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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
103/709

99話 スライム!

「おーし。オーライ」


「おやっさん、整備の方は出来ているのかい」


「おうよケビン。お前さんところの戦車は万全だぜ。これなら人食い鬼やら豚が出てきても楽勝よ」


 くすんだ金髪を七:三分けたケビン曹長はおやっさんと呼ばれたベン整備士長に歩み寄る。

 周りでは多くの整備士達が忙しく戦車の点検を行っていた。

 ここはハイデルベルとハイランドの国境。ハイデルベルの内乱に乗じて侵攻しようというハイデルベル軍内部にある整備場であった。

 

 角刈りにヘルメットを被る大柄なベンが小さく見えるほど、T-1と呼ばれる帝国の戦車は大きい。このT-1は元は二ホンの九十式戦車であったが、内部の構造等に魔術的な補助を入れた新型車両である。従来の物と違うのは、落とし穴対策といったところだ。凡そ全ての車両は落とし穴に嵌ると終わりである。


 帝国に出現する異世界の車両はほぼ落とし穴が有効な戦術となっていた。

 ケビンは手元から葉巻を取り出すと簡易ジッポで火をつける。


「つーか今度はルーンミッドガルドやるらしいんだけど、おやっさんはあそこに何があるのか知ってるか」


「そうさなあ。国民全員が人食い大鬼以上の戦闘力でゾンビって話だぜ。何にもないところからいきなり現れるとか、死んでる筈なのに動き出すとかな。上は勝つつもりらしいがなぁ。俺の曾祖父辺りだと、悪い事すりゃ王国兵がやって来るぞ。なんて言われたくらい危険な存在らしいがね」


「ほんとかよ。豚鬼以上の戦闘力か。もう人じゃねーじゃねえのか」


 淡々と整備を進めるベンにケビンはおどけた調子だった。ケビンは半ば信じられないという表情を浮かべている。帝国周辺では古来より人食いのモンスターたちが跋扈し、人々の脅威となっていた。

 中でも子鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)大鬼(オーガ)といった数の多い食人種は人に対する天敵いってよい。それが解決を見せ始めたのは勢力を拡大し始めた二十年前の事だった。

 

 ちょうど異世界からの軍勢がこちらに現れ、そしてその武器を利用する事で人食いの脅威を取り除いていった。最も有効なのは戦車と榴弾砲だった。

 それらを如何にしてして獲得したのか。

 戦車は落とし穴に誘い込むのも魔術が有効に働いた。

 ケビンが聞いた話では落とし穴まで幻覚系の術を利用して落とし込むのがよく使われた手だという。

 

 今でこそ帝国は門からの軍勢を楽に対処しているが、黒竜の協力が得られるまでは圧倒されていた。

 超遠距離からの射撃が本分といっていい戦車と榴弾砲。それに近距離では突撃銃や重火器によって苦しめられた。タイムラグの無い通信機器による連携にも手を焼かされる。帝国側にあった水晶玉とは比較にならない利便性であった。この通信機器は未だに獲得できていない。


 帝国軍が異世界軍に対し完全な優勢に立ったのも、つい最近の事だ。その間に現れる異世界の軍勢を捕獲できるようになるまで、二十年近くが経過した。異世界との戦争中も領土を広げる事には成功したが、目に見えた進展は別にある。

 

 一つは帝国内にある痩せた土地の改良だ。

 

 このハイランドとハイデルベルには、肥料に使われる豊富なリンを含む鉱石を発掘出来る鉱床が確認されているのである。これを使い弱まった土壌を改善するのは帝国の未来を左右する。つまり、今回のハイデルベルに対する侵略戦争はあくまで鉱山の権益を獲得する事であった。従って、何も無茶をして西方随一の強国と戦争する必要はない。ハイデルベルの支援次第では、王国に本気で攻め込むかどうかの試金石にしようとしていたが。


 二つ目は凍らない港だった。

 

