96話 雪国の上から下
旗艦グローズを中心とした帝国軍第五浮遊艦隊は戦闘機、鉄騎兵を中心とした戦力を保持していた。護衛機のほとんどを失いまた戦友を失った悲しみから茫然とする整備士達。その中に年若いながらも正規の整備士として配属されたエステはいた。
「そんな馬鹿な・・・・・・どうしてこんなことに」
「みんなやられたってのかよ」
広大な上層層格納スペースには戦闘機のほかに騎竜や天馬といった魔獣たちが繋がれていたが、その姿は減りつつある。多くが地上に兵士を送る為、輸送に先行している為だった。
日頃は発着訓練で引っ切り無しの賑わいを見せる艦内スペースは、通夜のように静まり返っている。偵察にでた編隊が戻らず、続々と送り出される機体をエステと仲間の整備士達は見送るだけしかなかった。発進した機体は全艦隊五百余り、それがそのまま戻らないなど誰が予想出来ただろう。
「しっかりしろ、まだ望みはある! ついさっき、味方の機体が帰還してきた話を聞いたぞ。持ち場に戻れ!」
年配の整備士ハリスが怒鳴り声を上げているが、皆気が気ではない。なんといってもアルカナ帝国が誇る陸海空軍の内でも最新鋭かつ最強の航空戦力と言われるゼロシキ戦闘機。
それがあっさりと敗れたは明らかなのだ。
今までの戦闘であれば、相手は瞬殺だった。
飛竜軍団や天馬軍団であったり、ハーピーやグリフォンといった魔獣の群れを相手に無敵を誇っていた。
つい先程までは。
蒸気式のカタパルトではなく開口部から出撃していく味方の鉄騎兵は大忙しである。何かに追われるかのように降下していく。
戦闘機は高速で移動出来る反面、防御力に劣る。
そこを突かれたかとエステは仲間と話をしていた。それでもゼロシキの持つ時速七百キロという速度は圧倒的だ。相手が騎竜であろうとスピードに物を言わせた戦闘で敵の反撃を許さない。いずれはプロペラから燃焼型のエンジンを積んで更なるスピードを得るという話も出てきている。
戦闘機群は帝国の戦線にあって圧倒的な速度でもって敵の航空戦力を無力化する。その戦闘力は帝国内のどの軍団よりも抜きんでていた。竜やドラゴンといった別格の存在を除けば向かう先、全てに敵無しだったのだ。
事実、新生白神皇国との戦いにおいても敵の飛竜軍団を完膚なきまでに撃滅し、有利な講和条件を引き出す事に成功した。また帝国南方に位置する小国家群の制圧に際してもその飛行能力でもって首都を電撃的奇襲で攻撃。各小国群の降伏を得る事になった。
ゼロシキの主装備は二十mmガトリング砲であり毎分4千発程度を射出するその攻撃力は脅威の一言だ。空を飛ぶトカゲと言われるワイバーン程度の魔獣であれば、魔術的支援無しという条件下に置いて肉塊に変えるまでにさほど時間を要しない。
また、主武装に空対空熱感知型の誘導式爆弾、対地蹂躙型投下爆弾を装備する。両翼に装備されるが爆弾の力でもって小国ならば、敵の首都を壊滅に追い込む事もできなくはない。
エステが作業している場所は甲板の下にある格納庫であり、一層式の為所狭しと機体が並んでいた。旗艦グローズは全長三百三十三mになり旗艦と言うに相応しい広さなのである。しかし、船員にとってはまだまだ十分とは言えない広さだ。
航空母艦である浮遊船はそれ自体特殊な金属でできており、地面と反発するかのようにして浮き上がる。一般人にとっては真に不思議な光景である。二ホン人の父を持つエステにとっても鉄の箱が浮かぶ様子を見て、青い目を極限まで見開いたのものだった。
エステの父は二ホンから侵攻してきた侵略者で、帝国軍によって撃破された際に捕虜となった。その後奴隷に成る処で出会いが有った。頑なに技術協力を拒む父だったが、女に世話を受ける内に情が移った。周囲の反対も少なくなかったエステの両親が結婚して十八年になる。どうみても結婚した年とエステの年齢にズレがあるのでそういう事をしていたのだ。
