97話 本陣が火の海
忍者達はルーンミッドガルド軍を奇襲する為に集められた精鋭だ。帝国内で飼われている忍者の里より集められた各種の忍術、体術、剣術に優れた者ばかりを選びだす。長い帝国の歴史にあって諜報や暗殺といった汚れ仕事を一手に引き受けてきた。
帝国が僅かな期間で急速に領土を広げる事が出来た力の一翼でもある。
各国列強に対抗する為に純粋培養され、人を殺す事に一切の呵責を持たないよう徹底的に教育がなされる。それは、同時に帝国の暗部でもあった。
秘密を知る者の脱走を許さない鉄の掟。競い合いながらもひとたび任務があれば固まる結束力。
それらを育成する里は、一族主義で固まり無数に存在する。
元々は火、水、土、風であったが枝分かれしていく内に増えていったのだ。
忍者達はそこで厳しい修行を積み帝国に雇われるようになる。治安維持にも活躍し、護衛や暗殺にも仕事の場は多い。中には暗殺を越えた集団での奇襲という任務もある。
ここに集うのは奇襲の任務を負った土、風、岩、火、水といった里の者だ。
忍者達はフォトニックを虚空球と呼ぶ。それに接続し、身体に流れる気でフォトンマシンを制御し物理現象を引き起こす。何故こうなるのか、忍者達にとって不明であった。しかし、使える術は使えるとそうあるがままに受け止めていた。火の里であれば火炎の術に長ける。各々の里の名称はそのまま使える術を指し示していた。
この地に集うのはそんな忍者達の中でも強者。土からは土流、風からは烈風、岩からは岩石、火からは火焔、水からは流水と名のある者が帝国により呼び寄せられた。総じて気を扱う力に長け、気力が高い程力のある忍者として扱われる。王国が魔力と呼ぶそれとは一線を画す能力であり、詠唱等を必要としない。五行相克を中心とした術理でもって自然環境に影響すら及ぼす。
とはいえ、その忍者達も攻めあぐねていた。王国軍の陣は森林に囲まれた平地に作られて、東側は見通しのよい雪原で北と南は森となっている。その陣で多数の護衛に囲まれる強力な力を持つ魔術師と対決するのである。千程度の忍で分散しているとはいえ、二千の兵士を相手に戦うのは少々骨が折れる状況であった。小国の兵であれば、倍であっても余裕なのだが。
名のある忍者を殺すのには、いくら数を送りこんだ処で目途が立たないのと同じだ。
忍者達の目の前には、吹雪で覆われた結界と探知防御がしかけられているであろう土壁がそびえ立つ。
各忍者の里より選りすぐりの者を集めたのだが、相手は西方に鳴り響く術者である。よって討ち取るには短期決戦が好ましい。忍達にとり、ここは敵地なのだ。
忍者に備わる超感覚により敵の索敵を掻い潜り接近して暗殺する。それができれば苦労はない。
茶色い装束を身に纏う男、岩石が隣にいる同年代の仲間である烈風に声をかける。
「これをどうやって抜けるのだ? 拙者には不可能にしかみえん。既に送り出した幾人もの手下が帰らん」
「であろうな。この結界、並のモノに非ず。さすれば、次の一手は土竜でどうだ」
「それは既に試してある。次ないか」
忍者達の会話に別の仲間が加わる。柔らかい声と細身の身体を持つ忍者、土流だ。
土の忍術に優れる彼の配下もまた土系統を操る事に特化しており、岩は分派のようなものである。
土竜とは地中を堀り進む術なのであるが、土壁の下を通過しようとした際敵に感知された。土流の配下は圧殺され帰らぬ人となっている。
「霊体を飛ばして偵察するという手もあるが、それすら危うい。やはりここは待ちの一手では?」
「確かにな。上の指令では発破を使うと聞いているが、果たしてそれが何処まで通用するか。これ程の結界となると解くのも難しい。拙者は待ちを支持する」
厳めしい顔の忍者が、顔を半分髪で隠した細身な土流の策を支持する。
ふむ、と頷く中年の疲れた容貌をした男である烈風は思案顔をした。
「土と岩の意見はわかるが、風としては火の意見も聞いておきたい所だな」
「あいつか。大方、精気を養っておるのではないか。いたずらに動き回った所でこの結界は解けぬと見ておるのだろう。拙者としては火の忍術を試すのもいいと見るがな」
烈風からすれば風で吹き飛ばす事が出来ない吹雪をどのようにして凌ぐかが問題である。
岩石の言うのは消えない火の事であるのは明確だ。
この男。火の里に伝わる火の忍秘術、不消火を使えといいたいのであった。
「ふーむ。いい案が一向に出ぬな。これでは我等揃いも揃って能無しという事になる。なんとかせねばならぬが・・・・・・お!?」
烈風が視線を向けたのは盗賊達が立てこもる砦の方向であった。派手な火の柱が立ち上っている。