 ハイデルベル北部には凍らない港があるのだ。そこを手に入れる事が出来れば帝国としては上出来である。ハイデルベルの騒乱に乗じて幾つかのプランがあり、王国に謀略をしかけつつ介入を防ぐというのが軍諜報部の方針であった。


 この程度の事はケビン程度の下士官ですら、見えている。

 しかし、王国に蒔く筈だった騒乱の種は発芽する事なく。ハイデルベルの内乱も盗賊側の敗北に終わり、帝国軍は介入する余地を失った。


 ケビンは煙を大きく吸い込むと新兵たちの浮かれ具合に頭を痛めた。

 単純なプロパガンダに乗せられて戦場に行くのだ。多くの古参兵は怪物との戦いで消耗している。

 帝国の第三皇子は切れ者で通っているが、現場で戦うタイプではない。


 帝国が急速に戦域を広げた結果、どこも慢性的な人員不足となっている。

 ケビンにしてみれば、モンスターと互角以上に戦う王国騎士という存在がどれだけ恐ろしいか。

 それを新兵達が理解しているのか疑問であった。

 食人種同様接近されれば、命はない物と見るべきなのだ。


 今でこそ戦車や榴弾砲といった火器の能力で制圧していられるが、一昔前はモンスター共に襲われて壊滅する村や町は珍しい話ではなかったのだ。帝都周辺では少なくなった代わりに、耕作地の増えた周辺地域では子鬼が異常繁殖しているとも聞く。

 そんなケビンの心配する様を元気づけるようにベンが声を張る。


「まあなんだ。おめーの戦車を信じろって。こいつは頑丈だし、そうそうやられたりはせんだろ」


「だといいがな」


 ぽんぽんとレンチを片手に持ちながらケビンの車両を叩く。

 ベンはケビンが不安な表情をしていると見たようだった。


「なんだ、また何か夢でもみたのか」


「ああ、クソッタレな夢さ」


「そうか。そいつはご愁傷様だ。お前の夢が現実になりやすいからな。神に祈っとくぜ」


 ケビンは実現なんて飛んでもないと首を振る。

 夢とはとんでもない化け物に追いかけられるという物であった。

 大鬼や子鬼といった食人種と戦う際によく見る夢見る。正夢になった事はなかった。


 ベンから雪原仕様の戦車を受けて部下と共に出撃する。

 向かった先はハイデルベル。 


「あれは一体なんだ?」


「はっ。小官には水性型のスライムにも見えますが。正確には不明です」


 ケビンの疑問に応答するのはアラン操縦手だ。

 ベンの整備が終わり次第向かった先はハイデルベル内の国境付近に広がる雪原。

 そこでケビンの所属する機甲師団が遭遇したのは黒い怪物だった。

 

 今、ケビンの目に映るのは巨大な黒い山であった。観測隊員の報告では全長二十m程度の化け物であった筈。だが、モニター越しに距離二千m程度の距離があるにも関わらず、その禍々しさが伝わって来る。


「全隊一斉射撃を開始せよ!」


「「了解」」

 

 中隊長の指示を受けて全車両が半包囲を敷き一斉射撃を開始する。

 戦車の主砲は城塞すら砕き、大鬼ですら一撃で仕留めるのだ。

 榴弾砲もまた撃ち込まれていく。広範囲を畑の如くするその威力は子鬼の群れを一掃する。

 新型の移動式ミサイルがあればもっと手堅い。開発が遅れている為、実戦配備は先だった。 


 土煙の中で化け物が爆散するか、地に伏せている姿を確信する。

 ケビンは不吉な予感を払しょくするようにして、安堵する笑みを浮かべた。

 









 目の前が真っ暗だ。何も見えない。どうしてこうなったのか不明だ。

 しょっちゅう暗がりに行くのはもう運命なんだろうか。

 確か、エリアスとベルティン様が多数の忍者に囲まれている中心部に進んだ所までは記憶している。

 

 ここは冷たく、そして暗い。

 これもおなじみの感覚のような?