エステには二ホン人である父が持つ黒髪黒目が遺伝しなかった。母からは体躯に金髪と父から譲り受けたのは平坦な顔立ち、それに器用さと忍耐強さだ。
帝国内にある小中学校を出ると、エステは整備士として働く為専門の学校に通う。そこを卒業すると軍専門の整備士として軍属整備に携わる。女としてのエステは評価が高く、色々な男達に声をかけられるものの全て付き合いを断っていた。男達が見ていたのはエステの胸であり、平坦な顔が醸し出す童顔に魅力を感じたに違いなかったと決めつけている。
軍に入ってからはセクハラが酷い物となった。野性的な髪型と童顔のギャップに多くの軍属士官の心を鷲掴みにしたのだ。だが、エステにはそれがわからなかった。大きな胸と引き締まった腰に野獣のような視線をぶつけてくる軍人が多い。そんな環境でエステが軍を辞めない理由はない。
幼馴染のスバルとシリウスが居なければ、とっくに軍を去っていた。
思考とは裏腹にエステはテキパキと鉄騎兵の点検を終えた。旗艦グローズに所属する整備士の仕事は何でもなのだ。爆弾の点検から、ネジの一つに至るまで細かな作業は多い。そして鉄騎兵は艦同様に最も手間のかかる機械だった。
エステが気配を感じたように周囲を見る。
紙コップを片手に持ちエステに接近してくる二人組の男達。彼らの見知った顔に視線を向ける。
「疲れてないか。そこら辺で休憩にしよう」
「わかったわ。でも貴方たちそろそろ降下する時間じゃない」
「俺達のお姫様と出撃の逢瀬を楽しもうって事さ。なあ」
「ああ、でもエステの邪魔じゃないかな」
「また貴方たちそんな事言って。皆が生暖かい目で見てくるじゃない。行きましょう」
一人は落ち着いた雰囲気だが暗めの表情で栗色の髪をした少年。もう一人は軽妙洒脱な容貌をした金髪の社交的な少年であった。二人とも物心ついた時から一緒にいる友達だった。気兼ねなく話せる上に、ちょっとした雰囲気からエステの気持ちを測る事ができる関係である。
シリウスが持つコーヒー入りの紙コップを受け取ると、三人は休憩するため格納庫の休憩所に歩いていく。爆弾の投下が終われば、降下する鉄騎兵と護衛の竜騎兵や天馬騎兵が随伴する。そしてヘリが発進する段取りになっていた。エステから見てもさっさと降下の準備を済ませてこんな所で雑談に興じている場合ではない事はわかる。
二人は期待の新人と言われる鉄騎兵乗りなのだから。
エステが整備していたのもスバルとシリウスが乗る機体であった。赤と青の機体にカラーリングされた訳でもなく色が出ている。当初は魔力を持たない二ホン人が戦闘で功績を上げる為に作られた機体であった。だが、その後の研究で二ホン人が乗らずとも起動する為、魔力を持つ帝国人が乗る事によって機体に性質が現れる事が判明する。
初期のタイプは魔力を使わず、電力や化石燃料で稼働していた。だがそれではルーミッドガルドの騎士や皇国の竜騎士に勝てない。そこでより力を求められる研究がなされる内に、魔力を持つ人間を乗せてみる実験がなされた。そこで判明したのは魔力を持つ人間の方がより性能の底上げに向いているという事実だった。魔力の有無からして、やはり持つ者が乗る方が好ましいという流れになるのは当然である。
装甲といわず武器にも魔力を通した結果、武装の火力が大幅に上昇する。二十年かけて進化してきた鉄騎兵である。中でも空を飛ぶタイプである鉄騎兵の開発には手間どっていた。故に未だ空を制するのは戦闘機を主とした航空部隊だ。そして、航空部隊に配備されている鉄騎兵は、最早鉄の名を冠するに程遠い重量になっている。魔力を装甲に走らせる事によって、重量増減する素材に生まれ変わるのだ。
