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十二支英雄見聞録・第二章・玄武討伐編第四節

社会人生活が始まり約一ヶ月がたち、ようやく書き上げることができました。


これまで以上のゆっくりペースではありますが、お付き合いのほどを宜しくお願いします。

 ひらひらと飛ぶ蝶を、活発な子供などは一度くらい追い掛けたことがあるだろう。蝶は優雅に飛び、どことなく儚い。虫籠をぶゆら下げて、虫取り網を振り回して駆け回る。簡単に捕まる蝶もいれば、動きに反してなかなか捕まえられず逃げ切る蝶もいる。捕まえられたと思ったら、いつの間にか死んでしまう儚さ。なのにまた追い掛けてしまう蝶は、その模様より不思議な魅力を持つ。

 玄武もまた、そんな蝶に魅せられ追い掛けていた。なにやらじゃれついてきた銀髪の女の子や、その友達らしい者達と『アソボウ』としたが、綺麗で大きい蝶が一目で気に入り、追い掛けてしまった。蝶も玄武を誘惑するように高度をあげず目の前を飛び続けるため、すっかり辺りが暗くなるまで追い掛け続けていた。

「ウブブ」

 蝶は好きだ。後は自分に似た亀。何よりゆっくり動く生物が好きだ。親近感が湧く。蝶は好きな生物で一番速く動くが、とても綺麗で見ていて飽きない。反対に速く動く生物は好きではない。アイツの影響だ。アイツはいつも意地悪をする。速く動ける生物を見るとアイツを思い出す。

 子供は、まあまあ好きだ。今日あった子供は動きが速かったが、子供に逆恨みするものではない。それに昔、かなり昔だが、こんな見た目の自分と遊んでくれた子供がいた。良い思いで過ぎて、たまに思い出して笑ってしまう。

 ふと昔の事を思い出した玄武は、低く笑いながら蝶を追った。すると今まで目の前にいた蝶が、突然音もなく消えた。

「?」

 通常より大きいアゲハ蝶だ。暗くなったとはいえ月の光りがあるので、そう簡単に見失う筈はない。

 探そうとした時、突如突風と衝撃が玄武を襲う。衝撃は持ち前の生体装甲で多少は防げたが、突風でよろけてしりもちをついた。突き抜けた衝撃は内部にダメージを少なからず与え、躰の芯が痺れる。突風と衝撃は玄武だけではなく、周囲の木々にも影響を与えた。葉は散り、枝が砕け、木自体が幾つも圧し折れた。そのうちの何本かの木が玄武に向かって落ちてきたが、ぶつかった木の方が砕け散った。痛みは無く、むしろ気にならなかった。この事象はアイツが現れる予兆。

「貴様は何をしているか」

 やはりか、と玄武は唇の無い口を尖らせた。

 玄武の目の前には、一番嫌いなアイツ、月光に照らされて光りが眩しい程反射している黄金色の躰を持つ、麒麟が立っていた。腰に左手を当てて、玄武を見下すようにして立つ姿はもう見慣れた。このまま座っていたら蹴られたりするだろうから、玄武の中で速い動きで立ち上がる。それでも十分遅く、麒麟はイライラしていた。

「貴様は我の言った事をもう忘れたかや。陽組の十二支を、戌か午を殺せと行っただろう。なのに貴様は何をしている? 蝶とおいかけっこか、ん?」

 分かりやすく声に刺を交えた麒麟の手には先程まで玄武が追い掛けていた蝶が。乱暴に羽を掴まれて暴れている。

 蝶や蜻蛉などの羽は脆い。蜻蛉に比べれば蝶の方が丈夫だが、少し力を加えれば千切れてしまう。その蝶の羽を乱暴に扱うなど。玄武は離せと言おうとしたが、その前に麒麟が蝶を握り潰した。

「!」

 閉じた指を動かし、丹念に潰す。そして指を開き、潰した蝶を玄武に見せ付けた。麒麟の手に張りつく、蝶だった残骸。玄武は頭にカッと血が上ったが、麒麟にはかなわない。怒りの矛先を向けたくとも、自分のちっぽけな力ではどうしようもできないのだ。

