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十二支英雄見聞録・第一章・陽組編第六節

ども、先の未来に不安しか感じていない仮面3です。


読者の皆様お久しぶりです! 体力的精神的にモチベーションがなんやかんやしなくて、今までお休みを頂いておりました。めちゃんこゆっくり執筆してますので、いつも以上に文章がおかしくなっているかもしれません。ですので、生暖かい目で見ていただけると嬉しいです。


では。

 将斗の人生で一番印象に残っている喧嘩は、中学二年生の時に起こった。

 喧嘩の相手は野球部。その学校の華になる部活には、必ずと言っていい確率で、周りの人間を束ねるガキ大将のような存在がいる。将斗に喧嘩をふっかけてきたのはそんな奴、所謂〝オウサマ〟だった。自分の気に食わない奴を暴力で押さえ付ける、ベタベタな苛めっ子、暴力の権力を振りかざすオウサマに、将斗は目を付けられた。

 中学二年生の頃の将斗は、感謝してもらいたくて頑張っていた。逆に頑張り過ぎて、周りから引かれていた時期だったのだが。オウサマには良い子ちゃんぶっている将斗が、気に食わなかったらしい。人間は、くだらない事で他人を虐げ、高笑いを上げる。

 人気の無い場所に呼び出された将斗は、人生最大の理不尽な暴力を振るわれた。野球で鍛えたチカラや体格にはかなわず、ただ痛め付けられた。とても痛かった、という記憶が鮮明に残っている。そういえば、オウサマはやり過ぎたため、教師にこってりと叱られたそうだ。

 だがこんな記憶を上回る理不尽な暴力が、最近将斗に与えられた。

 何が恐ろしかったかと聞かれたら、即答できる自身がある。笑顔だ。笑顔が恐ろしかった。人を見下す笑みではなく、痛め付ける事を心から楽しむ笑みに、恐怖した。



「おーい。いい加減起きろ〜」

 誰かに呼ばれている。聞き慣れない、低いだみ声でお前などと抽象的に名前を呼んで、起きろ起きろと喧しく騒ぎ立てている……気がする。

 今自分は狸寝入りをしている。とっくに覚醒しており、意識は徐々にはっきりとしてきていた。だが綴じている瞼を開けたくない。眼を開けたら、視界にまたあの男が映ると思ったら、怖くて堪らない。

 この起きたくない平日の朝ような状況を貫こう。また意識を断ち、凸凹とした冷たく堅い地面で眠ってしまいたい。

 このだみ声の主はいったい誰なのか、そんな事はどうでもいい。今は、嫌な記憶が息を潜めるまで、ふて寝をしていた。そう思っていたが、このだみ声の主も、なかなか手厳しかった。

「いつまで寝くさってんだ、このガキャア!」

 昔のホームドラマで居たかもしれない、頑固親父の様な野太い声を上げたかと思うと、将斗の顔面に冷たい液体がかけられた。恐らく水だろう。

「うわっぷ!」

 いきなりの事に驚き、飛び起きた。鼻に水が入り、鼻腔の奥が痛い。濡れた顔面を手で拭って、何事かと辺りを見渡す。これで分かったが、どうやらここは洞窟かなにかのようだ。薄暗く、空気がどこか湿っぽい。

 すると将斗の背後に何者かが居ることに気付き、振り向いた。

 そこに居たのは、山伏の格好をした色々と奇妙な男だった。体格やらは成人男性となんならかわり無いが、皮膚の色等が問題だ。皮膚が濃い緑色で、所々黒い。口も嘴に近く、オカッパ頭のてっぺんには、不恰好な皿があった。ただし、背には甲羅らしきものは無いようだ。