その重さと言えば、鳥の羽毛並の軽さである。そして強度は鋼鉄以上なのが特徴だ。この艦隊に配備された鉄騎兵は総じて特殊な機体となっている為、高高度からの強襲が可能となっている。機体の姿勢制御には魔力を通す通さないによって重量の軽重が発生する仕組みになっていた。主に足元に重量を発生させる事で機体の上下がひっくり返る等という事態を防いでいる。
如何に飛行魔術によって補助が得られるといっても機械の塊なのだ。従って、エステの父がコンピューターといって扱う機械制御システムにも限界がある。気流によって発生する衝撃や機体の制御には結局人の手で行われているのが現状だ。
機体を遠隔操作する案もあるが、まだ未定である。開発は行われているものの、敵に乗っ取られた際にはそれがそのまま相手の戦力になってしまう事を鑑みれば先行きは不透明だ。
前述にある魔力を持った人間が機体に乗り込む事で機体毎に微妙な差異を見せるようになる。それが機体の色となって現れるようになった。その際に色が性質を表す事も判明する。つまり、赤ならば激情であったり怒りであったり、陽の感情が引き金となって吸い上げた魔力を炎として攻撃武器に転化する。青ならば悲しみであったり、非情もしくは陰の感情を元に攻撃することが出来た。
現在判明している色は鮮やかな七色。
これによって大きく帝国の戦力が変わっていくのは、まだ先の事である。
元々の帝国領土の大半が極寒の地である。
その為、人の住めない大地から耕作できる地を求め領土を拡張していった。
帝国が王国に勝つにはこれしかない。帝国第三皇子がそう演説し、戦線に投入された浮遊艦隊であった。帝国議会では尚も不透明な雲行きである。上層部の大半が反対する中、皇子主導で戦端が開かれようとしていた。元老院では王国の脅威と反戦を訴える声が多いのだが、そんな物はまやかしであると国民を煽っているのも主戦派であった。
帝国の歴史は古い物の急速に領域を伸ばし始めたのはここ二十年ほどの事だ。僅かな期間で勢力を伸ばし始めた国にありがちな侵攻であったかもしれない。その科学力と魔術が組み合わさった結果古代レベルの生活環境であった帝国のモノが劇的に進化した。現在ではエステの父が暮らしていたという二ホンに負けるとも劣らない物質レベルになりつつある。
帝国開いた先祖が東の島国より流れ着いたという英雄だった。それを知ったエステの父は帝国により一層の親しみを得て懸命な努力をする。結果、エステの両親は現在大きな商店を経営する母と父は魔導科学院の教授を務め男爵の位を授かったりと、大きく出世を果たしていた。二人は事あるごとに手紙をエステに送り、仕事を辞めて早く帰ってくるように勧める。
しかし、エステにとってスバルとシリウスの二人を捨てて帝都に帰還する訳にはいかない。もうずっと二人と雑談するような関係が続いている。いつかどちらかを選ばないといけない。
帝国では一夫多妻を認めているが、その逆はないのだ。今も二人と雑談をしながら、無事に帰ってこれるよう二人にお守りをあげている。二人とも驚いて感謝の笑顔を浮かべてくれるのでエステも自然と笑顔が零れる。発進の知らせを受けたエステが二人を抱きしめ、名残惜しそうに二人が離れると専用機と化した機体に乗り込んでいく。
「それじゃいってくるよ」
「待っててくれよな。ハニー」
落ち着いた雰囲気をしたスバルと何処までも軽いシリウス。エステは降下していく二人の機体が見えなくなるまで格納庫から見送る。戦場の様子は未だ伺いしれない。続いて出るのは、二人を護衛する帝国騎士だった。
天馬に跨った女騎士である。
「いい身分だな?」
「ええ、貴方もシリウスを守ってくれるのでしょ」
「チッ。言われずともそのつもりだ! 出るぞ」
不機嫌そうな女騎士の声を受け流す整備士。
二人の間で交わる視線から見えない火花が散るようである。