 手に付いた汚れを、玄武の躰に拭う麒麟。

「まったく……貴様はどうしてそうなのだ。見張っていたが、何故標的を殺さなかった」

「…………?」

「…………まさか貴様、我の命令を忘れたか」

 忘れてはいない。嫌な、とても嫌な命令だった。そもそも玄武は人殺しや、他の命を奪う行為が好きではない。

 昔、力加減が出来なかった頃に誤って人を殺してしまったことがある。状況的に玄武は攻撃されており、正当防衛で反撃したら人がたくさん死んだ。その時とても嫌な気持ちになった。その気持ちは他の兄弟には理解されず、白虎しか話を聞いてくれなかった。その時話して白虎は難しい事を言っていたが、自分と白虎は父親に似ているというのは何故か覚えている。麒麟も似ていると言っていたが、決して良い意味ではないそうだ。

「命令は覚えている。では標的に気付かなかったか」

 麒麟の質問に玄武は首を横に振った。

「標的に気付いていたのか? では何故」

「オデ……ケンカイヤダ」

「なに?」

「オデ、ミンナナガヨグガイイ。ビャッコイッデダヨ、ドッチカガガマンスレバイイッデ。オデダチガガマンシダリ、ニンゲンダチモガマンジテグレレバナガヨグナレルッデ」

「貴様、あの白虎の馬鹿に唆されたか」

「ビャッコガイッデルゴトヨクワガンナイ。デモ、ギリンガイッデルゴトハモッドヨクワガンナイ。ナンドナクダケド、オデハビャッコガイッデルゴトノホウガスギダ」

 玄武のことを、麒麟は馬鹿という。物事を正しく判断できる頭が無いと。確かに玄武は、他の兄弟とは違いあまり賢くはない。精神的にも一番幼い。だが自分の考えはしっかりと持っている。喧嘩は嫌だ、他の生物と仲良くしたいという、それこそ子供のような考えを。

 麒麟にはあまり逆らったことはない。それはいままで、あまり嫌な命令をされなかったからだ。嫌がらせはされたが、自分がしたくない事は無理矢理やらされたことはない。今回は嫌な命令をされたうえ、追い掛けていた蝶を殺された。それに対する当て付けであった。

 玄武のささやかな反抗に麒麟は深くため息を吐き、

「貴様は……本当に頭足らずだな」

 いつもどおり毒づいた。

 玄武の光沢のある頭を掴んだ。指先に相当の力を込めているが、当然玄武に痛みはない。

「喧嘩をしたくない? 皆仲良く? できるわけが無いだろうクズが。我ら化け物と人間がお手手つないで仲良くなれる可能性など、人間が起こす環境破壊を止める並みに皆無。結局は違う生物よ」

「デボ、ジュウニシタヂバニンゲントナカガ……」

「きゃつ等はアレなのだよ。現代のペットショップに並ぶ品種改良品なりや。人間に対応し、愛でられるために生み出された愛玩動物。故にきゃつ等は整い、美しい顔立ちをしている。だが我等はどうだ。捨てられて見限られた狗だ。今では狐狗貍となどと呼ばれておる。我らは人間に愛されなかったから、こんなにも醜いのだ! ある兄弟は腕が肥大し躰は痩せ細り、ある兄弟は躰の模様が口に変わり、貴様も! その口! その手足! その見た目! そんな不恰好な貴様は、断言しよう。誰も愛さない。このままでは我ら狗は、愛玩動物の群れに淘汰される」

 語調を強め、玄武言い聞かせる。そして否定した。お前の考えは根本的に間違っていると。

「……オデハブサイクダケド、ビャッコドギリンハチガウ」

「白虎はこの世で三番目に父殿に愛されている。故にだろう。きゃつは根本的に我らとは違うのだ。きゃつは愛されている」

「ギリンハ?」

「確かに我の躰は、白虎を除いて一番整っている。しかし、それは愛によるものではない。他の強い感情による。その感情は我等を構成する『根』ともいえるものだが、貴様に言っても理解できまい」

「カンジョヴ……」

「そうだ感情、感情だ。我らの躰は父殿の感情が露骨に反映されている。殆どの兄弟は統一されている、怒りだ。形が整っていない、酷く曖昧で攻撃的な感情が込められている。だが我らは違う。一個体それぞれに違う感情が込められている。父殿のその感情が最高潮に達したとき、我ら五体が一体一体産み出された」

