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十二支英雄見聞録・第一章・陽組編第五節

「なぁ? おい、お前知ってっか? 俺らと契約してる獣共。〝今は〟あいつら十二体いてよ、半分が雄、半分が雌に分かれてんだぜ。六人ずっこに、きれーいに性別分かれてんの」

 男は、自分の発する言語に酔うかのように眼を細目、独白の如く語りはじめた。しかしその口調は、何者かに言い聞かせるようだった。

 その相手は、話をゆっくり聞ける状態ではなかったが。

「そんでよぉ、昔昔、そいつら十二体……いや十一体か。それぞれ力のある、気に入った異性と契約したらしいんだわ」

 美空は声の抑揚を大げさに変えながら、聞き手の回りを軽い足取りで回る。二三度繰り返した後、地面に躰をくの字に曲げて横たわる聞き手の、頭のすぐそばで屈んで顔を覗き込んだ。

 美空は、相変わらず不快感を感じるような、憎たらしい顔でニヤニヤしていた。

「愛情か。友情か。はたまて別の何かの感情か。なんにせよ、あー……なんだったか。ああ、そうだ。バカ辰っぽく言えば、ボーイミーツガール。中には少女漫画みてーに吐き気がするみてぇな大恋愛の末契約したとか、あつっくるしくうざってぇ少年漫画みてーな友情で契約した奴がいたそーだぜ。これをある〝クソ狐〟は、愛と言った。獣共と契約者の間には、みーんな愛が中心にあるってな」

 何がおかしいのか、クックックッ、と含み笑いをした。更に、わざとらしく吐くふりをして、舌を出した。

「愛ってなにそれ? オエッ、吐き気しちゃう!」

 舌をピクピクと揺らしながら、言葉を吐き捨てる。顔から笑みは消え、眉間に深い皺をいくつも作って渋い顔をしている。

「愛ってマジありえねー。いいか? 生物に刻まれた深い深い本能の原初にあんのは、繁殖本能であり己が種の繁栄。そんあと闘争本能とか原始的かつ重要な感情ソースが生まれた。もともと恋愛感情なんてねーんだよ」

 聞き手の事を考えない、脈絡がまるでない言葉。

 美空はまた笑みを作る。口元を吊り上げ、まがまがしい三日月を作り上げて見せた。

「恋愛感情なんてのは本来亜種感情。種の繁栄のため、顔とかスタイルが良い奴見ると、鼻の下のばしてやりーてーって思ったろ? 中学生とか妄想おさかんだかんなぁ。あと多才の奴に性的興奮を覚えたり、逆に身体的コンプレックスや頭にハンディキャップを持つ奴に変態的趣向を抱く野郎もいるが……。話戻すか。人間ってのは、だんだん知恵つけてきたらロマンチストが増えやがってなぁ。生殖本能に、お綺麗な言葉でメッキして、愛という妄言にすり替えやがった! やりてぇ! ガキつくりてぇ! そんな本能からくる心臓や感情の、ドキドキバクバク。それをいつしか人間の大半は、恋愛感情と勘違いしてよ……俺ぁ、嫌いなんだよ。愛とか…そんなん濡れた和紙と同じ。脆くて直ぐボロボロになる。まっ、さっきから言ってんの、俺様のそーぞーだけどな。……………なあなあなあなあ、オイオイオイオイ! 俺の話きーてるー?」

 語尾を無駄に延ばしながら、美空は首を傾げる。

 聞き手は、将斗は、ただただ呻き声を上げるだけだった。今までの、美空の小難しい語りは一応聞こえていたが、脳が処理してくれず、耳から耳へ通り抜けるだけ。将斗は、ゆっくり話を聞ける状態ではなかった。

「返事なし、か。いやはや、弱過ぎて泣けてくんぜ。今のクソガキは喧嘩とかしてねぇのかよ」

 美空は、自分がボロボロにした将斗を見下すように、唾と一緒に言葉を吐き捨てた。

 鳩尾へ繰り出し喧嘩キックから、彼の私刑リンチは始まっていた。神器覚醒など頭にないように、美空は高らかに笑いながら、将斗を痛め付けた。倒れた将斗のあばらを踏みつけ、頭をサッカーボールの如く何度も蹴り付けた。頭蓋に響いた振動に脳が頭の中でのたうち回り、立つことが困難になっていた将斗の胸ぐら掴み立たせ、上半身をまんべんなく殴り続けた。反撃をさせる隙を与えず、将斗は悲鳴を上げることしかできない。そんな状況を愉しむかのように、美空は笑い声を強めていた。