 少しの間、無言で男の事を見る。顔面に水をかけられた事などもうどうでもよく、問いたい事が数個出来ていた。なるべく丁寧の口調を心掛け、口を開いた。

「……えーと…大変失礼と思いますが…あー、貴方アレですよね。河童…ですよね?」

 目が覚めたら、目の前に河童が居た、そんな状況に眼を丸くし冷や汗をかいた。

「ん、あぁ、お前ら人間はそう呼んでるな、オイラの事。だがしかぁし、オイラの名は川之城五郎左衛門かわのじょうごろうざえもん。護衛組の川之城五郎左衛門だ。長ければ、ごろさん、と呼んでくれてかまわないぞ。確かお前は将斗って名前だったな。ならオイラは、まっつぁん、と呼ぼう」

 いかつい顔をしているがこの河童、見た目に反してフレンドリーだった。特に呼び方が。河童は意外にフレンドリーなのだろうか。人間はそう呼んでる、などと気になる事があるが、他に聞きたい事がある。何故自分はこんな所にいるか、何故名前を知っているか、等だ。

「あのぉ…」

「なんだ不服か、まっつぁん。結構いいと思うんだけどよ、まっつぁん。つーかお前、オイラ見て驚かないのな、まっつぁん。大抵の奴なら腰抜かすのに」

 もうまっつぁんの愛称が定着しつつあった。

「いやぁ…もう、厨ニ発言の犬耳娘とか、手の鎧とか出す女みたいな野郎とか見ちゃってるんで」

「今の人間、適応つーか、慣れはえーな」

「恐縮です」

 何故、河童にこうも敬語使ってしまうのかは、将斗自身にも分からない。恐らくだが、五郎左衛門が〝本物〟の怪物だからだろう。戌月達は比較的人間の形態をしていたが、五郎左衛門は伝承の河童にかなり近い。つまり怪物を怒らせたら自分がどうなるか分からないから、取り敢えず敬語つかっとこうと、無意識に考えたのかもしれない。

「まあアレだ。聞きたいこととか、言いたいこととか色々あるだろうが。取り敢えず移動しようや。会わせたい人がいんだよ。話は歩きながらだ」

 将斗は五郎左衛門の指示に従った。断る理由もないし、怪物にビビっている将斗は断る事もしないだろう。

 洞窟の奥に向かって歩く五郎左衛門の後を、将斗はゆっくりとついていく。今気付いたが、躰の節々が痛む。なんだろうと思っていたら、痛みという単語で連想していくと、美空に行き着いた。なるほど、あいつにやられた痛みか。よく見たら所々に痣が出来ていた。あの男を思い出すと、一緒にあの記憶も現れゾッとした。

「まずお前が気になっている事だが…なんでここにいるか、だろ? ここにはオイラが連れてきた。辰雷から連絡あって、みそっち…ああ美空な。みそっちにぼこられたお前を回収してくれ、と頼まれてな。ついでにまっつぁんに、ある方に会わせてやってくれと言われた。ある方とは直ぐ会えるから、今はとばすぞ。どうだ、これでだいたいの疑問は解消したろ」

 会話を一度区切る。聞きたい事があるならば、後は自分で提示しろ、という事なのか。

 確かに、五郎左衛門の言葉で殆どの疑問が消えた。美空とその契約者、辰雷が連絡して呼んだなら、五郎左衛門が将斗の名を知っているのは当然だ。だが本年言うと、まっつぁんは止めてほしい。

 しかし、人間はそう呼んでいる、とはどういう事なのだろう。五郎左衛門の容姿は九割方、伝承の河童と酷似している。将斗自身はまだ実際に見ていない狐狗貍や、十二支の様な存在がこの世に居るなら、妖怪や魑魅魍魎の類がいてもおかしくはないというのに。