「ドウイヴゴド? オデ、ゾンナバナシバジメテダ」

 どうやら麒麟は、玄武のあまっちょろい考えに怒りを感じて、口を滑らせてしまったらしい。慌てて口を押さえたが、きょとんとしている玄武を見て頭を振った。

「……我もまだまだ青いな。しょうがない。どうせ半分も理解できないだろうから話してやろう。ほんの一部を」

 麒麟は先程自分が生み出した衝撃で、中途半端に折れた木を手刀でならし、お手製の切り株の椅子を作って腰を降ろした。

「我らは人間に愛されてないと言ったが、詳しくは我らが父殿が人間に愛されなくなったからである。それが全ての始まりだ」

 この話は長くなる。麒麟は珍しく気遣いを見せ、玄武に座るように支持した。玄武は素直に従ったが、この小さい親切心に何か裏があるんじゃないかと警戒していた。

「まずはそうだな……父殿を打ち倒し封印した十二支の始まり、白澄しらすみと父殿の関係を話そう。そして理解しろや。我らが人間をいくら好いても、人間に愛情を持たず殺さねばならぬことを。きゃつ等が、人間が父殿を裏切った事実を。我らは父殿の憎しみを淘汰しなければならない」



 和歌山県のどこか。どちらかというと都会と呼べる場所に属する地区にある、森林公園。老人やランナーの散歩コースに選ばれやすく、子供達が走り回れるほどに大きく、人気があった公園。

 そんな公園は今、普段の賑やかさはなく、殺伐とした静けさが支配していた。それはそうだ、現在の公園の状況はかなり酷い。吐き気をもようしてしまいそうな臭いが充満している。

「我々は何なのだろうな」

 悪臭、というより異臭が満ちた森林公園で呟いたのは、朱雀と呼ばれる者だった。それに対して、同伴していた青龍が反応した。朱雀は木に寄り掛かりながら立ち、空を仰ぎ観ており、青龍は何かに座っていた。

「あ?」

「我々は食物を接種しない。食べなくても活動できるからだ。故に排泄もしない。ならば我々の躰に流れる血液から始まる体液は何から出来ている? もしかしたら呼吸すらするふりをしているのかもしれない。無から何かを生み出す力は私を初め、我々にはない。なら我々の体液等は一度生み出されたものを永遠と循環しているだけなのか?」

「何がいいたいんだぁ、よくわかんね」

「生物は栄養や血肉を得る為に殺戮し、食す。生産は生物の特権。ならばただ消費する、それこそ分裂や増殖をすれど子を成すこと、新を生み出さない我々は生物と言えるのか。私は殺戮をするたび、我々とは何なのかを考えてしまうんだ」

「新って……玄武は水だしたりするけど、あれは生産じゃねぇかぁ。それに消費つっても、俺らだって傷ができりゃ治る。それもまた生産ってやつじゃねぇの?」

「そうだ。それもまた疑問なのだ。なぜ玄武だけ、循環している血液や膿以外の液体を生産し、放出することができるのか。我々の中でも麒麟と白虎は特別だ。しかし玄武もまた特別だが意味合いが変わってくる。さらには摂取をしていないのに治癒する私達の躰。これは再生の類いか、はたまた本当に治癒しているのか。私の疑問は絶えない……」

 考えれば考えるほど、自分が、自分達が矛盾した存在であると思い知らされる。実は知能がある殆どの狐狗貍は自分達がどうやって生まれたかしらない。それこそ、十二支達と同じなのだ。彼らが人間を狙い、人間が作った人工物を破壊するのは本能にしたがった行動だった。しかし、自分のルーツを知らず、なぜそんな本能が設定されているのか。それは朱雀にとって頭痛がするほどの疑問であった。特別とされる白虎と麒麟、さらに青龍が指摘した点もそうだが、まだ他にも朱雀が疑問に思っていることがあった。

 朱雀が地面に転がっているそれを見た。

「彼女もまた、私と同じく疑問をもっていた。これが共感……違う種族共感を持ったのは初めてだ」

「そういやぁ、戦闘中になんか聞いてたな」

 青龍もまたつられてそれを見る。

 地面に転がっているのは胴体が下半身から切り離され、上半身が解体された巳の十二支の遺体だった。すでに躰は消滅しかけていた。

 公園を包んでいる異臭の正体はおびただしい数の死体だった。皆闘いに巻き込まれた一般市民ら。死体を見る限り、すべてが雑な殺されかただ。戦闘の邪魔だったから殺されたという理不尽さを訴えかけてくる。巳の十二支も、強者二人に守っている余裕がなかったのだった。