 ゲーム感覚で戦争に参加したバチが当たったのか。

 必死になって辺りを手探りで掻き回すと何か柔らかい物を掴んだ。 


 ふにふにとゴム鞠のような感触がする。

 それがあったかくて、どこまでも柔らかく触っていると気持ちがいい。

 暖かな存在を抱きしめると冷たく氷つきそうな身体に活が入った。

 そうしていると、外から漏れるような光が差している場所に気が付く。

 取りあえず、暖かな物体を抱えながらそこにいってみると、光が溢れてきた。

 

 漆黒に染め上げられた目の前がクリアな視界を取り戻していく。

 先ほどの切れ目のような光の筋は瞼の裏だったのだろうか。

 外界の情報が視界に飛び込んできた。外は夜のような暗さであった。

 あわてて太陽を確認すると黒く染まっている。


 一体何が、どうしてこうなったのか。喋ろうとしたが、口が開かない。

 そして、身体の中に異物が入り込んでいるようだ。

 

 どうやら身体の中に色んなものが入り込んでいるようである。

 そうだ、中から味方の兵士達を取り出そう。暖かいのは手放せない。

 下品な言い方だが、腹の中に納まった食い物を選り分けて糞として出すような作業だ。


 着ている物で判別しながら取り出していくと、視点がどんどん低くなっていく。そこで初めて俺は俺の身体が何か別の物になっているのに気が付く。土壁が見えてきたので、それにトラップホールの黒い穴を作りだして、そこに忍者達を投げ込む。投げ込むというより吐き出すという感じだ。

 そうしている内に、だんだんと意識がより明確になってきた。

 

 身体の中にある暖かく、ふにふにと柔らかい物体は・・・・・・恐らくアル様か?

 

 では、俺は一体どうしてこんなスライムのような金属のような訳が分からない物になっているんだ?

 誰か説明してほしい。

 

 自分の身体と思しき物に流れる痛みと苦しみと悲しみと怒りの感情が絶え間なく俺を襲う。

 そして、この血液のようなどす黒いモノはいったいどうしたことか。

 発狂してもおかしくないモノを緩和してくれる暖かなアル様は誰にも渡す訳にはいかない。


 やがて黒い海とかした本陣のそれを身体の方にかき集めていくと、歩き出す。

 そうすると前のめりになって倒れた。

 どうやら、足がないようである。しょうがないので手と足を造り出そうともがいてみた。


 じたばたした苦労の甲斐あって、なんとか触手らしき手と細長い足が出来る。

 元の姿に戻る為に俺はアル様と乗ってきた機体の所まで歩いていく。

 天幕の燃え滓が地面に残っている中、黄金色に輝く機体が直立不動で立っていた。


 乗る前は黒色だった筈だが?

 外から見るそれは、如何にも恰好良さげなロボットのそれとは違う。足がかなりデカい。

 腰の部分が戦闘機だった為か、腰回りが太く上半身があるのかないのかといった感じである。

 

 コックピット部分を確認すると、誰も乗っていない。

 そしてそれを屈んで見下ろす俺は相当な全長という事だ。


 誰もいない。つまり、これは悪い夢なんかじゃないってことだ。

 俺が居ない。アル様もいない。

 そして、手らしき物を見るとスライムのようにうねっている。

 どうすりゃいいんだよ。誰か教えてほしい。

 