女騎士エリスがシリウスに惚れている事を知らないエステではない。昔からこのような手合いの絡みというのはエステにとって慣れっこになっている。この女騎士ともエステは長い付き合いだった。天馬一体に組み合わせられるのは飛竜二体である。魔術を防ぐのが天馬であり、物理的な防御力の高い飛竜が弓矢の盾となる組み合わせだ。
この飛竜はゼロシキや魔術士にとっては飛ぶトカゲでしかない。しかし、普通の兵士から見れば空飛ぶ戦車といっていい上に、兵士の放つ八mm程度の銃弾であれば物ともしない。飛竜が持つ小回りの良さはヘリより上である。
そして天馬は防御力こそ薄いものの、飛竜を超える機動性と強力な対抗魔術力を持つ。魔術に対して防御力の薄い飛竜と組み合わせると事により、集団での運用に柔軟性を持たせている。
帝国騎士ならば簡単な魔術も使える為、天馬騎士と言えば魔術師と誤認される事もある程だ。攻撃方法としては上空から魔術と弓、槍を使って相手を仕留める。だが、それでは魔術師として誤認される筈がない。
特徴的なモノが一つあるのだ。天馬が持つ風の属性を用いた防御結界である。また、飛竜に対する鱗の強化によって難敵となるのだ。三騎一組となった帝国騎士達はこの結界によって攻撃を阻み、かつ移動速度を高め攻撃力を上げて敵を打ち倒す。
帝国では帝都にある小中学校を卒業すると、義務教育として様々な高等学校がある。その中でも、騎士学校は男女を問わない憧れの的であった。女騎士エリスもまたそこの出身である。帝都に幾つかしかない騎士学校は難関とされ、武芸に長け学問に優れた者しか入学が許されない。
しかし、男であれば裏口から大金を積んで入るか、女であれば容貌に優れた者ならば特別枠として許される事もある。
エステが知っている通り女騎士はシリウスにぞっこんであった。女の身でありながら特別枠でなく実力で入り、同じ騎士学校に通い同じ机に並んで勉学を共にした。色々あってエリスはシリウスに告白寸前までいった事すらある。だが、エステの存在がそれを断念させた。
エリス自身は鈍い方ではない。何時も傍にいれば、自然と会話がエステ中心になる。それでもエリスはシリウスを諦めなかった。他の女達がさっさと諦めていく中で、一人踏ん張っているのだった。
幸いにして、帝国は一夫多妻制である。
エリスとしては本妻になるにしても、妾になるにしてもどちらでもいい。そんな風ですらある。結婚さえできれば、関係さえ続けば勝ち負けは死ぬまで続けられると割り切っていた。
エリスが降下する天馬を駆ると、シリウスの乗る青い機体の後を追いかける。本来ならば、轡を並べるのはエリスであったはずだった。共に騎兵として教育を受け、スバルと共にシリウスが騎兵の中でもエリートと呼ばれていたのだから。
二ホンから帝国に伝わったのは何も科学技術だけではない。星の読み方からメートル、キロといった古代から現代文明的な代物までである。スバル、シリウスといった名前もそこからつけられたに違いなかった。
二人が一番星とも一等星とも言われるあだ名で呼ばれるのもそこからきていた。
雲が爆弾によって引き裂かれ、魔術による防御結界も取り除かれた。熱い空気の層を抜けていエリス達の部隊は降下していく。エリス達魔獣隊の頭上にはヘリが追随していた。正式名をAA-1といい、未だ鹵獲したヘリの部品をツギハギで使う機体であった。なにしろ鉄騎兵と違い細かな部品を作るのに、一から挑まねばならないのだ。捕獲出来たのもつい最近の事である。
二ホンから捕獲したヘリを改修し原型こそあったものの、その後改良が進まなかったのだ。
というのも、開発力を全て鉄騎兵に回していたせいであった。
降下部隊の目に地表が見えてくると、戦場は帝国優勢のようであった。王国軍が陣を敷く土壁の城壁内では激しい戦闘が行われている。先行した忍者達による奇襲に間違いなかった。