 この際だ、相手は思いの外フレンドリーだし、聞いてしまおう。

「すいません。一つ、質問いいですか?」

「おう」

 なんでもどんとこい、と言わんばかりに、五郎左衛門は自身の胸に叩いた。

「さっき人間はそう呼んでいるって言ってたけど、五郎左衛門さんって」

「ごろさんな」

「……ごろさんってなんなんですか? 河童? 妖怪?」

 将斗のこの問いに、五郎左衛門は直ぐに返答を返そうとはしなかった。少し、あーやらうーやら唸りながら考えるように、目線を泳がせた。

「俺達がなんなのかは…それもあの方に聞くのが一番だろ。まあ俺から言えるのはあれだ、妖怪は狐狗貍や俺達を見た人間が生み出した、妄想の産物だよ」

「え?」

「本当なら、俺達や十二支、狐狗貍が起こした騒動は、もともと知っている人間以外の人間の記憶や情報を消さにゃあいかん。無駄な混乱を招かない為にな。丑夜って奴が己の能力でそれをやってんだが、たまにうやむやにして情報を残す時があるんだ。必要な恐怖だ、とか言ってな。河童も、俺の姿を見た人間が、中途半端な情報や記憶で作り出した妄想妄言だよ。それが妖怪の正体」

「なるほど…」

 分かったような、分からないような。というか結局、彼等を妖怪のカテゴリーで見てもいいと思うが…。そう思っても、下手な事は言えないと口をつぐむことしかできなかった。

 そうこうしていると、五郎左衛門が足を止め、つられるように将斗も立ち止まった。どうやら目的の場所についたようだ。

 そこは洞窟の一番奧で、開けた広い空間だった。湿った空気が充満する空間の中心には、横幅のある平たい岩が置かれており、その上に実際には始めてみる動物が寝転がっていた。

 年寄り臭い雰囲気を出している狐だった。実際に己の眼で見て、毛は金色ではなく薄い茶色なんだな、と思った。漫画等では大抵金色で描かれているため、将斗はそんな先入観を持っていた。

 案内された場所に居たのは、年寄り臭い狐だけ。ということは、五郎左衛門が会わせたいヒトとは…。

「もしかして…この?」

「そっ。その岩の上で寝てる御方が、お前に会わせたいヒト。霊慧丸たまえまる様だ」

 なんだか言いにくい、変な名前だ。

 五郎左衛門が早歩きで近寄り、霊慧丸という名前の狐に呼び掛けながら躰を揺すった。

 すると霊慧丸は、おもたげに瞼を開ける。二三度瞬きをすると、将斗をその眼で捕えた。何かを言いたげに鳴き声を上げるが、将斗には理解できない。霊慧丸自身も、何故青年が自分の言葉が分からないのか、理解出来ないようだ。

 そのやり取りを見ていた五郎左衛門がため息をつく。

「霊慧丸様、ボケないでくださいよ。狐の声帯じゃあ、人間の言葉は満足に喋れないから」

 あぁ、そうか。そう言いたげに、消え入りそうな声で鳴いた。

 重たい腰を上げるように、霊慧丸は立ち上がった。こうして見ても、大して大きくはない。狐は皆こんなものなのだろうか。

 小柄な躰と、フサフサの毛に覆われた尻尾を揺らしながら狐は右の前足を上げ、乗っている岩に強めに叩きつけた。すると忍者漫画等で見たことがある、大量の白い煙が現れ狐を包んだ。

 将斗は何事かと驚き後退る。

「あ゛ー、がほっごぶげほぉっ! なんだこれ煙増量中!? いらんわそんなはた迷惑なキャンペーン!」

 煙が徐々に薄まると同時に、むせながら文句を言う、ハスキーボイスの声が聞こえてきた。

 完全に煙が晴れると、そこには岩の上に立つ、戌月と似たり寄ったりの服を着た、小柄な女性が居た。彼女の髪はとても長く、薄い茶色の長髪がもう少しで岩につきそうな程だ。

 煙でむせて涙目になっていた女性が、未だ眼を潤ませながら胸を張って、親指で自分を指差した。

「えー、改めて。ワシは観測組の霊慧丸。さっきまで狐だったけど、今人間態だから。名前言いにくいから、気軽にたまちゃんと呼んでくれてもよいぞ。つーかそう呼べ。ワシ、霊慧丸って名前好きくないから」