 こちらが絶望したり、困惑したり頭を抱えていると、話しかける人ならぬ存在がいた。


「マスター、お困りのようですね」


「!」


「喋れないのはわかっております。マスターは念話の要領でお話しください」


 こちらが喋れない事にダンジョンさんは気が付いたようだ。なんて使える人ならぬダンジョンさん。

 取りあえず暴れるのをやめて、念話で会話する事にした。


「(えっと、なんでこうなっているのか。どうしたら元に戻れるのか分かる?)」


「肯定します」


 ダンジョンさんに対する聞き方が悪かった。言い直そう。


「(どうしたらいいのかな)」


「東のハイランドとの国境に向けて歩く事を提案します。宜しければ、道中でお教えしますが」


「(よろしく頼むよ)」


 ダンジョンさんの提案に頷く。

 置いておくと持っていかれそうなアル様の機体をイベントリに回収しようとした。

 どうやら、中に入らないようだ。デカいという事もある。その他にも何か有りそうだ。

 条件がありそうだけど、今はそういってられない。王国軍の人間がくれば、間違いなく化け物として攻撃されるだろう。何より、言葉が喋れないのが致命的だ。


 長い足を動かして、拙い足運びで歩いていく。あっさりと東の土壁まで到着した。

 不思議な事にかなりの巨体が動いても地響きがする事はない。

 あっさりついたのにも驚きだ。足のコンパスが違うのに今更気が付く。


「マスターの現状を報告します。宜しいですか?」


「(お願いする。謎すぎるよ)」


 不意に聞こえてくるダンジョンさんの声は有難い。

 騎士甲冑をアル様の権能が具現化した。とか俺の能力が暴走したとか。

 つまり、自分たちで自爆したって事なんだろうか。

 もっと気になるのは、ダンジョンさんが自意識を持っているんじゃないかという事だけど。


「(それで、どうすれば治るのかな。向かっている方角と何か関係があるの?)」


「肯定します」


「(それじゃよくわからない。もっと詳しく、馬鹿にでもわかるようにお願い)」


 状況は混迷を極めているので、俺自身の意識もまた混乱しているんだよね。


「提案します。その身体に何らかのダメージもしくは負荷を負わせてみては如何でしょうか」


「(え?)」


「東の国境線にはハイランド軍の本隊が待機しています。近寄って行けば攻撃してくるものと推測されますが。現状でのマスターの身体は人間の成分から大きく乖離した物となっています。約3時間程でマスターの身体はブリガンテスになり損ねた欠陥体となる為注意してください。また、体内のダークマターですが・・・・・・」


 色々とダンジョンさんが、説明してくれるが頭に入ってこない。

 早く元に戻らないと肉体がおかしくなるって事で頭が一杯になる。


 そういえば、国境線沿いに帝国軍が化けたハイランド軍が待機しているんだっけ。

 そこまで歩いていくのか。攻撃されて死んじゃうなんて事ないだろうなあ。

 

「(攻撃されて大丈夫なの?)」


「肯定します。攻撃されたダメージのショックで表皮の硬質化が進めば、ブリガンテス第一段階を突破したと見て宜しいかと。体組織の金属化を進行と体内物質の安定。これにより元の姿に戻れるものと計測しました」


 ダメージを受けても大丈夫みたいだ。けど、ブリガンテスって何だろう。

 ダンジョンさん人っぽさを出してくれた方がいい。


「(ブリガンテスって何?)」


「ブリガンテスとは――――――ピー、申し訳御座いません。情報の開示に制限がかかりました」


 なんとか質問を替えて聞き出そうとしたものの無駄だった。

 一体だれが、制限をかけているのか。都合よく教えてくれたって良い筈なんだが。

 最初で聞けるだけ聞いとくべきだったな。


 門はくぐれない。自分で作った土壁が邪魔になっていたので乗り越えるためによじ登る。


 乗り越えた所に帝国軍らしきロボットの軍団が集結していた。

 どうやらこちらの進行を邪魔する気のようだ。

 手に持った重火器をこちらに向けて撃ってくるが、全て無駄だ。


 撃たれても中に取り込むだけ。

 効くとしたら電撃とか火炎とかなんだろうけど、敵の赤いロボットが撃ちだしてくる火の玉はしょぼすぎる。蒸発する事もない。そこまで考えて、はたと気が付く。中のアル様は大丈夫なのか?