降下するハイランド軍は鉄騎兵を先頭に集結。東側より攻撃を開始すると、不意を突かれた王国軍の兵士達は無謀にも鉄騎兵に剣と盾で立ち向かってくる。先頭を走る兵士には鉄騎兵の持つガトリング砲から銃弾が降り注ぎ、後続の兵も纏めて倒していく。
一方的な展開だというのに、敵兵は降参する様子を見せない。最後まで戦い抜くといった決死の表情を浮かべながら斬りかかって来る。それを迎え撃つのは容赦の無い鉛の弾丸であった。
盗賊団の砦を北にして東から攻め寄るといった図式だったのだが、敵に逃げる意志が見られない。
エリス達の飛空部隊が見守る中、次々と敵兵士を沈めていく。戦闘開始直後、突如として空中に黄金の六芒星が浮かび上がり、地上を光が照らす。光が収まると、敵の騎士が変身を始めていた。
銃弾を浴びながらも、巨人化した騎士達が長方形の巨大な盾を構える。
王国騎士達が一列に並び鉄騎兵の銃弾の雨を遮った。
結果ではあるが、敵騎士の盾は完璧に鉄騎兵達の攻撃を防ぎ退却をしていく。エリス達は困惑する事になった。ルーンミッドガルドの王国騎士と言えば、最強を持って西方世界に鳴り響く一角。例え一兵になるとも騎士ならば戦いから逃げる事はないはずなのだ。数の劣勢ではなく何か意味がある転進なのか不明であった。
この時点でエリス達を含む帝国軍が変装するハイランド軍の兵士は、半ば以上勝利に浮かれるように進撃していた。そして、倒れた王国の騎士や兵士の死体に無慈悲な銃撃を加えていく。肉が裂け、血しぶきに酔っているような鉄騎兵達だったが、誰も止める者はいない。王国兵が【蘇生】でもって蘇って来る事は、つとに有名だ。
それに割って入ろうとする者は誰もいないはずだった。だが、スバルとシリウスの二人が銃撃を止めさせる。そんな二人を見るエリスは戦いの最中だというのに顔が赤くなった。帝国における騎士道は既に滅びの道を行くが如き有様で、剣を捨て銃を腰に下げる者が増えつつある。
新米とはいえ、エリート騎士の指示には現場の指揮官といえど兵の静止をせねばならなかった。
シリウスの正論で論破されそうになる指揮官にスバルがフォローを入れて事無きを得る。シリウスの欠点を、スバルが埋める事で良いコンビになっているのだ。不承不承な様子であるが、歩兵は鬼畜行為をやめていく。
その光景を見たエリスはほっとした息を吐く。
戦力的に、スバルとシリウスの攻撃以外では敵が巨人化した後の騎士を倒した者が居ない。奇襲とガトリング砲の初撃で多くの敵を倒した事に浮かれ死体を弄ぶ兵士。それを止める為に前線を抜けてしまった為、敵の退却をまんまと許すハメになった。指揮官役の大尉は頭が痛かった。エリートの二人は正義感の塊のような存在で扱いづらい。かといって戦力外として脇に添えておくのも勿体無い。
そうして出した結論は、二人を前線に回して敵兵の死体は後でどうとでもすればいいという事だった。
スバルとシリウスの二人には前線に行くよう指示を出すと素直に従う。
指揮官の大尉は二人の姿が見えない後方にて、じっくりと敵兵の回収と調査を進める予定であった。
◆
雪で覆われた地表を舐めるようにして移動する俺とアル様の乗る機体はアル様の召喚した装備? によって人型に変わったようだ。ここハイデルベル国境付近でハイランド軍と戦闘になっている訳だが、味方は超劣勢のようである。というのも空中から見た限り、本陣となっている土壁で覆われた拠点は火を上げており内部にも侵入されていた。今は門で必死の防戦が繰り広げられているはずで、俺とアル様はそこに向かって敵の背後から単騎駆けをしようとしている。
ま、敗色濃厚で撤退命令が既に出ている訳なんですけどね。
そして目の前には一面敵の緑色をしたロボットがひしめき合っているのだ。普通、ここで逃げ出しても誰も文句を言わない筈だよな。敵が密集したままであれば好都合だったのだけれど、本陣に続く進路は広い雪原で散開するスペースも十分だった。