 骨が軋む、という感覚を初めて感じた。骨は折った事はある。徐々に強くなる痛みは、就寝時にはもっと強くなる。それに近い痛みが、ギシギシと骨の髄に響いた。

 一通り愉しんだ美空は、最後に強く将斗の右頬を拳で殴りつけ、再び地面に倒し現在に至る。

 躰こそはズタボロで、至るところに擦り傷があるが骨等は折れていない。だがギシギシと全身が悲鳴を上げている。まるで殺さず壊さずの力加減。この将斗の状態は、美空の拷問スペックの高さを表していると言っても、過言ではないのだ。

「ヒャッハア! やっぱ弱過ぎんだろ! 鳩尾の一発くらっただけで、いや鳩尾への対応が悪過ぎるぜぇオイ。ガードが脆弱、こんなんじゃあ、俺様はふっかんっっっぜんっ! 燃焼だぁぁ! 愉しめねぇよ、ぜんぜっん足んねぇ!」

 愉しめない、そう言ったが、今の美空の表情は誰が見ても、〝愉しそう〟だった。再びポケットに手を突っ込み、ゆらりと立ち上がる。

 苦痛に顔を歪ませる将斗を、いやらしい笑みで見つめた。

「えっ? なにその表情ぉヒヒッ。ヤッベ超ウケる。悔しそうだねぇ、痛そうだねぇヒヒッヒャア! ………うーんだけど、こいつが回復するまで暇だなぁ。よぉーし、だったらあの真面目野郎の真似して、授業いってみっかー?」

 将斗は答えない。口を動かし、返答できるほどの余裕は、まだ無い。

 まあそんな事を、奴は気にしない。自分の暇を潰せたら、それでいいのだ。

「お前の神器は〝大野太刀・牙〟。まっ、見た目が変わってなければだがな。名前んとおり、通常より刀身の幅が広い野太刀だ。素人が扱えるもんじゃねぇ」

 野太刀は、刀身が通常の日本刀より長い物だ。形状は打刀に近いらしい。

 だいたい日本刀の長さは約90センチである。昔の日本人の平均身長は、約150センチ代が一般的であった。これで日本刀は、長めに作られているのが分かる。だが稀に、身長が180センチの者も居たので、その者に合わせて造り出されたのが野太刀(大太刀)である。

「そんで、お前の神威は〝五感限界突破〟。まっ、これの説明はいらねぇよな。お前のワンコロ観察日記に書いてあるだろうし。因みにお前の五感限界突破は、俺様の千里眼と同じ〝脳酷使型〟だ」

 脳酷使型を簡単に説明するなら、美空の千里眼は良い例だ。通常、人間の脳は凄まじい力を持ちながら、その能力をあまり使えていない。これは、人間の躰や精神が耐えれないので、自らリミッターをかけている為だ。人間の脳が本気を出せば、スーパーコンピュータを簡単に超える。

 脳酷使型は脳に掛けられているリミッターを、ギリギリ耐えられるレベルで無理矢理外す。千里眼はリミッターを外し脳の情報処理速度を高める、五感限界突破もリミッターを外し五感のすべてを異常なまで感覚を上昇させ、超反応を可能にする。