 全身を恐怖が襲った。 


 東に向かって高速で歩いて行くと、王国軍が集結している。

 しかし、この姿では戻れない。

 王国軍の先頭に立っているのはヒロさんだった。黒ずくめの鎧と馬に跨っているが、こちらに気が付いた様子である。今の俺は雪原を王国軍に向かって歩行してくるスライムな化け物なんだし。このままじゃ、合流できないな。


 諦めた俺は迂回して向かう。風を切るようにして走る俺。かなりの速度が出ている。

 広い雪原の街道を塞ぐようにするヒロさん達を避けて移動した。

 森沿いに雪原を横断するスライムな巨人ってどんな風に見えているのか。


 果てしなく怪しいだろう。襲われてはたまらないので、全力で走っていった。

 幸いにしてこちらを追いかけてくる気配はない。


 降り積もる雪をサクサクと踏みながら移動していく。

 遠目に見える雪で覆われた平原に戦車が大量に待機している。

 もしかして、あれが帝国軍なのだろうか。

 なんとか、アル様を中に入れたまま国境線までたどりついた。

 

 もそもそと足を動かして相手に近寄ろうとしたら、いきなり戦車の砲塔が火を吹く。

 

「(ダンジョンさん。これを受けても大丈夫なの?)」


「ピー・・・・・・肯定します」


 砲弾が身体に入って来るので気持ち悪い。敵の戦車隊は全力で砲撃を開始し始めている。

 迫撃砲も使い始めたのか、爆発が体を揺さぶる。


「おい」


「(? ダンジョンさん?)」


 返事がない。別の声が響いてくる。


「ユウタ、お前何をしている。さっさとやり返せ。敵は殲滅しろ。何故やられるがままなのだ」


「(あのどなたでしょうか)」


「私だ」


「(私と言われても・・・・・・もしかしてアル様ですか?)」


 どうやって俺に話かけてくるのだろう。

 というか、どこにアル様はいるのか。

 声は頭に響いてくるが、姿は見えない。つまり、体内に居るということだろう。


「そうだ。わかったら、さっさと敵を殲滅しろ。これは王命ととってよい。二度と攻め込もう等と考えぬよう徹底的にやるのだ」


「(はっ)」


 早速の殲滅指令だ。即座に返事を返す。


「駄目だよ駄目。その子の言いなりなっちゃ駄目だから」


「(今度は誰ですか)」


「僕だよ僕」


「(いやわからないんですが・・・・・・DD?)」


 そういえば、DDも居た。孵化してから会話できなくなっていたのは何故だろう。


「そうだよ。アルーシュの言いなりになってると殺戮魔界の魔王なんかに仕立てあげられちゃうよ。ここは手加減して敵の武器を破壊するべきじゃないかな。あとは脅かして撤退に追い込んだほうがいいよ。殺されて殺して、後に続くのは復讐が復讐を呼ぶ戦乱でしかないよ」


「貴様ぁ~何を生温い事を言っている。先に攻撃を仕掛けてきたのは向こうだろう。この偽善者DDめ、殺された兵士の身になってみろ。彼らには養うべき家族があり、未来があったのだぞ。生き返れるといっても半数が良い処であろう。どうして敵を思いやる必要がある。徹底的にやってしまうべきなのだ。何も帝国の首都、ハイランドの首都を焼き払えとは言っておらん。今ここに侵略を企まんとする敵軍に思い知らせてやる事で多くの争いを避けえる事になる。さあ、やれ。今すぐやれ」


 二人の論争は終わりそうもない。

 どっちも言っている事に一理あるし、どっちのいう事を聞いた方がいいのか。

 戦車砲に迫撃砲が火を吹き、身体には雨のように攻撃が降り注いでいる。

 正直耳とか通常通りだったら鼓膜が破けていたよな。


 二人の言い争いを他所に敵軍の攻撃がうっとおしくなってきた。

 半包囲陣形をとりつつ全力で火力を集めてくる。

 いくら撃たれても全く効かないとはいえ、やられっぱなしというのももやもやする。

 ダンジョンさんはすっかり反応がないし、どうすればスライムから人になれるのか不明だ。


「(うーん。まあ敵の兵器だけ潰していきます)」


「チッ、日和った意見だな。敵は武器を手に何度でも来るぞ? それで民を守れるというのか。甘すぎるというものだ。敵なれば完膚無きまでに撃ち滅ぼすべきだぞ。戦争をするという事はこちらを舐めている証左である。思い知らせなければ、人はわからんモノなのだ。お前の奴隷や村が襲われて殺されてみろ。それでも、平然としていられるのか?」