折しも盗賊の砦ではナオが大技でもって反撃の狼煙を上げ、空からは爆音が鳴り響く。絶え間なく鳴り響く爆音は結界を攻撃しているようであった。空からの浮遊空母が投下した爆弾がありったけの量を落とし終える。同時に吹雪が急速に収まっていく。
忍者達に感じ取れていた魔術師の展開していた結界が綻んだ事を察知する。
この好機を逃す忍者達ではない。風のような速さを誇るのは烈風とその配下であった。一番に駈け出して行く。
「お先に失礼する」
「ふむ。拙者はゆっくり進ませてもらうか。何分あの壁を越えるには苦労しそうだしな」
風の忍術と共に跳躍に優れる風の忍者達ならば、十五mはあろうかとう壁を乗り越えるのも苦ではない。何よりも壁走りの術も得意なのだ。ある者は壁に穴を開けある者は石の階段を作り、壁を突破していく。壁の上で哨戒任務に当たっていた兵士は音もなく接近してきた忍者によって倒される。首から血を吹き出し倒れる見張り役の兵士達。見張りの兵士は敵襲を知らせる叫びを上げる事すら出来なかった。
風の里は風系統の忍術を良く使いこなす。故に、速度も全ての忍者達の間であっても最速を誇る。その速度は一般人であるならば目で追う事すら難しい。先行する烈風とその配下の忍者達は、ベルティンが率いる本陣を取り囲む南西側の外壁を瞬く間に掌握した。
次の瞬間には、地響きを上げた土壁である足元が崩れだして忍者達は奇襲が失敗した事を悟る。エリアスに探知されたのである。それは本来であれば容赦なく殺戮の罠が発動する筈であった。しかし、彼女には上空からの爆弾を迎撃した為多くの魔力を消費しきっていた。魔力を回復中であり、大技と繰り出せない。だが、外壁を制圧され上から攻撃されるという愚を少女は犯さない。
烈風とその配下二百は王国軍に攻撃を開始する。だが、王国軍の兵士も敵襲に気がついた為に一方的な展開とはならない。
「簡単にはいかないようだな」
地面に降り立つ烈風と配下の忍者達は壁が崩れ土煙を上げる敵陣に着地する。
「おいおい、こいつら勝つ気でいるぜ」
「私一人で十分だ。お前は他所に行ったらどうだ」
土煙の中から声聞こえてくる。男と女の声であるが、二人の間柄は芳しくない色が声に滲んでいた。
烈風の合図によって手裏剣等が一斉に投げ込まれる。次の瞬間には、敵が地に伏せている筈であった。
しかし、帰ってきたのは烈風達のはなった武器。
「何だとっ?」
驚きながらも烈風自身は返って来る武器を避ける事に成功した。だが、次々と投げた筈の苦無や手裏剣が配下の忍者に突き刺さる。敵は投げつけた武器をそのままハネ返してきた。投げ込んだ武器の速度よりも更に早い速度で配下の忍者達が倒れていく。
「それもいいけどな。まあお前なら百だろうが万だろうが倒してのけるんだろうがな! 気に食わねえんだよ。その澄ました面が!」
「では、見えない処にさっさと行ったらどうだ。それとも同じ忍者を手にかけるのに気が引けたか?」
「(一斉に鎌鼬を撃てぃ!)」
風のように攻撃するのが売りの里である。風の忍者達の対応は早い。だが、立ちふさがった敵の攻撃は更にその上をいく。土煙をかき消すかのように飛ばされた鎌鼬の術は風の忍術にあって使い勝手のいい術の一つだ。対象方向を任意で決められ、その威力たるや帝国の鉄騎兵であっても両断されるモノである。烈風の心話により放たれた攻撃は確かに相手を捉えたかに映った。
「アメェ! そんなんじゃカスリもしねえんだよお!」
忍者達と似たような忍び装束を纏う凶相の男が空中に飛び上る。手印で術式を組みながら回転すると猛烈な風が発生していく。その渦のような風から生み出される風の刃が忍者達に襲い掛かった。
烈風は避けられるが、配下の忍者達は高速で迫る刃をくらってしまう。
「また、迷惑な攻撃をする。人の事を考え、もっと静かに的確に相手を倒していくべきだぞ。これだから顔に似合わないなんちゃってワルSHINOBIと言われるのだ」
「うっせー、よっ」
ハスキーな女の声で飛ぶ男に注意をする。味方である男の攻撃はともすれば銀色の装備で固めた騎士に当たる。味方の無差別とも言える攻撃を躱しながら、銀の鎧と兜で全身を覆った騎士は素手で攻撃していた。騎士は無骨なガントレットを構え拳技を使用する。
拳技残塊拳。高速で放たれる拳に気を乗せて打ち出される風の塊による攻撃である。忍者達の攻撃を防御しながら、尚且つ相手を粉砕していく。
二対二百。
数の劣勢は明らかであり、通常であればひき肉になっていただろう。
しかし、忍者達にとって相手が悪かった。
「ひむるな。敵はたった二人だぞ。取り囲んで風弾乱れ撃ちの交互に切り替えるのだ」
「「応!」」
物理攻撃の返す相手に風と物理攻撃混ぜた攻撃法に替えるよう指示する烈風。
配下の忍者は反応よく返事を返す。