 狐が化けた人間の姿の霊慧丸もまた、フレンドリーな性格だった。

 先程の年寄り臭い雰囲気はどこかに消え去り、とても若々しい印象を受ける。霊慧丸は軽い身のこなしで岩からおり、将斗に近寄り、見上げるように顔を見た。

 五郎左衛門と違い、完全な人間態となった化け狐に見つめられてもなんともないが、将斗の腹の中を探るように見つめる栗色の瞳には、少し警戒した。

 将斗の中の何かを探った霊慧丸は、可愛らしい八重歯をちらつかせながら、ニヤリと笑った。

「へぇ、受け継がれなかったと聞いていたから、とっくに消えたかと思ったが……しっかり居るじゃないか、しかも歪んでまがまがしくなってやがる。うざったい奴。ワシはお前が嫌いだから、絶対出てくるなよ。お前が出てきたら、周りも、まっつぁんも、戌月も不幸になる。不幸にしかならないからよ」

「…………?」

 この言葉は、誰に言っているのだろう。目線は将斗に向かっている、だが内容からして語り掛けている人物は違うのだろう。

「あぁ、すまんな。年寄りの独り言だから、気にしないでくれ」

「あ? あ…うん」

 よくわからないが、先程の事はもう触れない方が良いようだ。小さい化け狐が、眼でそう言っているようにも感じた。

 霊慧丸は将斗を上から下まで見ると、満足した様子でくるりと回転し、岩の上に戻り頬杖をしながら再び横になった。

 結局彼女が何をしたかったのかは謎だった。探る程の興味はないが、相手だけが何かを把握しているのは、自分だけがおいてけぼりにされているようで、なんだか気分が悪い。

「んで、ワシ、辰雷からまっつぁんに説教しろって言われてんだけど。何説教すればいいの?」

「……はぁ? 説教ってなんだよ、なんで説教されなきゃいけないんだよ。される必要ないし。つか、辰雷って誰?」

 将斗の喧嘩を売るような物言いに、霊慧丸はむっとするが、温和な雰囲気をくずさない。

「辰雷は辰の十二支…美空の相方だよ」

 美空の相方と聞いて、様々な意味で恐ろしい人物像が将斗の中で直ぐに出来上がった。素でヒャッハー、とか普通に言えてしまいそうで怖い。出来れば出会いたくはないものだ。

 しかし納得いかないのは、何故自分が説教されなくてはいけないのか、ということだ。自分は何も悪い事をしていないし、得体の知れないこの雌狐に説教される必要もない。

「まー、ワシも何を説教すればいいのかわからんし、納得いかんのは当たり前、か。ならちょっと話しよーか。そうすればお前さんの警戒も解けるだろうし、ワシが説教すべきする点も見えてくるじゃて」

 話と言っても、何を話したらいいのか。

 初対面の輩相手に、ポンポンとネタが浮かぶ程、将斗にはコミュニケーション能力も言葉のボキャブラリーも貧相で、頼りない物であった。

 ネタを探すように、将斗は眼を泳がせた。湿った岩肌、水が滴り落ちる音、どこか黴臭い空気、薄暗い洞窟内、そして河童と化け狐。情報としては頼りない。

 霊慧丸が化け狐という事実には、大して驚きはしなかった。ここまでくれば、余程の事に驚きはしないだろう。常識のメッキに裏にある真の世界には、こんな生物達がいてもおかしくはない、と将斗は受け入れ始めていた。

 これでもし記憶が受け継がれていれば、この世界を映す色が、百八十度変わっていたのかもしれない。

 霊慧丸と五郎左衛門を交互に見ている内に、質問が浮かんだ。

「そうだ。あれってなんだよ。アンタもごろさんも言ってたけど…あれ、護衛組とか観測組とか」

 問うた瞬間、お前何言ってんの、みたいな視線が二人から浴びせられ、将斗は少したじろいだ。

「え……まっつぁん知らんの? マジで?」

「うん」

「まっつぁん、前のまっつぁんの手記持ってるんでしょ? それに書いて」

「ない。あれに書いてあるの、八割方あの犬娘の事しか書いてないから。後は著者が気になった事ぐらいか…」

 あぁ、なるほど。そう呟いた霊慧丸は頬杖を止めて頭を抱えた。

 忘れていた、というより侮っていた。過去の将斗は戌月しか見ていない、純愛者だった。その愛は海より深く、空より広く、宇宙の如く広がり続ける。周りの者は彼を見て、その異常愛を気持ち悪がり離れて行き、自身さえ毒(愛)に犯され死至らしめた。