 ただ、乱用すると大量の鼻血が出て、頭痛、吐き気、目眩がする弱点がある。

 他にも身体酷使型が存在し、これは肉体を酷使し己の命を削り発動できる。

「つまりは、リスクなくしてチカラは使えないってわけ。おわかり? 脳酷使型は辛いぜぇ、初めて使うときはヤベーらしいからなぁ。んま、俺様は特別だから、関係ねーけど」

 そう、この男は〝特別〟だった。ただその特別の言い方は、とても皮肉的だったが。

「あと、ややこーしが神器にも二つの種類があってよ。ふつーに武器としての機能を果たす殺戮特化型と、特殊な力を持つ元素解放型があるんだが……こんな感じだよ」

 言葉を切ると同時に、土で汚れた将斗の顔に触れた。そして少し手に力を込める。

「………ッ!」

 直後、触れられた部分、冬場によくある軽い静電気が流れた感覚を感じた。静電気のせいで、ピリピリと頬の辺りが痛む。

「俺は元素解放型でなぁ。神器が電気を銃弾みてーに撃ちだせんだよ。そのせいか、俺自身も電気を出せるようになってな。静電気レベルから、大火事を起こせるくらい電力が出せんだよ。神器を使えば、雷級のエネルギーを放出できる。いやぁ…便利だぜぇおい。これ使えばな簡単な拷問が、道具無しでもできんだよ。ほぉらこの通り」

 また、美空の口元が三日月に歪んだ。痛みがほんの少し引いた将斗に、原始的暴力とは違う、人口的な自然現象が暴力を振るう事になった。

 バチッ、バチッ。

 派手な音が美空の掌で踊り、光りがスパークした。顔の近くで騒がしく光る電撃に、将斗は恐怖を感じて眼を細める。恐怖を植え付けられつつある青年の、怯える姿に美空の三日月はより大きくなった。人間の口元は、ここまで吊り上がるのか。更に美空は太陽光を背にしているので、顔に暗い影がさしていて、とても恐ろしく見えた。

 美空が、クククッ、と笑い声を漏らした。

「ひっ……!」

「わりぃいひひははは。今から、チョー痛くするわ。でも恨むなよ? お前の神器覚醒の為なんだからよォオオ!」

 今までより強く、バチッ! と電撃が炸裂した。紫に近い蒼い電流が、白く発行して目が眩む。

 電撃が放たれる瞬間、将斗は、あぁ死ぬかも、と考えていた。意外にも、死ぬかもしれない瞬間は心が落ち着く……というわけにもいかない。落ち着いた心は直ぐにまた掻き乱され、死にたくない、そう強く願った。

 心臓が破裂しそうな程、爆動した。アドレナリンが躰中に駆け巡り、痛みを忘れた。しかし躰自体にガタが来てしまったのか、動けない。

 走馬灯は感じなかった。大切な人の顔も思い浮かばなかった。ただただ、自分の事しか考えられない。生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい、呪いの様に、この単語が将斗を埋め尽くした。

 そして、奇跡? は起こった。惨めで弱くて自分の事で精一杯の青年の元に、救いの天使がタイミングを見計らって舞い降りた。

「泣き崩れろ、小夜衣さよぎぬ

 短い詠唱。言霊の命令により術が発動し、美空を球体状の水牢が捕えた。

「!!」

 呼吸ができない、それ以前に、小学生でも分かると思うが、水は電気をよく通す。美空の掌に蓄積された電撃が、将斗ではなく水牢の中で暴れまわり、美空の肉を焼いた。水牢が電撃のせいで、激しい光が放たれる。とても強い光りが将斗の眼から侵入し回路を焼く、脳を直接殴られた感覚に陥り、意識が途切れた。

 光りが止むと同時に、水牢が崩れ地面を濡らした。己の電撃に焼かれた美空は、服が所々焦げているが、酷い火傷はしていない。電気を使うだけあって、耐性があるようだ。

 濡れた髪を鬱陶しそうに掻き上げ、ゆっくりと後方へ振り返った。とても冷めた眼が、薙刀型の固有武器・小夜衣を肩に掛けた辰雷を見つめた。小夜衣の刃からは涙の様に、水がぽたぽたと滴れていた。

 ニ三度、水滴が地面に染み込むと美空が口を開く。

「なぁ〜に邪魔してんだよ。ずっと邪魔して来なかったから、無視してやってたのに」

 美空は、木陰で隠れて様子を伺っていた辰雷の存在に気付いていた。しかし、自分の遊びを邪魔してこなかったので、無視していたのに、邪魔しやがった。遊びを邪魔されて怒らない子供はそういない。彼は、静かに怒っていた。