敵の指揮官が阿保ならよかったのだが、こちらの異常性を一早く察知、即座にしばらけやがった。腹立たしい事この上ない。というのも触手には射程があり、遠距離から後方と空からもだが、チマチマ魔術の射撃や武器による投射をやられるとジワリとシールドの防御力メーターが下がる。
被弾するよりもシールドゲージの回復が上回っている為問題ではないけれど、敵の攻撃が全力でこちらを向いた場合どうなるかわからない。触手で受けられるのも大物に限られるわけでどうにかしないとな。駆け抜けるように敵陣に踏み込んでいくアル様の行く手を阻む奴は、どうやら居ないようである。斬り合えば触手で捕獲だし。
敵の指揮はむしろ道を譲る恰好になりながら衝突を避ける結果でしかなかった。だが、果敢にも斬りかかって来る相手は纏めて捕えると背後に追尾させているトラップホールにダンクする。ダンクは敵だけではない。味方の死体を見つけると拾ってイベントリに回収する事を忘れない。蘇生をかければ十分に復活の可能性があるのだし。食われてさえなければ、最悪【ソウルリターン】なんてのもある。何かリスクがあるらしいのだが、全く不明であった。
蘇生は可能だとしても、死体が酷い有様なのに心がじくじくとしてきた。
俺はタッチパネルの如き画面を操作して触手の扱いに慣れてくる。
丁度その時、アル様の声がコックピットに響く。
「ふん。読めたぞ。世界が因果の収束を図ろうとすれば、ヒロの死亡でもって決着をつける辺りか。ならば・・・・・・『ダークネス・ボール』で一気に突き抜ける!」
「了解しました!」
えーと、アイコンアイコンっと。なんだろうかモニターに赤字で点滅する文字。これはとても危険な匂いがする。だが、横暴な上司には逆らえない。男とキスするなんて罰ゲームはごめんだ。なので、迷ったが押す事にした。だって、例え股間が反応してもアル様は男なんだよ!
押した途端急速に魔力ゲージが減っていく。駆け抜けていく敵陣は散兵と化したロボットが残るだけだ。広範囲シールド形態と言うべきだろうか。どでかくなった黒い玉状態である。それが突進してくるのだから堪らないだろう。時折立ちふさがるというよりは、茫然と棒立ちをしている機械を飲み込む。中に入ってきたらそいつを穴に入れてやるのが俺の仕事だ。
時折、タイミングを見計らったように左右から飛来する火弾と水弾。
一メートル弱はありそうなそれを食らう訳にはいかない。触手で軌道をずらしてやり躱す。
左右を見れば赤と青のロボットが挟み込むようにしてつけて走行している。だが、ホバリング出来ないせいかアル様の操る機体は距離を離して振り切る事が出来た。
めんどくさいが相手は出来る奴だ。距離を正確に測って着かず離れず射程を調節して攻撃してくる。
赤いのと青いのの相手は厄介だな。今はヒロさんを助けるのが先決のようだ。
アル様の操る機体が地面を削りながら門の前までホバリングして移動する。そこには一人で多数の敵を相手にする黒い甲冑を纏う巨人がいた。しかし、こちらからすると大分低い位置のようだ。ひょっとしてこの機体結構大きいのか? ヒロさんを取り囲む敵兵を触手で取り込んでは穴にダンクしつつ、玉モードから半玉モードに移行する。
「大丈夫か? ヒロ」
「その声はアル様・・・・・・申し訳御座いません。味方の被害が甚大につき撤退。ここは俺に任せて、一旦近場の街に退却してください」
「そうか。よくやった、その言葉そのままお前に返そう。ユウタよ、ヒロに転移門を出してやれ」
「待ってください。俺も戦い、いえ・・・・・・わかりました。アル様ご武運を! ユウタ君、アルーシュ様を頼んだぞ」
「はい」
画面脇から聞こえてくる声に返事を返していたが、この機体には通信機能まである?