「なぜ我々は争っているのか。それもまた我が疑問。我々は本能によって人間を殺戮し、人間が生み出した造形物なんかを破壊している。だがいざ十二支と会話してみれば、人間を守りたいという明確な思いはないようだ。彼女も、自分の契約者を守れればそれで良かったようだし……」

「そいつだけ、そいつだけがそう思っているだけなんじゃねーのぉ」

「はたしてそうかな。彼女らもまた、我々を狩らねばならない運命に疑問を持ち続けているkのかもしれない……」

 数十分前に起こった、一般市民を巻き込んだ戦闘。頭数としては朱雀と青龍、巳の十二支と契約者というとんとんな状況だが、五芒魔星は一固体が凄まじい戦闘力を持つと言われている。秀でた能力も、さほど高くもない戦闘力を有していた巳の十二支と契約者では敵うわけがなかった。それでも青龍の躰に切り傷が幾つかできていることから、最善は尽くしたようだ。

 戦闘中、朱雀は巳の十二支にある問を投げ掛けた。それは『なぜ我々を駆逐するのか』という簡単なこと。普通なら、もしくは寅果か戌月ならば人間と大切な人達を守るためと、なんとも青臭い優等生的な答えを恥ずかしくもなく吐き出しただろう。しかし巳の十二支は口ごもり、視線を泳がしたのだった。それこそわからない問題をふられて、考えているふりをしながら諦めている生徒のように。その態度から朱雀は一時的に闘うこと止め、質問を畳み掛けた。そのなかで、自分もまた十二支と狐狗貍が殺しあっていることに疑問を、人間やその造形物を破壊する本能があること疑問を持っていることを打ち明けた。なぜそうしたのかはわからない。しかしそれがこうをせいしたのか巳の十二支も自分の中で膨らんでいた疑問を話した。

 彼女もまた疑問に思っていたのだ。人間達を守ることにではない、自分達が必死に狐狗貍を狩っていることにだ。まず一つに、人間を守ること以外に明確な理由がないこと。二つ目に子乃が隠し持っている狐狗貍の情報。情報は共有したほうがいいだろうに。情報に何か知られてはいけないものが混じっているのか、それとも情報自体が開けてはならないパンドラの箱なのか。他にも十二支やそれに関係する生物の出生の秘密すら、子乃とその契約者以外誰も知らない。 そうなれば子乃へ不信感を抱き、自分達の使命にも不信感を感じるのは不思議ではない。どちらかといえば、陰組の十二支達がそう思っている。自分達も、標的の狐狗貍にも謎が多すぎた。それでも巳の十二支が闘っているのは契約者その家族を守るため、自分の幸せを奪わせないためだ。

 もしこのまま対話が進んいれば、情報の共有により何か新しい発見があったかもしれない。そんなことを期待していた朱雀だったが、望みは青龍によって断たれた。一時的に戦闘態勢を解いていた巳の十二支が隙を見せたと思い、契約者を振り切り巳の十二支を討ったのだ。契約者も相棒を殺されて呆然としているうちに始末した。今では他の死体に混じってどれだかわからない。なんとも肩透かしな結果に朱雀は青龍を攻める気にはなれなかった 。青龍は本能に従っただけで悪気はないと自分に言い聞かせていたのは秘密だ。

「まぁ……あれだよ。難しく考えんなよ。朱雀はよぉ、昔から疑問疑問ばっかじゅん。俺みたいになんか好きなもん見つけろよ。もしくは目標とか。そうすれば疑問、わすれるんじゃねぇ?」

「目標か……夢ならあるかな」

「お、初耳じゃねぇの。どんなの」

 椅子代わりにしていた死体から立ち上がり、伸びをする青龍。

「子供を産み、育ててみたい」

「……はへぇ?」

「おかしいか。だろうな。だがな青龍、私は本気だよ。ちゃんとした生物になって、生命を自分に宿し、産み育ててみたいといつからか願い始めた。私と似た鳥でもいいが、人間の雌に興味があるんだ。もし叶うなら、私は自分が殺さなければならない人間なってみたい。ふっ……これもまた疑問だな」