「黙ってられないっしょ。君、その子殺しかけたんだよ」

「殺す? この俺様が? そんなヘマするほど、素人じゃねーんだよ」

「君はテンション上がるとブレーキきかんからね。さっきのテンションだったら、確実に殺してた」

「殺さねぇよ。あの世が見えるくらいに、痛め付けるだけだ」

 徐々に、美空の額に青筋が浮かび上がる。

「それじゃあ、精神が死んじゃうよ」

「殺さねぇ」

「……殺してたよ」

「殺さねぇつってんだろ!!」

 はち切れんばかりの青筋を浮かべながら、怒号を吐き出した。よほどご立腹らしい。今まで笑ってばかりだった美空の顔が、初めて怒りに歪んだ。

 辰雷に者申そうと、歩きだしたが直ぐに足を止め、また将斗の方へ躰を向け忌々しげに一発蹴りを入れた。将斗は特に悪い事はしていない。ただの憂さ晴らしである。

 再度辰雷に向き直り、荒々しい足取りで接近し、鼻先がぶつかりそうな程近い距離で止まった。眼を目一杯見開いて睨み付け、辰雷の頭を右手で掴んだ。当の本人はおくさず、表情を変えない。

「おいおいおいダーメーじゃ〜ん、辰雷ちゃんよぉ。相方は信じなきゃ。後々の関係に亀裂はいっちゃうよ? だから邪魔しちゃダメ、ダーメ。………分かってんのか、あ゛ぁ!?」

「こんなんで亀裂入るなら、君とは一緒にいないよ。もし亀裂ができても、いつもみたいに二人で馬鹿やったら、直ぐに元に戻るだろうし」

 と、即答と言えるタイミングで辰雷が優しく微笑んだ。

 その顔が、自分を理解しているかの様な面が、気にくわない。

「…………ハッ、ハッハハハハハハァ。んだよその面、んだよその面ァ! なんだよその分かってます面、うぜぇ…クソうぜぇ! テメェに今の俺の、何がわかんだよクソッタレ! 今と昔はちげぇんだよ…!」

 至近距離でわめき散らすから、顔に唾がかかる。しかし辰雷は気にする様子はない。

「多分、君が望んでる程理解できていないよ。もしかしたら、一割一分一厘も理解できていないかもね。だから理解したいな、今の君」

「理解したいなら邪魔すんな。理解したいなら黙って観察でもしてろ」

「そうはいかない。私は君の保護者だから。デカ過ぎる過ちは見過ごせないね」

「オイオイィ……いつからテメェは保護者になったんだ」

 クソ忌々しい、そう言いたげに、辰雷の頭に乗せていた手に力を込めた。それでも彼女は動じない。

「お金の工面をしてあげてるの、私っしょ。君は無職だからねぇ〜。………そんで、助けてあげた」

「……!」

「私は力がでない状態で、死力を尽くしてあそこから君を助け、君を保護した。現世でまた、再会したかったからね」

 ニコリ、と笑みを崩さない辰雷を睨み付けていた美空は、徐々にバツの悪そうな顔をしだした。辰雷が示している過去の事を、思い出しているいるのだろうか。美空は、ギリッと強く奥歯を噛み締めた。

 冷静になったのか、額の青筋もすっかり引っ込んでいた。手を離して、少し沈黙した。

「頭、冷えた?」

「………金と、あの時の事は感謝している。だが、それだけだ。今も、これからも、これ以上ゼッテェー感謝はしねぇ」

「へぇ。感謝してくれてたんだ。嬉しいねぇい」

 未だ美空は不機嫌そうだが、辰雷のおかげで、スイッチが入る前に戻っていた。

「じゃ、帰ろっか? 私眠くなってきたし」

「おいおい、いいのかよ。あいつ、まだ神器が覚醒してねぇぜ」

 あいつこと将斗の事を、親指を立てて指差した。

「ん〜、実際神器とか、本人の問題だかんね。物理的すぎる外部刺激で、覚醒するのは難しいんじゃないかな。ちゅーか、君がここまで痛め付けても覚醒してないなら、絶望的だに。仕方ないよ、私からにーさまに話つけとくよ」