 そんな堕ちる彼を知らない事が、戌月にとっての不幸であり幸せであったろう。

 愛に狂わされた彼が書く手記の内容等、その気にならなくても大体予想ができる。

「こんな初歩の知識を説明とかめんどっちいけど……分かった。ならば護衛組と観測組、アンドついでに、どうせ知らんだろうし十二支達を二分している陽組と陰組も説明してやろうじゃないか」

 乗り気ではないのは、表情から汲み取れる。ため息を混ぜながら、言葉を吐き出した。

「まずワシ所属の観測組、まっ所属と言っても、もうワシしか居ないがな……。観測組は名の通り、事象を観測し十二支や契約者に報告する事を勤めとする団体。そして五郎左衛門が所属する護衛組。これも生き残っているのは五郎左衛門だけ。観測組は狐狗貍の情報収集や伝達を主としているから弱い、戦闘力は皆無といってもいい。護衛組は、そんな観測組を守護する為作られた団体だ。そうだなぁ……ワシ等の力の差を分かりやすくするなら、普通の人間の強さを1ヤ●チャとしよう」

「おいなんでヤ●チャ? 逆に強さ分かりづらいから」

「うだうだ言うな。因みにこの五郎左衛門は大体100ヤ●チャくらいの強さです」

「マジでか。ごろさん強っ!」

 人間百人分とは、やはり妖怪もどき、比喩はよく分からないが恐らく強いのだろう。将斗が改めて五郎左衛門を見た時、彼はドヤ顔をしていた。

「そしてワシは0.3ヤ●チャぐらいです」

「弱っ。差がありすぎじゃね?」

「観測組は大体こんなもんだから。護衛組が居てくれなきゃ、諜報活動する、使い捨ての駒みたいなもんよ。情報漏れするよりだったら切り捨てる、てね」

 駒。

 自虐的な悲しい単語を、彼女は平然と言ってのけた。弱さ故に切り捨てられ、死んでいった仲間達(観測組)をずっと見てきたせいだろうか。生き残っている最後の一匹、そう改めて認識した時岩に落とされた彼女の影が、急に真っ黒で吸い込まれそうな闇にも見えた。

 将斗なりに気遣おうとした結果、言葉が詰まり、表情を暗くしてしまった。

 しかし霊慧丸はへらへらとした顔で笑っている。

「いやぁ、最近のガキってやたらガタイ良かったり、やたら体系がダイナミックだったり凄いね。たまに狐の姿で外に出て散歩してたら、小学生のガキんちょに追い掛けられたり、捕まえられそうになったり、BB弾撃たれたりされたのが、最近の一番のトラウマです」