そして、どうやって交信しているのか全くの謎だ。
ん? アルーシュって誰だ。アル様の事だろうか。名前を端折りすぎだろう。しかし、これで二人だけなのか。残って戦うって言っても周りは遠巻きに囲まれている訳で、正直言って一緒に帰るべきだったんじゃないでしょうかアル様。
前に会った時の甲冑が更にゴテゴテとした物になっている。顔は見えないがヒロさんだということは声でわかった。生身か甲冑か不思議な事に鎧の隙間からは血が出てない。単身でロボの相手をしていたのには驚きだが、奇妙だ。まさか・・・・・・リビングデットとかいうんじゃ? 目が赤い光を放っていたきがした。兎も角、ヒロさんの手前に【ゲート】を展開する。直後城壁方向から飛来する巨大手裏剣を触手で受け止めた。入る瞬間が、一番油断すると待っていた攻撃だな。
「くっ。ヒロさん早く!」
「済まない」
画面に向かって話かけるとヒロさんが返事をして光の門に姿を消す。再び機体を黒玉モードにしながら、俺は左右から襲ってくる攻撃を触手で受け止める。炎と水の玉だった。威力を触手が支えきれず、画面をスライドし対象をグルグル巻きにして吸収するので手一杯の威力だ。
俺が【ゲート】の門を閉じると、アル様は本陣の門を飛び越える。この機体、どうもかなりの大きさのようなのだ。門を越えた所で土壁を作り固定化する魔術をかけて通路を閉じてやった。こんな所でエリアスの教えてくれた建築魔術が効果を発揮する。あまりにも万能すぎる魔術で、教えて貰った事には感謝してもしきれないな。追加で門の内側にも壁を作っておく。二重の時間稼ぎだ。何しろ負け戦で、至る所に自軍の兵士が散乱している。
中に飛び込んだ俺の目に飛び込んできたのは、燃え盛る炎といたる所で忍者と思しき服装をした奴と斬り合っている騎士達の姿だった。さっきの手裏剣もこいつらが投げつけたに違いない。
ともあれ味方を援護しながらエリアスの所に向かうのであろう。アル様はブーストしたかのように速度を上げていく。敵味方に入り乱れた大乱戦となっている。巨大な玉と化したであろう俺の脳裏にダンジョンさんの声が響く。
「(マスター。ステータスを確認してください)」
「(ん。わかった)」
――――――名無しの迷宮 2層
LV5
経験値・・・600/700
迷宮スキル 魔力生成 モンスター製造 罠設置 宝箱生成 迷宮拡張 施設設置
捕獲モンスター 黒鬼 サムライ 機械兵
SP 46/50
mp 700/700
ん? 脳裏に映るステータス表示されたダンジョンのLVがあがっている。もしかして勝手に上がっていくのか? それともトラップホールに回収した敵を吸収しているのか全く不明だ。取りあえず魔力も満タンなのだし、迷宮拡張を選択しておくか。ポチッとな。
「(迷宮拡張ですね。了解いたしました。なお、魔力生成は持続しております。宜しいですか)」
「(うん。よろしくお願いするよ)」
「(御意に。それではマスター失礼いたします)」
水のような心地の良さを感じいつまでも聞いて居たくなる声だ。
そして、何故だかとても懐かしいような人の声がする。
いや、これはダンジョンであって人ではない、筈。
ダンジョンの階層を増やそうとすればSPポイントを消費して迷宮の拡張すると共に、MPも消費されるんだよね。結局このMPがどのようにして補充されているのか。
中を覗いてみたい気もけど・・・・・・先に今を乗り切らないとな。
味方の死体と敵の死体の回収に忙しいし。味方の死体を見ると心が割れそうに痛みだした。
と、思考するのも一瞬の事で、周りを見れば敵ばかりになりつつある。俺は騎士と斬り合う忍者を黒い触手で捕獲しまくる。傍に寄ってきてくるなり、気が付かずにいてくれれば捕獲出来るのだ。しかし、一糸乱れぬ統率力を見せる敵側忍者達の引きは早い。アル様が騎士達に声をかけると、騎士達は戦闘後の重いであろう身体を引き摺りながら着いてくる。
「今度はエリアスが危ないのか。全く世話のかかる連中だ」
「はっ?」
アル様の呟くような声に、俺は間抜けな声を漏らしてしまう。
心臓の鼓動が、早鐘のように打ち鳴らされている。
意味もなくやってくる大きな鼓動と、錐を差し込まれたかのような眩暈に苛まれた。
直後、拡声器を搭載している為か、アル様の声が大きく砦のような場所に響き渡った。
閲覧ありがとうございます。
真っ当な戦記物を目指していたのに、何時の間にかとんだ一騎当千物に・・・・・・どうしてこうなったOrz