「けっ、無駄骨かよ。あ゛ー、早く秋田帰りてぇー。もうホテル嫌だわー」

 自分がしていた私刑が、本来の目的を果たせないと知り、深い深いため息をついた。この男、本気で痛め付ければ覚醒すると思っていたらしい。

 因みにこの二人の会話から分かる通り、本来美空達は秋田県に住んでいる。今は十二支の長であり、長男でもある子の者が収集をかけた為、この街に来ているのだ。その為数日前から、二人は近くのホテルで寝泊まりしている。宿泊代は辰雷が持つ謎の資金力のお陰で、余裕で支払えている。 帰る事が決定したので、辰雷は濡れる薙刀を、露払いの様に一振りし、光の粒子にして飛散させた。

 帰路への一歩を踏み出そうとした時、美空は保護者と語る相方が、ニヤニヤと笑っているのに気付いた。

「んだよ。キモチわりぃな」

「いんや、ちょっとねぇ。さっきいっちょまえに、ガン飛ばしてきた時に気付いたんだけどさ…ぷくく」

 焦らす辰雷の顔が、なんというか、凄いムカつく。

 冷め始めていた苛々が、また沸々と湧きだしてくる。今の美空は、簡単な事で怒りが顔を出す程、沸点が低くなっていた。

 ウザいから早く言え、と口元をひくつかせながら促した。

「君……鼻毛出てたよ」

「………」

 ビキッ、という効果音が聞こえた気がした。美空の顔に暗い影がさす。

「君めっちゃ怖い顔してたけど……くくっ。全然かっこついてなかったにょぷぷ。笑い堪えるの辛かったわー」

 小馬鹿、というよりはおもいっきり馬鹿にした顔で、声を立てて笑いだした。よほどツボにはまったのか、爆笑である。

 しかし、笑いの種にされている本人はまったく面白くない。寧ろ不愉快だった。笑い声が耳の奥に響くたび、美空の額また青筋が浮き出る。

 辰雷が笑い過ぎて、大きくむせた時、美空は迷いなく行動を起こした。左足に重心を置き軸足とし、勢い良く躰を回転させた。遠心力を味方につけ、右足の踵を辰雷の額に叩きつけた。

「蛇翼崩●刃!!」

 インパクトの瞬間、某格闘ゲームの技名を叫ぶ。

 辰雷の額からゴスッ、と鈍い音がした。

「へぶっ!!」

 回し蹴りのような攻撃が直撃し、辰雷が少し吹っ飛び地面に倒れこんだ。おおぅっ…と呻き声を上げ、痛む額を押えながら、地面に寝転がってピクピクと震える姿を見て、美空はせせら笑った。

「ちょぉ…おまぁ……現実で蛇翼崩●刃は痛いって、二つの意味でぇ…」

「ヒャッハー」

 某格闘ゲームのゆで卵大好き下道蛇の笑い方を真似して、声を上げた。

 ふらふらと立ち上がる辰雷の額は、徐々に赤くなってきていた。額を擦りながら、文句を言ってやろうとキッと睨みをきかせたが、美空の目線は彼女ではなく、意識が途切れたまま放置されていた将斗に向いていた。

「そーいやあのクソガキどーすんだ、おい。俺が背負って家まで連れてく展開とか、マジ勘弁。ノーサンキュー」

「あ、そこんとこ心配ナッシング」

「心配してねぇよ、馬鹿か? いやバカ辰だから、馬鹿であってんのか。ヒヒッ」

 喧嘩を吹っかけるような、幼稚な悪態にカチンときたが、無視して話を続けた。こいつと口喧嘩していた、三年立っても話が続かない。

「この子、一時的に〝たまちゃん〟に預かってもらう事にしたから。ここに来る途中で連絡しといた。そのうち、〝ごろさん〟が回収しにきてくれる筈だよ」

「げっ…クソ化け狐かよ」

「少年には人間的成長をしてもらわなくっちゃ。多分そこからだよ。たまちゃんに説教してもらえば、何かしら得るっしょ。少年の中に、ほんの一マイクロンでも、転生前の少年が残っていれば、ね」