腕の立つ敵を前に包囲を固めようとする忍者達であったが、怒涛のような攻撃がそれを許さない。
一息で五人が倒され、二息では十五人が負傷した痛みで戦闘不能となっていく。
銀色の金属で全身を固めた騎士の視界に入る敵は烈風を除いて即座に倒されていった。
忍者達も同様の攻撃で反撃するも、全く当たらない。空中に飛んで竜巻の如き攻撃を産み出す男にたいしても同系統の風の術が全く効いていない様子である。
「つーか、こいつら雑魚すぎんだろ。お前さんが来る必要なかったんじゃねぇか? 暇って訳でもねえんだろ」
「まあ・・・・・・確かにな、しかし姉上の要請とあらば致し方ない」
「ああん? そういう事かよ。てっきり俺は主人の為かと・・・・・・おわっテメエっ」
「手が滑ったな。死にたくなければもう少し抑えろ」
「いやいやいや、おめえ。ぜってえ俺を殺る気だったろ? そうとしか思えない威力だぞ」
「すまんな。私は冗談が嫌いだ」
怒鳴り合う二人組。
縦横無人に敵を蹂躙する銀色の騎士はさらに殲滅の速度を早める。周りの天幕という天幕に火がつく。火を操る忍者が陣内部に火の雨を降り注がせているのだ。しかし、全滅の危機に立つ烈風とその配下には援護がこない。他の里も苦戦をしていると予想された。天幕が赤い炎を上げて燃える中、烈風は決断した表情を浮かべる。
「貴様ら一体何者だ」
烈風は怒りを目に浮かべながら誰何する。
周りに居た筈の部下達はほとんどが戦闘不能となっているか事切れている。ルーンミッドガルドの兵と違い傷を負えば戦えなくなるのだ。
とはいえ、忍者であれば気を使った回復やポーションとも言える傷薬などで傷の修復が見込める。
だが、相手の騎士はこちらがどこの者か一切気にしていない。
「おい、だれだとよ。こいつら馬鹿じゃねーのか? 敵に誰だときくなんてよお。ついでに属性をまとめた馬鹿な部隊を作る忍者なんぞ塵以下だっつーの。さっさと死ね!」
「うむ。冥土の土産に教えておいてやろう。属性を単一化するとな、魔術的防御も一つでいいから楽過ぎる。もう少し奇をてらった攻撃が欲しいものだな。とはいえもうお前の手下は両の手以下だぞ」
せめて敵の情報を引き出したかった烈風だが、敵の騎士は会話に乗ってこなかった。生き残っている配下に撤退の合図を送る。しかし、逃げられるのかは未知数だ。かつてない強敵であったが、戦う気すら起こらない戦闘力の差を見せつけられた。持ち帰るべき情報は、ある。敵がどの程度の腕前なのか、どのようにすれば討ち取れるのか。烈風の隊を壊滅に追い込んだ相手は策を講じて倒さねばならない程の化け物であった。
煙幕玉を取り出すと地面に叩きつけ、身をひるがえす。烈風の逃げ足の速さは測った訳ではないが、ルーンミッドガルドの陣を襲った忍者の中でも一桁だろう。背後から迫る敵の攻撃を身代わりの術で躱しつつ遁走した。
「ちぃ。逃げられたんじゃねーのか」
風の太刀で攻撃した対象だったが、木が衣装に包まれ落ちていた。
それを確認した男は苛立ちを露わにする。
「放って置け。今はそれより他の忍者共を倒す事が先決だ。それよりもこいつらが本当にご主人様を襲って来ていた忍者で間違いないのか」
「たりめーだ。こっちは数がすくねーんだよ。不意に出会ったからって襲いかかる程馬鹿じゃねーっつーの。あの森の仕込みもこいつらと帝国の手で間違いねえ。少なくとも裏はとれたからな」
憮然とした表情を浮かべた男。手に持つ刀で動けなくなった敵に止めを刺しながら話す。
本国とハイデルベルで忍者を捕えると凄惨な拷問を加えている男であった。容赦のない男のそれを受けた忍者は廃人寸前まで追い込まれている。
「一先ずは信じるとするが、さっさと次行くぞ。帝国が進撃を開始したなら、それを迎え撃たねばならないからな」
「へいへい、二対三万とかぞっとするんだがなあ。まあオメエなら三万回拳をふるうだけか。敵ながら同情するぜ」
敵に止めを刺し終えた忍者は歩きだすと、火を降らせている敵の部隊に接近していく。忍者は口元を布で覆っているが、戦いを楽しむようであった。
岩と火を降らせて攻撃している忍者達は北側の壁に取り付いて攻撃している。燃え盛る陣内では土と水の忍者達が身体に膜を張りながら騎士達を攻撃していた。
火に紛れながら集団で襲い掛かる敵を前にルーンミッドガルドの兵は不意を突かれ多くの兵が倒れつつある。天幕の中から土の中から刀が飛び出してくるのだ。
一息で何人もの敵忍者を倒せる二人組であったが、流石に瞬時に全滅させられる訳ではない。
西側の土壁に飛び上ると、二人は駈け出した。
北側では異世界人が忍者達を迎撃している手筈であった。
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