 狐狗貍には雄雌の概念はない。便宜上彼らと呼ぶが、一人称が俺や私なのは自分が言いやすかったり、気に入ったりなどの理由で使っているだけだ。

 友人の願いに思わず呆けてしまう。以外、ともいいきれない。麒麟も白虎も変わり者だが、朱雀もまた疑問ばかり抱えているかなりの変わり者だ。これが白虎なら呆れて終わりだろう。これが麒麟なら何も言わないだろう。これが玄武なら馬鹿にするだろう。しかし夢を語ったのは、人間の言葉を借りれば親友の朱雀なのだ。

「叶わねぇ夢だなぁ」

「ああ、そうだな」

「まったくもって叶わねぇ妄想だがよ。もし天変地異が起こったりして叶ったら、テメーは殺さねえよ。つか殺せねぇけど」

「そうか……そうか。有難う」

 これもまた狐狗貍を知るものからしたら異常な光景だった。

 人間を駆逐する本能を持ちながら、人間のような友人関係。異常としか言えない光景だが、考えてみれば人間のようなとは一体なんなのだろうか。果たして彼らのような理想的な友人関係を築いている人間は何人いるのか。理想はこうであってほしいという、ある意味妄想の塊だ。理想は理想であって、必ずしも現実にあるわけではない。それこそ詩織のような性格の人物では絶対に無理だ。それらから考えると、皮肉的だが彼らは人間的な人格を持っていることになる。

 所謂いい雰囲気になっていると、気配察知に長けているという青龍が何かを察知した。

「んあ」

「どうした」

「なんかつぇのが近付いてきてんな。さっきの十二支より強い。それが二匹速度はさほど速くねえが、確実に接近してきてんよ」

「そうか。なら退くぞ」

「ああ? 何でよ、来るならやっちゃおーよ」

 不満丸出しで、十二支が接近してきてる方角を忙しなく見ている青龍はブーブー言っているが、朱雀は慣れたようにしてたしなめた。

「麒麟がいっていたのは陽で一体、陰で一体。もう我々はノルマをこなした。これ以上は麒麟の命令外だ。これ以上殺したら、我々もこの死体の山の一部になるかもな。私は嫌だし、青龍がなるのも嫌だぞ」

 青龍を黙らせたかったら、麒麟を使って脅すのが一番だ。これは実力差もある、青龍のコンプレックスが関係している。

「ちっ、わぁたよぉ」

 今回も効果的で、青龍は渋々したがった。

 十二支がつく前にこの場から退いた。その時、朱雀は少し立ち止まり巳の十二支の死体を眺めていたのを、青龍は気づかなかった。

 朱雀達が公園を後にして数分後、青龍が察知した十二支が到着した。その十二支は引くほど汗だくで、Tシャツは濡れていないところを探すのに苦労しそうなほど湿っている。黒いTシャツでなければ確実に下着が透けていただろう。死体の山を一瞥しただけで、呼吸を整えるのに専念した。そのうち立っていることもできなくなり、服が汚れるのも気にせず座り込んで道中で買ったスポーツ飲料水のキャップを乱暴に開けた。八割方残っていた中身をがぶ飲みし、携帯電話の電話帳から自分を和歌山県まで走らせた張本人を探した。グループ検索で直ぐ見つけると、スポーツ飲料水を飲み終わると同時にコールした。

 一回、二回、三回。八回目にしてようやく相手が電話に出た。相手がふざけたもしもしを言う前に叫んだ。

「じょぉぉーーーーだんじゃあねェーーースよッ!コラァ!」

『仗●乙~』

 公園に現れたのは辰雷、電話の相手は勿論美空だ。

「なんだよ、急に和歌山県に行けとかバカなの? バカだよね? バカ者だよねぇ!」

強者(つわもの)です』

「ウゼェよバカ者ォォォ!」

 いつも通りの夫婦漫才を見せる辰雷と美空。いつも通りといえばいつも通りだが、周りの状況に気付いていないわけではない。前もって美空から聞いていた。それにこういう光景は職業柄見慣れている。

『まあ大阪のうさバニーんとこに遊びにいってたからちょうどいいべさ』

「近くとはいえ他県だよっ! 前に詩織君ん家から隣町の森重ハウスに行くのと訳が違うんだよ! ちゅーか丑夜ねーちゃんとかに言いなよ、こーゆーの。土地勘ない人に走らせんな!」