「だったらとっとトンズラだ。五郎左衛門ならまだしも、あの化け狐はでぇきれぇだ。あの説教くせぇとこ、逆立ちしたって好きになれねぇ」

「えー、たまちゃん可愛いじゃん」

「顔がよくてもナカミが嫌すぎる」

 はー嫌だ嫌だ、と呟きながら足早に歩く美空。もう痛め付けた少年の事は眼中になく、歩きながら空を仰いだ。

 空は疎らに雲が散らばり、青く広がっている。空、空、空。自分に今与えられている、名前の元。狭くてキタナイ自分とは対照的過ぎる、誰もが広くて清々しいという印象を持つであろう空。傍らで未だ額を擦る、名を与えた彼女を横目で一瞥し、自嘲的かつ皮肉的に鼻で笑った。

 空にはそれ以上の感情はないが、時々感慨深く眺めてしまう。もし彼女と今共に居なかったら、鉛色の空しか眺められなかったかも知れない。気に食わないが、美空の〝今〟は辰雷が与えてくれた。そう思うと、認めたくないが嬉しいような、嫌なようなむず痒い気分になる。

 そんな考えを巡らせていると、自然に笑みが零れた。更に無意識に手が動き、辰雷の頭に、撫でるように置いた。

「!? ……??」

 美空の突然の行動に驚き、辰雷は気味が悪いと言いたげに顔を引きつらせていた。



 美空の私刑執行と放置から数時間後。日は暮れ、夜と交わりかける時間帯。隣街の広い林の一角に、詩織は居た。

 林の一番奥、木々の葉が折り重なり、太陽光が遮られ、時間帯と相俟ってより一層薄暗い場所に、そびえ立つ大木を詩織は鋭い目付きで見据えていた。

 大木には、蛹が張り付いていた。

 ただし、自然界で虫が作る蛹と比べたら、異様に巨大だ。完全変態を行うため、己に巻き付けた糸は毒々しい紫色しており、全長は一メートルを超えている。蛹は羽化する前兆なのか、一定のリズムで震えている。

「好都合。前みたいに逃げ回られ心配がない。このまま、断たせて頂きます」

 もともとこの蛹、詩織が追っていた芋虫型の狐狗狸だった。将斗と会う数日前に戦闘していたのだが、見た目以上の素早さと、気化しやすい体液を吐き出し目眩ましをして、逃げたのだ。

 自分が取り逃がしたので、必ず自分が仕留めるといきまいて、美空に袖の下を渡し探してもらっていた。それが今日見つかった。しかも相手は現在行動不能。彼が呟いた通り、好都合。早々にけりをつけられる。

 獣印を輝かせ、鎧甲・腕を装備する。右手を強く握り込み、威嚇するような甲高い金属音を鳴らせた。腕を振りかぶり、狙いを定める。

 薄い陽光が金属質な腕に反射して、詩織の中性的を顔を照らした。その顔は、とても今から命を奪う表情ではなかった。

 笑顔。満面の笑みを浮かべていた。

 美空の眼が死んだ、残忍な笑みではなく、新しい玩具を買ってもらった子供のような笑顔。木嶋詩織もまた、美空とは違うベクトルで歪んでいた。

「では、せめて美しい蝶になる夢でもみながら、果ててください」

 思わず声がうわずった。頬が興奮のせいか紅潮する。高鳴る鼓動をさらにときめかせ、短く吐息を吐き出した。

 だが、力強く地を這う音に、詩織のショータイムは邪魔された。ドドドと、地を這いよるは芋虫型の狐狗狸。縦の大きさが約一メートル、横の長さが約三メートルはある巨体は、躰中が濃過ぎる紫色をし、至る所に斑点がある怪蟲はガラスを引っ掻いたような音の鳴き声を上げ、詩織に突撃してくる。しかし、顔に口らしき物はなく、巨体な血走った眼しかない。よくみたら、躰中の斑点が小さい、人間の口の形をしている。

「なんだ。増殖してたんだ。相変わらず、気持ち悪い見た目ですね」

 ため息混じりに、目の前の蛹になった芋虫型の狐狗狸と同型の怪蟲を、妖艶な瞳で見つめた。新手の登場に、詩織は更に高ぶった。殺す、いや殺せる獲物が増えた事に歓喜の念を抱く。狐狗狸に向かって詩織は、少女のような愛らしい微笑みを向けた。腕も共鳴するかの如く、妖しく光り輝く。

