は、どこに消えたのだろうか。
隣に立つロシナさんが何事か囁く。
「時間が迫っているか。下がってよい。こら、アドルとクリスは付いていくな。お前達には仕事があるのだぞ。最後に一つ。ユウタよ・・・・・・」
「はい」
「俺も度量は広いつもりだ。アルルもアルーシュもセリアも認めよう。しかし・・・・・・盗賊娘や亜人のもどき等はどうかと思うぞ。言いたい事は山とあるが、今日はここまでにしておく」
浮気が本気になる前に殺しておくべきか?
とか、やったら人間椅子にしてやるとか怖い事を呟いているのは聞こえないフリをした。
やったらって何をだよ! 冷や汗が止まらない。
大量の汗を顔からしたたらせながら返事をし、一礼をしつつ下がる。
戦場とか戦いよりもずっと緊張した時間だった。
俺とダニエルの後ろに、そっと二人の男女がついて行こうとしていた。
慌てて戻る二人の様子がとてもおかしくて、心が温まるのは何故だろう。
退出する際、扉が閉まると大声が中でしているので心配だ。
正門のある入口前まで着いた。
「ユウタ殿。お疲れ様でしたな」
「案内ありがとうございました。それでは、失礼します」
案内されている間に、それとなく世間話をする事ができた。中で勤務する兵士は殆どが、年配の兵士なのだ。冒険者として活動する事がない騎士や従騎士を含んだ四十から五十の兵士達が城務めだという。大体七時間ほど勤務して暮らしていけるのは羨ましい限りだ。KAROUSIの多い日本に比べてなんともスローライフなのはいい。
というか。俺もそうする筈なんだ。なのに現実は、真逆の展開を見せている。
どうしてこうなった。特に目立った行動はしていない筈なんだが・・・・・・
チーレム系小説にありがちな目立ちたくないというのもわかる気がする。
異世界にきて過労死を迎えたなんて小説は読んだ事がない。
気のいいおじさんといったダニエルと別れて、城の正門から出た。
夜だというのに、魔術灯が闇をはぎ取っている。
シルバーナは何処へ行ったのかわからない。
雰囲気から察するに、話は時間がかかりそうだったし、本人もPTからも抜けている。
一旦、家に帰るべく転送門を開くと飛びこんだ。
邸宅には灯りがついている。どうやらまだ寝ていない様子だ。
中に入っていくと、どうやらロウソクに火がつけられている。
魔術灯は買っていないのである。
玄関の扉を叩くと、中から声と足音がしてきた。
「お帰りなさいませ」
「うん。ただいま」
どこぞの新婚夫婦のような会話をしてしまった。ご飯は出来ているようである。
セリアは用事でいないとの事だが、まさかな。偶然の一致だろうか。
白いシャツにズボンといった簡素な居出立ちだが、自己主張の激しいお尻に目が釘付けになった。
風呂も出来ているらしいので、そっちから先にする。
「ふう」
一日色々あって、まだ何かあるみたいな感じだ。
ともあれ身体を洗って、いい湯加減の風呂につかると、一息つく事ができた。
風呂の湯は薪で焚いたみたいだ。外は涼しげな風が吹いている。
満天に星空が広がっているが、月の数が増えているような? どうして増えたのか謎だ。
「失礼します」
「え!?」
声がしたので振り返ると、湯煙の向こうから入って来る人影が。
布で隠し切れない程の身体をしたモニカが湯船に近づいてくる。
一体なにが、彼女の身に起きたというんだろう。
「お背中を流します。お風呂から出てください」
「!? ああ」
股間はすっかり天井を向いている。
元気な息子を隠しながら、ぼんやりとした頭で風呂から出る。
そして、木で出来た桶に腰かけると背中を洗ってもらう事になった。
豊満な身体を感じて、下半身はヤバい。色々な意味で限界だ。
いつの間にか足元に黄色いヒヨコがいる。
足を舐めているそれのおかげで爆発せずにすんだのはありがたかった。
暴発していたら、さぞ情けない事になっただろう。
「モニカありがとう。そろそろ出るよ」
「はい。あのご主人様。こういう時は一緒にお風呂に入るんじゃないのですか」
「また今度にしよう」
「そうですか。残念です」
本当に残念そうな表情をしている。せっかくのチャンスなのにとか聞こえてきたが、すっとぼけた。
アル様から釘をさされていなければ、その誘いに乗ったかもしれない。
俺が覚えていない十六年の間に色々あったみたいだ。
目が覚めたら十六歳という時点で、何かおかしいと気が付くべきだったのだろう。
そう考えると、この国の言語があっさり理解できたり文字が書けたりするのはおかしかった。
さらに魔術が使えるようになったりするのは、どう見ても過去が関係している。
そう考えると、自然かもしれないな。
DDを洗ってもらうのを頼みつつ、風呂から出た俺は着替える事にした。
普通に白いシャツと茶色のズボンといった居出立ちだ。
金に余裕が無いので、自然と安い物になるのはしょうがない。
貫頭衣のようなTシャツに比べれば、まだマシか。
リビングでくつろいでいると、温まったのか髪から湯気を出しているモニカが出てくる。
白いシャツにズボンという恰好は変わらないようだ。金がないせいだな。
オーダーメイドの服なんてのは相当に金がかかりそうだ。
アル様から頂いた奴は、そうそう着られるものではない。
ゲームのように、アイテムをセットしたら裁縫スキルでポンと出てくる訳ではないのである。
今日もパンとスープのようだ。後、肉が出てきた。
塩で味付けされていたので、割といい感じである。細切れにして煮込んだのか匂いがない。
学校は楽しそうだ。料理も学んでいるようである。
モニカが饒舌に話をするのだ。主にセリアが凄いであったのには閉口したが。
DDにも肉を食わせようとしたが、あまり腹が減っていないのか手をつけない。
上等じゃない肉には、興味がないのだろうか。もしくは、飯自体がいらないとも取れる。
呼びかけても返事が返ってこないので、シカトされているのかと不安になる。
「それでですね。ご主人様これを見てください」
「それは?」
「迷宮に潜って手に入れたんですよ。どうですか? 中々いいメイスと盾だと思うんですが」
「いいな。ところで、学園で迷宮に入る授業なんてのがあるの?」
「そうなんですよ。私もびっくりしました」
モニカがイベントリから取り出したのは、迷宮産の物らしい。
ボスドロップらしく、見た目からして何か違う。
ちょっと妬ましい気分になったのは、悟られただろうか。
こっちは、アル様から頂いたゴル位が収穫なのである。
セリアと他数人のメンバーとさくさく潜ったようだ。
セリアが居たため初級ダンジョンは、速攻で最下層まで攻略してクリアしたらしい。
ボスも瞬殺だったとか。
鎧を作る作業をしたり、ポーション作成に取り掛かったりと忙しそうではある。
ダンジョンに入る為、誰でも回復系ポーションの作成が開放されているのだとか。
学内ランキング戦に参戦したのだとか。嫉妬の炎が燃え上がりそうだ。
話は延々続きそうなので、一旦中断して村に行くことにした。
牛乳娘の自慢話にうんざりした。という事ではない。決して。
ユウタ:自身のおかしさに気が付き始めた?
モニカ:色仕掛けに目覚めた
セリア;行方不明
シルバーナ:ヤバい事に?
アル:だんだんと見えてきています
一応再度、この話はトリップ物ではありませぬ。転生物です。
閲覧ありがとうございます。