「オイラはそんな怯える彼女を物陰で、ニヤニヤしながら見守るのが最近の趣味です」

「ごろさん、アンタ何いってんの!?」

「いやいっつも思ってんだけど…お前、ワシ守るの仕事なんだから、職務怠慢すんなやクソ河童」

 驚かせるなり、実力行使なりして追い払ってくれ、と。霊慧丸が目の端をピクピクと、少し吊り上げる。

「子供(女限定)に手を出したり、驚かせる程、オイラは落ちぶれてませんよ」

「黙れやペド野郎」

「せめてロリ野郎って言って」

 ああいえばこういう五郎左衛門に、霊慧丸は分かりやすく青筋を立て舌打ちをしたが、された本人は涼しい顔でスルーしていた。

 無駄な口喧嘩は止めようと、意識を五郎左衛門から外し、再び将斗に集中する。

「んで十二支。あいつら…ああ、ぶっちゃけ立場は十二支の方が上なんだけど、ワシ十二支が全員揃う前に既に居たから、同等の立場です」

「へー…」

 将斗が気の抜けた、やる気の無い返事を返した。

「うわー、興味無しかー……十二支は、分かると思うが十二体いる。子、寅、辰、午、申、戌の六体が東日本と北日本を守護していて、残りの六体が西日本と南日本を守護している。東日本と北日本を守護してんのが陽組。陽組はお前と戌月も所属してんの。残りの方が陰組だから」

「ん? 守ってる範囲広くね? それで大丈夫なのか?」

「大丈夫なのだ。狐狗貍が固まった場所に、一気に現れる事は滅多に無いから、観測組や護衛組と連携すれば基本的に大丈夫なんだよ。でもいまじゃあ観測組も護衛組も殆ど機能していないから、美空の〝眼〟に働いてもらってるんだが」

 眼とは千里眼の事だろうか。あの性格の男が、そんな働き者とはとても思えないが。しかし、あんな拷問虐待が好きそうな男だ、敵を虐げ嘲笑う為なら、なんでもしそうな気がする。

 奴を考えると頭の片隅に美空の、張りついた笑みがちらつき気分が悪くなった。

「ふーん…」

「なんだなんだ、その反応は。まだ分かんないことあんのか? このワシのめちゃんこ分かりやしぃ説明を聞いておきながら」

 そこまで分かりやすいとは思えないが、そう思っても口には出さなかった。

「いや、手記に書いてなかった事は大体分かったんだけどさ…結局、お前等ってなんなの?」

 将斗の質問に、霊慧丸たまけではなく五郎左衛門も首をかしげた。質問の意味がよくわからない。質問した本人もどの言葉を使えばいいのか分からない様子で、困っているようだ。

「えっと…お前等や十二支、狐狗貍とかどうやって生まれたんだ。生物なのか? それとも違うの?」

 将斗は十二支等の出生理由を知りたかった。十二支や霊慧丸達、狐狗貍の誕生が自然現象というのは、あまりにも無理がある。この世の事象すべてに理由がある、というつもりは無いが、こいつら、存在を隠さなければいけないような奴らが、理由無しで自然発生するとは考えにくい。

 妖怪の様な、常識から逸した存在。特に狐狗貍誕生は、将斗の前世からの疑問であった筈だ。十二支が揃う前から生きている霊慧丸、これが本当ならば相当な量の知識を内包しているであろう。将斗はそれに期待していた。

 当の霊慧丸は五郎左衛門と顔を見合せた後、再び首をかしげた。

「さあ?」

 彼女だけではなく、五郎左衛門も同時に声を出した。

「知らんよ、そんな事」

「えぇっ!?」

「ワシらはいつの間にか生まれて、いつの間にか今の仕事してんだよ。十二支達も気づいたら今の数になってたし。仲間だっていつの間にか居たしね。今の今まで、自分がどうやって生まれたかなんて、考えたことなかったなぁ」

「じゃあ狐狗貍は?」 

「うーん…ワシらが生まれるより前に悪食魔王が現れて、そいつが大暴れした。更に悪食魔王が狐狗貍を生み出し殺戮を繰り返し、封印された。封印が弱まり、狐狗貍が復活するのは目に見えてたから、人間は力が在る者、十二支と契約者に頼った……そんくらい。だから狐狗貍は、人間を馬鹿喰いする怪物くらいにしか認識してなかったな」