 狐狗狸が詩織のリーチ内まで入ると、躰の向きを変えて蛹に向けていた拳を一度下げ、スマッシュブローを相手の顔面に叩き込んだ。芋虫の柔らかい躰を、十トントラックに激突された感覚に近い衝撃が突き抜けた。顔が歪み、長い躰が畳まれたかのようにひしゃげた。躰中の口が行き場を失った体液を、ゴポゴポと吐き出す。体液はねっとりとしていて、膿に近い。

 膿の血に口を塞がれている為か、悲鳴を上げない。歪んだ躰に圧迫されてか、目玉が飛び出掛けている。

「ふぅ…貴方方、蟲型は分裂して増殖できる特性がありますが、いかんせん一個体が弱過ぎる。いざ死合うと、萎えてしまいます。まあ、でも、いいですよ。僕は美空さんみたいに、ながったらしく嬲る趣味はありません」

 ひしゃげ、小さくなった怪蟲の瞳を屈んで覗き込んだ。そしてそっと、眼球に腕の人差し指の爪を立てた。体液の未だ吐き出し続け、しぼんでいる怪蟲の躰がびくりと震える。

「狂った思考と理解しています。だけど、この感情は押さえられない。いや、押さえてはいけない」

 自分に言い聞かせるせるように呟いた。

 詩織には、姉にも寅果にも教えられない性癖があった。自身の神威に開眼した時、精神が揺さ振られ一般的目線からみれば異常な性癖に、彼は目覚めていた。

 神威開眼、脳の異常覚醒によるその異能には、様々な副作用があった。代表的なものは、身体能力向上。聞こえはいいが、その実体は異常覚醒により脳のリミッターが馬鹿になり、通常時人間が使ってはいけない領域の運動能力が使用可能になっているだけだ。下手をすれば、走るだけで骨が砕ける事もある。そうならないように、十二支達は契約者を鍛え上げるのだ。

 他にも精神が不安定になったり、異常な性癖が表れる等の場合もある。これが詩織にも表れたのだ。ただ美空のは、また違うのだが。

 詩織の性癖は、生命の灯火が消える瞬間を眺める、であった。自分の手で灯火を断てれば、尚最高だった。なぜだか分からないが、生命が消える瞬間を見ているのが、愉しくて愉しくてたまらない。

 腕を上から下へ移動させた。爪により、怪蟲の眼球にスッと線が入る。線からゆっくりと、膿の血が溢れた。

 灯火が、消える。その瞬間に拳を固め、振り抜いた。不快な音を出しながら、詩織の腕が貫通する。膿の血が派手に飛び散り、詩織の躰を汚した。

「はあぁぁ…消えたぁ…」

 喘ぎ声にも聞こえる、甘ったるい声。その先で怪蟲の体内に在る指を動かし、ぐちゃぐちゃと掻き混ぜる。感触を十分に堪能すると、腕を引きぬき、立ち上がった。

「さぁて、次は……ッ!?」

 次の獲物を求めた火照った詩織の顔は、蛹を見た瞬間急速に冷めた。

 蛹の蛹肌にはパックリと切れ込みが入り、中身が消えていた。詩織のお楽しみの最中に、とうに羽化して、何処かに消え去ったらしい。

 ニ三度、焦った様子で辺りを見回して探したが、見付からない。見付からない、見付からない。獲物は逃げてもう、ドコニモイナイ。

「………クッソォオオオ!!」

 既に日は暮れ、暗い林に、詩織の絶叫が響き渡った。獲物を取り逃がした悔しさよりも、メインディッシュが消えた苛立ちの方が強かった。

現在色々とおかしいキャラ増殖中……。


というか、まだ狐狗狸の詳しく事証していない状態で惨殺していると、詩織達が悪に見える…。まあ仕方ない、一応世界を救う立場でも、正義とは限りませんし。次回あたりに、狐狗狸とはなんなのか、その一辺を書いていこうと思います。


では、次回も読んでいただければ幸いです。

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