「(それは・・・・・・)」


 アル様の言う通りだ。きっと、俺は親しい友人が襲われでもしなければわからない。

 典型的なに日本人なのかも知れないな。

 身近に災難が降りかからないと動けない奴なんだろう。


 砲弾がさく裂し、爆風は絶えず襲ってくる。

 砲弾は身体に当たって弾かれるようになってきた。

 表皮が硬質化しているようだ。


 色々考えてもしょうがないな。さっさとうっとおしい敵にはお帰り願おう。

  

 敵との距離は二千m程度だろう。追いかけたら逃げるという選択肢を取られる可能性もある。

 しかし、百mを十三秒程度の走行速度であったのが、千mを十三秒程度になっているので敵に逃げ場はないな。ちょろちょろと逃げ回るようなら、地面を耕す蹴りで戦車を飛ばしていこう。


 空を飛んでいる鳥やらトカゲもうっとおしいが、まずは地面を優先した。

 十分くらいで敵の戦車隊を壊滅に追い込んだ。

 なんせ、相手の武器が効かない上にスピードもパワーも段違いで戦いにならない。

 榴弾砲を撃っていた兵士達も武器を捨てて逃げ出したので追いかけてみる。

 

 手にした銃を撃つ者もいたが、まるで効いていないのに気が付いたようだ。

 皆諦めたようにこちらを見上げる。

 身振りで去るように手を振ると、兵士達は一目散に走り出した。

 

 平原に展開した大軍だったが、この身体なら処理するのに二十分もかからないだろう。

 巨体を生かして走り回るだけでいいからなあ。勢いよく地面を踏んで走るだけでいい。

 一方的な虐殺は趣味じゃない。

 敵兵は雪崩を打って、蟻のように去っていく。

 

 空を飛ぶ兵隊達も同様に撤退するようだ。

 中には魔術で攻撃してくる者もいたが、電撃がピリピリする位である。

 捕まえようとしてみたが、空を飛ぶ兵士は素早い上に距離をとって攻撃してくるのでこちらも【サンダー】を撃ってやる。

 

 幸いにして杖なしでも魔術を使えた。

 普段以上に強烈な魔術の稲妻を受けた敵兵と乗り物で、ぽろぽろと焼き鳥が出来上がった。

 落雷ばりに凄まじい。敵の防御なんてお構いなしだ。

 

 色々とチートな性能な身体だが、元に戻れる気配が一向にない。

 戦車や敵兵が置いて行った武器を回収していく。

 あらかた終わると、広い雪原で体育座りをして休憩する。

 すると、アル様はご立腹している様子だ。DDと真っ向対決している。


「まあ、いいだろう。しかし、後悔するぞ? あの手の敵は諦めん。必ずお前の身に災難が降りかかる事になる。その時、お前はお前の村と奴隷を守り切れるといいがな」


「大丈夫だよ。アルはこんな事言っているけど、ユウタの事心配しているんだよね。それに僕がいれば、竜化変身でなんとでもなるさ。えへへ」


 DDもまた何か企んでいる。二人して俺をこき使う気満々だ。

 いい加減にして欲しい処だな。


「また、こやつは調子のいい事をいう。敵も馬鹿ではないのだぞ。搦め手から来られれば、遅れをとる事もある。今回の戦で諦めるようであればいいが、楽観的というものだ。今回の件でわかったが、敵の技術力と連携は相当な物だ。帝国にはお返しをしてやらねば気が済まぬな。俺はやられたら百倍返しが主義だ。ユウタよ、きっちり腕を磨いておけ。ふー、【神性解放】!」