 なんだそれは。十二支も狐狗貍も誕生の部分が有耶無耶ではないか。謎が余計に深まった気がした。

 その後霊慧丸は、最初に生まれた筈の子の十二支なら知っているのではないか、とも言った。

 また子の十二支。手記にも書かれていた子。彼に会えば、謎は解けるのだろうか。しかし、数千年頑なに明かさなかった秘密だ。のらりくらりと受け流される可能性がある。

 こんな風に彼らの存在をこうやって疑問視するのは、記憶が引き継がれていないが為なのか。

「あんま気にすんなよ。一応今狐狗貍との最終決戦だし、謎はおいおい分かってくるだろう。読み物なんかでは有りがちな展開じゃないか」

「現実と創作物を混同すんなよ」

「二次元みたいな幼女が居たっていいじゃない」

「ごろさん、話の流れを無視して話をぶっこむの止めてくれません? あとアンタ、やっぱりペドなのか」

「ペドじゃない。ロ●コンだ」

「どっちにしろ性犯罪者だよソレ」

 頭の隅に靄がかかっているような感覚がしていたが、二人とほんの少し会話しただけで忘れられた。

 この二人と話していると、簡単な漫才に巻き込まれている感じがした。気を遣ってか、それともこれが自然体なのかは分からないが、二人は長年生きているだけあって、人の警戒心を解くのが得意なのかもしれない。出会った頃はおっかなびっくりに接していた五郎左衛門にも、普通の人間と同じ様に話せていた。

「いやー、しっかし話したっちゃあ話したけどさ……お前の説教すべき点がよく分からん。辰雷の短所は説明不足、だな。まっつぁんの短所は無知だけど。もっと詳しく話せばいいんだろうが…つっても結構いい時間なんだよな」

 いきなり短所を指摘されイラッときたが、そう言えば目覚めてから、まだ時間を確認していなかった。ポケットに入れておいた携帯電話を取り出して、表示されている時間を見た。時間は、日が暮れる時間帯を指している。将斗が美空にぼこぼこにされたのは昼前。思ったより時間が経過していた。

 時間的にとっくに父親が帰ってきている筈だ。何も連絡していないから、心配しているかもしれない。

「やっべ…そろそろ帰んないと!」

「えっ、何、まっつぁん家って門限とかあんの?」

「特にないけど、父さんに何も言って無かったから…」

 急いで帰ろうとしている将斗を、話相手が見つかったような老人の眼で見つめる霊慧丸。正直、説教などはどうでもよく、若い人間と話すのが純粋に楽しかった。今簡単に帰られると寂しい。  少し考えた後、何かを思い付いた霊慧丸は岩から飛び降りて、将斗の正面に立った。そして精一杯背伸びして将斗の肩に手を置いて、爽やかな笑みを浮かべた。

「なぁまっつぁん、狐、飼ってみたいと思わないか?」

「はぁ? なんだよ急に」

「いやな、狐はいいぞぉ。毛とか人次第だけど、触りごこち良いと思うから、狐はいいぞぉ。虫とか動物とか食う時かなりグロいけど、狐はいいぞぉ。二次元じゃあ猫耳の次に狐耳の需要あるから、狐はいいぞぉ。ワシ人間態の時耳ないけど。あとなんやかんやで、狐はいいぞぉ。だから狐飼おうぜ、な?」

 だんだん、霊慧丸の言いたい事が分かってきた気がする。

「もしかしてアンタ、家に来たいのか?」

「うん。正直言う、飼って。寂しいから。洞窟生活もう嫌。毎日話相手河童だけのも飽きた。だからペットでもいいから連れてって、お願い!」

「………父さんがなんて言うか分からないけど、別にいいよ。狐とか、一度飼ってみたいって思ったことはあるし」

 案外簡単に良いと言ってくれ、霊慧丸は大きくガッツポーズをした。霊慧丸は嫌いな性格ではないし、人間態の見た目も普通の人間と変わらないのでオーケーとした。それに言ったように、狐には少し興味があった。

 しかし困るのは五郎左衛門である。

「なら河童も飼ってください」

「それは無理」

「じゃあオイラはどうすればいいんだよ! 霊慧丸様を守るのが仕事なんだぞ! ストーカーの様に張りついてなきゃいけないんだ。霊慧丸様がまっつぁん家に行くのはいいだろうけど、オイラは無理なんだろ!? そして十二支と違って姿消せないし、一般人から見ればオイラ、緑色の変質者かプロのコスプレイヤーにしか見えないだろ!」