『俺、露骨に大乳神様に嫌われてんもん』

「そりゅあそんな名前で呼ばれてたら嫌だよ」

『そんなことゆーなや乳神様』

「胸には自信あるけど止めろ、そんな不愉快ネーム」

 会話をしながらぐるっと辺りを見回す。見つけたくないモノを捜す辰雷の瞳は、二回三回キョロキョロすると見つけてしまった。巳の十二支の契約者だ。

「君が言うとおり、見つけたよ……」

 辰雷が兄弟のところに遊びに行っていた時、美空から電話があった。和歌山県のある森林公園で特異な狐狗貍らしき影二体が暴れていると。しかも十二支の誰かが交戦していると。大阪に住んでいる十二支は派手に動けない、だからお前走ってGOとふざけたトーンで。ふざけんなと思いながらも、ほっとけない気持ちと、美空の脅しもあって走らされた。

「あんま関わりはなかったけど、こんな風に面会しちゃうなんてね。光一(こういち)さん。我儘な妹だったけど、最後まで一緒に居てくれたんだろうね。いままで、ありがとね。もし私達にも魂があってあの世に行けるなら、あの世でも面倒見てあげてね」

『なぁーにセンチになってんのぉ。死体あったみたいね』

「うん」

『俺もみてっけど、奴ら消えたみたいじゃねーの。もー、もっと速くつけっての。だめだめ、チョーbut。だめだめだめよ』

「コッノヤロー……! 人走らせておいてプラス空気読めコノヤロー」

「うん、でも断る。俺の目的はもともと敵さんだけだから。他の十二支なんかどーでもいーの。人間みてぇに喋れて思考できるナマモノ殺しても罪になんぇのとかサイコーっしょ。他の奴に渡せねーわ。ヒヒッ」

 相変わらずねじまがっているが、もうなれて指摘する気にもなれず変わりに溜め息をついた。電話の向こうにいる美空の今の表情を絵に描けと言われても簡単にできるだろう。何でこんなに変わってしまったのか、そう思っているのに離れられずずっと一緒にいる『自分達』もだいぶ物好きなんだろう。

 そう言えば今日遊びに行っていた姉の卯の十二支があることを言っていた。「私はもう好きだからという理由で彼のそばにいるんじゃない。ただ毎回毎回知らない時代に放り投げられた自分の居場所が欲しいから、そばにいるんだ」と。悲しいことだが、どこか現実的で的を射た言葉だった。自分はどうなんだろうと考えさせられてしまった。寅果と詩織の関係がそうなのかもしれない。改めて考えると、とても怖い状況だ。両想いだった関係が、だんだんと片方な一方的な想いになっていて、いつの間にかうざがられ嫌われ、切り捨てられる。普通の恋人関係でも起こりうることだが、すがりつき愛を語り合える対象が限られ、大雑把に見れば性格と見た目が変われど一人の人しか愛したことのない彼女達には人生が百八十度変わる大事件になる。

 辰雷もまた心片隅で無意識に恐怖していた。捨てられる側はいつも怯えているのだ。

『ふーむ……いないならいーや。どうせ死んだ十二支も、パンピー達も大乳神様が後片付けしてくれっべ。戻ってこい。こっちでもデカイドンパチおきそーなきがすんぜ……!』

「……りょーかい。帰りは電車でいいすっよね。つーか滞在時間数分のために和歌山県まで走らせられた私っていったい」

 その恐怖を消す勇気は、辰雷にも無い。


 人間と共に歩んでいるが進む時に苦しめられている十二支と、狩られる側にいて矛盾した存在である狐狗貍。愛している人がいるからこそ孤独の十二支も居れば、好きなものがあっても拒まれる狐狗貍も居る。自分は愛されているのか確かめたくても怖くて実行できない十二支も居れば、疑問に悩まされて答えを見つけたくてもたどり着けない狐狗貍も居る。この二つの存在は、似ていないようで、実はとても似ているのかもしれない。もしかしたら十二支と狐狗貍は、間違いやすい山菜と毒草のような関係なのかもしれない。

確かに愛していて記憶を受け継いでいる人でも、見た目も性格も違ったらいままで通り愛するのは難しいのが当然です。


十二支達の雲行きも怪しくなってまいりました。


次回、断章の予定。どうか次も宜しくお願いします。

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