「おお?」


 アル様が何かをしたようだ。

 すっかり鎧状となった黒い身体が萎んでいく。

 身体の中を埋め尽くしていたどす黒いモノが塊となって吐き出される。

 

 腹の中から金髪の女の子が出てきた。なんてこった。女の子が産まれちゃったよ。

 俺は男なのに、ち●こついてるのに出産というのは・・・・・・

 誰だこれ。そして、何で女の子かっていうと、股間についてる筈の物がないからだ。

 全身にどす黒いオーラを身に纏っている。目に見える程真っ黒なもやもやであった。

 

 ついでに、金色なヒヨコ体型のトカゲが出てきた。

 こちらは暖かい。DDか。


「(お疲れユウタ)」


「おお。えっ、喋れるのか」


 DDの念話に反応して、自然と喉が動く。

 手を見ると、普段通りの手だった。人間の手だ。口からも普通に言葉が出た。

 手触りも普通だ。正直あのままスライム人生になっていたら発狂していたかも。

 鎧みたいになっていたけど、表皮の硬くなったので成功したという事かな。

 DDが肩によじ登ってくるが、皮膚に爪が突き刺さって痛い。

 DD先生、痛いのですが? アル様が手招きをしていた。 


「あの、アル様?」


「ん? なんだ。寒いからなにか寄越すのだ。私が風邪をひいてしまうぞ。それとその食い入るように見るのは止せ。野獣が襲うような視線ではないか。姉上の言う通りだな、男というものは正体がわかればすぐこれだ」


「申し訳ございません。これをお使いください」


 ばれてました。

 チラチラと生足とか生えてない所に目が行ってしまうのは、男の性というものだ。


「うむ。なんだこれは、獣臭いぞ。チェンジだチェンジ。お前が使っているそれを寄越せ」


「はあ。しかしこれは俺がいつも使っているマントなのですが」


「構わん。それよりも、お前わかっていると思うが、私の性別は秘密だ。他所に知られればお前は当然死刑か結婚してもらう事になるからな。ん? そうか。お前が漏らした事にして結婚を迫るのも有りだな。これは面白い事になりそうだ。アルルの奴もアルトリウスめも手の打ちようがあるまい。そうなれば、世界征服も一気に進むのだが・・・・・・ユウタ、服と靴を出せ。この私をマントの下が全裸のままで歩かせるつもりか?」


「わっ。少々お待ちください」


 何だかとってもキナ臭いセリフが聞こえたような。

 イベントリから替えの靴と自分用の服を取り出す。

 大昔に入れといた奴だけど、幸いにして使う事なかった。


「ところでアル様」


「なんだ? 気になる事があるのか? 言ってみろ」


「その、なんで男装を?」


「そんなモノは決まっている。男がへつらってくるのが、うっとおしいだけだ。気持ち悪いだろうが。ヘラヘラと追従ばかりの部下など害悪でしかない。私の部下に塵はいらん。私が出世してきた大臣クラスだろうと、クズだと感じればすぐ一兵卒に降格だぞ。私にとって部下とはそんな物だ。そして反逆しそうな奴なら、すぐ首だ」


 アルは舌を出しながら首を掻き切る真似をする。ちっとも迫力が出ないのは女の子だからか。


「なんとなくわかりました。でも、無茶苦茶ですよ。優秀な人間が人格者ばかりといのには無理があるのでは?」


 世の中善人ばかりじゃない。俺みたいな小悪党もいる事だし。

 忠実な奴が使える人間ばかりじゃない。

 ここから帰ったら真っ先にデブを始末する算段ばかり考えている。

 向き不向きであったり、人の適職なんてやってみないとわからない。


「ふん。馬鹿はいらん。これはあくまで理想だ。優秀だが、野心的な男。腹黒で小手先に優れた男。忠実だが、凡庸。色々いるが、結局男が上位を占めるのは異世界でもこの世界でも変わらん。となれば、女でいるのはマイナスでしかないからな。女王では国を纏めていく事は難しい。男装する理由はここだ。女では男を従えるのは困難だからな。根本的にあらゆる面で男性優位なのはいうまでもない」