 自覚はあったのか。

 この河童をどうしようかと、将斗は霊慧丸を見たが、彼女は冷たい眼をしていた。

「お前、ここで待機、これ命令、オーケー?」

「やっ、でも」

「別にワシ大丈夫だし。その気になれば、まっつぁんとかに守ってもらうし…あてにできないけど。人間の街にお前が居たら、目立って逆に危険だから」

 今、何げに聞き捨てならない事を言われた気がした将斗であった。

 結局五郎左衛門は、霊慧丸の命令に逆らえずに、じめじめとした洞窟に待機となった。



 洞窟から出ると、そこは将斗がまったく見知らぬ場所だった。霊慧丸曰く、山からは移動してはいないらしく、最深部の辺りらしい。霊慧丸の案内で進んでいくと、見知った場所まで出れた。

 歩いている内に、携帯電話の電波がある所にまで来た事に気付く。最近は山でも電波がくる所もあるのだ。一応宗光に連絡を入れる。案の定、宗光は将斗の帰りが遅い事を心配していた。適当に、童心に返って山で遊んでいた、と言ったら、案外簡単に信じてくれた。自分の事を信用してくれているのは嬉しいが、少々心苦しい。

 電話の最中、霊慧丸をどう理由付けて連れて帰ればいいのだろう、と思った。流石に宗光でも、狐拾いました、飼いたい、これで二つ返事で良いと言ってくれるだろうか。些か無理があるか。電話を少し中断し、どうしようかと霊慧丸に問うた。

「じゃあ狐じゃなくて、山でホームレス拾ったって事で」

 平気でそんな事を言う霊慧丸に、一瞬言葉が詰まった。

 そんな事は言えないので、昔の知り合いを連れていっていいか、と聞くと宗光は大丈夫と言ってくれた。

 その後は雑談しながら帰路を急いだ。人通りが多い道に出ると、コスプレのような霊慧丸の格好が目立って大変だった。彼女も沢山の人間がいる所はあまり得意ではないのか、少し怯えていた。

 家に着き、宗光は息子を見るなり怪我について聞いてきた。美空にやられた怪我だ。山で遊んで出来た怪我だと誤魔化したが、宗光は怪訝な表情をしていた。

 将斗の隣に立っていた霊慧丸に気付き、宗光は暖かな笑顔で迎え入れた。その時、将斗は霊慧丸の眼が、んとなくハート型に成っていたような気がした。それが気のせいなのかどうかは、その時に確認はできなかったが、あれはそう。ベタな恋する乙女 (笑) の顔だったのではないかと思う。

 それから約二時間後、霊慧丸は得意な話術を使い宗光を説得し、なんやかんやで将斗の家に住むことが決定した。

「なあなあ、なんかアンタ、父さん見る目おかしくない?」

「やばい……宗光さん、初恋の人に瓜二つなんだけど…!」

「ってことは……父さんって狐顔!?」

「いや、初恋の人人間だから」



 その日、将斗は夢を見た。

 昔めいた格好をした青年の夢だ。青年は黒い毛の雑種犬と、茶色の柴犬の二匹と暮らしていた。誰が見ても分かる程の、犬好きの様だ。

 ある日青年が犬と一緒に、散歩に出かけると、所々薄汚れた白い毛の子犬と出会った。

 将斗の夢は、そこでブツッと途切れ目を覚ました。たが夢から覚めた時に、何か声が聞こえた様な気がしたが、朝食を食べる頃にはすっかり忘れてしまった。


―――いい加減退け。彼女の隣に居て良いのは、私だけだから―――

次回、やっと将斗と戌月が再会予定。ヒャッハー男と男の娘っぽい奴も登場予定。予定を実現したい仮面3でした。では次回お逢いしましょう!

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