 アル様とDDが睨み合っている。

 流石にヒヨコみたいなのを蹴り飛ばすなんて事はしないみたいだ。

 頭にきたからといって、そんな事をしたら王族としての沽券に関わりそうだし。

 でもなんだかお飾りの種馬要員のような、用済みになれば捨てられそうなのはどうだろう。

 

 二人で秘密の会話でもしているんだろうか。

 念話でもしていたら聞こえないしな。

 女王が無理でも王女が駄目なのはなんでだろう。

 

「王女で婿をとればいいんじゃないですか」


「それだ。王女として育てられるとな、ちやほやされる。そうして、大概が馬鹿女に育つ。男に騙されて国を傾ける女には枚挙に暇がない。故に、我が国では王女は姉上だけだ。それも、一時的なモノでな。すぐに、降嫁する。他所で父上が女を囲っている可能性はほぼないからな。むっ、来たようだな」


 アル様の視線を追っていくと、そこには銀色のプレートメイルを装備した騎士。

 それと横を与作丸の奴が歩いていた。

 一体どうして、こんな所に?

 

「アル様。忍者共の処理、少々手間取りました」


「そうか。ならば、帝国軍の追撃はお前達に任せたぞ」


「「はっ」」


 ええ? 帝国に追撃って国境を越えていくんですか。

 銀色の騎士がなんとなくセリアに見える。声とか背格好とか、そして何より気配が。

 気のせいなのだろうか。


 返事をした二人は走り出し、すぐ姿が見えなくなった。


「よし。ユウタよ、DDが煩いので機体を回収したら王都に戻るぞ。後の指揮はヒロに任せる事とする」


「わかりました」


「ところでだ。お前、身体は何ともないのか? 死にたくなったりするとかないか」


 不思議そうな光を双眸に映したアル様がこちらを見上げる。

 死にたくなるとか不吉な。


「いいえ、別に・・・・・・そういえば苦しかったり痛かったり色々ありましたけど、特に異常ありませんが」


「そうか。合格だ。姉上の言う通りだな。となると・・・・・・」


「何か?」


「何でもない。気にするな。常人であれば、一瞬で白髪化し即死するのだがな。あれを耐えきるとは大した物だ」


「はあ」


 大した物か。殺す気ではなかったみたいだけど、何か試されていたようだ。


「(駄目だよ。ユウタ気を付けないと、駄目。アルは君に煉獄招来を使ってたんだよ)」


「・・・・・・」


 DDはそういってくるが、俺に実感はない。

 煉獄招来。なんか凄そうだ。まあ、多少気分が悪くなったりしたが。

 ワープアで一日十二時間ぶっ通しで働いていた俺にとっては、あの程度の苦痛等目じゃない。

 日本の底辺を舐めるなよ?


 鼻がつまったり、目が痛みを訴えたり死の苦しみなんてのは日常茶飯事よ。


 七十五まで薄給のワープア人生だったからな。高度に教育された社畜といってもいいだろう。

 アル様が美少女とわかったからには、あの程度むしろご褒美だ。

 胸が抉れるくらい平面なのも気にならない。むしろ、今後の成長に期待できるし。

 使い勝手のいい玩具扱いだと悲しいけどなあ。アル様の気持ちはよくわからない。


 しかし、眼福な光景をみた俺の身体は現金な物で疲れもすっかり飛んでいる。


 ハイデルベルでの戦闘だってむしろ燃えてた。

 工場で働いて寝るだけ。そんな代わり映えの無い家畜の日々に比べれば、今が最高だ。

 誰かの為の戦いで死ねるなら、最高の死かもしれないしな。

 

 ともあれハイデルベルの戦いもひと段落したという事だ。

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