表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

十二支英雄見聞録・第一章・陽組編第一節

どうも、私の特技は観察すること、仮面3です。


はじめての方ははじめまして。そうでない方は、また私です。この作品に出てくる十二のキャラクターは十二支をモチーフにしています。ありがちな設定ですが、お付き合いいただけると幸いでごさいます。

 人を助けるために頑張る、そんなの理解できない。良心という自己満足で人助けをしても、相手に言い様に利用されていただけだったり、手痛いしっぺ返しを食らう。そんな考えを持つ青年がいた。

 森重将斗もりしげまさと。彼は昔から騙されやすい性格だった。困っている人がいたから手を差し伸べた、そうしたら後で財布をすられた。そんな事が何度も続いた。十代前半の頃迄はめげずに、人助けをしていた。いつかは本当に感謝をしてほしくて。だが、十代前半には諦めて、人のために頑張る事を諦めた。



 土曜日の昼下がり。コンビニの袋を片手に、無気力な表情をした青年がまあまあの人混みの中を歩いていた。彼が人のために頑張る事を止めた青年、将斗である。本来なら人の多い時間に出歩かないのだが、昼食として食べるものが何も無かったので、仕方なく近くのコンビニに出向いたのだった。買ったものはサンドイッチや菓子パン、牛乳等である。

 さっさと帰って遅めの昼食を取り、休日(まあ今の彼は毎日が休日のようなものだが)を楽しもうと足を速めた。といっても、彼の休日の楽しみ方は昼寝ぐらいしかないのだが。早歩きで進んでいるうちに、道の真ん中で泣いている幼い子供が居た。

「おかっ……ひぐ…お母さん…」

 母親を呼んでいると言うことは、迷子か何かだろうか。そこそこ人は居るのに、ほとんどは見てみぬふりをしている。中には手を差し伸べようとしている者もいたが、そそくさと手を引っ込める。ある意味正解といえる判断だ。好き好んで面倒を抱える者はいない。人は周りに他人が数人いれば、困っている人が居ても進んで助けようとしないそうだ。他の誰かが変わりに助けるだろうという心理が、無意識に働くらしい。元々人間は他力本願の精神が、意識の奥底に刷り込まれているのだ。

 将斗と子供の距離が縮まる。一歩一歩進む事に、泣き声が大きく聞こえてくる。将斗が子供にした行動は、周りの人間と同じものだった。素通り、これが彼の答え。足を踏み出す度、子供の泣き声が小さくなっていく。どうせ自分が頑張らなくても、〝優しい〟他人が頑張ってくれる。

「どうしたの?」

 ほら、自分が手を出さなくても、誰かがやってくれる。自分なんかが手を出すよりはましだろう。よかったな子供よ、将斗はそんな事を考えながら帰路を急いだ。

 なにも将斗は、昔からこんな風ではなかった。それなりの友達との携帯ゲームの通信で遊び、それなりの中二病、それなりの反抗期、それなりの青い春。純粋だった少年の心は徐々に汚濁に汚れ、人を妬み、人をさげずんで大人になった。大半の人間の様に、世界に流され楽をして生きてきた。それまでならば周りの人間と同じで、工場で量産されている様な人生だったろう。だが、一つだけ少し変わっていた。それは彼の良心が訴えた行動が裏目に出る事。助けようとして状況悪化など日常茶飯事だった。人のために頑張っても、マイナスにしかならない。

 だったら人のために頑張らなければいい。プラスにならない面倒な事をしなければいい。お門違いな考えのようだが、それの何が悪い。将斗はそう考えて生きてきたのだ。人間皆自分勝手、そうだろう? そう、言い訳の様に心中で自分に言い聞かせて、歩をひたすら進めた。



「ただいま…」

 自宅に着き、玄関のドアを開いて中に入った時、なんとなく言ってみた。が、返事は帰ってこない。当たり前か、と呟いてドアを閉めた。

 将斗は一人暮らし、と言うわけではない。そもそも将斗が住んでいる住宅は一戸建ての家。彼はまだ19歳、この歳で家を持てる程財力は無い。実際は父親との二人暮しである。父親の休日は日曜日なので、今日は夕方まで仕事で居ない。 しーんと静まる家の中に、将斗の足音が淋しく響く。他に用はないので、真っ直ぐ二階にある自室に向かう。階段を登ながら、昼食を食べたらどうしようかと考える。まあ昼寝ぐらいしか、やることが無いのだが。軽く腹の虫が鳴くのに苛立ちながらドアノブに手を掛け、開いた。

「………は?」

 思わず、声が漏れた。本来なら、現在の家に人はいないのは勿論、自室に侵入している者はいない筈だ。だが、居た。居たのは泥棒? そうかもしれないが、まだ不明だ。謎の侵入者は、将斗に背を向ける様に床に正座で座っていた。しかし、それよりもどうしても気になる物が目に入ってきていた。それは腰、というより尻より少し上の部分に、白い毛の尻尾の様なものが付いている。

 なんだこいつ…と考えていると、先程漏れた声に反応したのか侵入者が振り向いた。そしてまたぎょっとする。侵入者はあどけない顔の少女だった。瞳は琥珀色、セミロングの髪は真っ白である。服装は巫女服に近いそれで、だいぶ奇抜だ。さらに見入る対象が、白髪の頭にあった。それは、犬の様な耳が生えているのだ。自分の部屋に、コスプレをした変人が侵入しているとは、笑い話にもしたくない。

 振り返った少女と視線が合い、見つめ合う事になる。リアクションをせずにじっと将斗を見る、琥珀色の瞳にたじろぐ。すると徐々に彼女の瞳が潤み始めた。

「…お……」

「お…? いやそれよりも、アンタだれだよ。何かってに人の家に…」

 語気を少々強めて、高圧的に出ていけと言おうとした。勝手に自室(家)に侵入したのだから、多少の罵倒を受けるのは当然だろう。しかし言葉は最後まで出せなかった。少女が勢いよく立ち上がり、タックルするかのように抱きついてきたのだ。

「ぐふぅっ!」

「お久しぶりっス御主人様! 眠りについて約三世紀、なんど転生した貴方との再会を夢見た事か!」

 少女との身長差のためか、彼女のナイスタックルからきた衝撃が心臓に伝わり、一瞬呼吸ができなくなり苦痛の声が出てしまった。更に少女は、顔を将斗にすりつけながら涙を流し始めたので、着ていたシャツがグシャグシャになってしまった。どうやら声のトーンからして、嬉し涙らしい。ご丁寧に、尻尾まで振っている。

 将斗が痛みに耐えている間、少女はずっとくっついていた。いい加減離れろと、少女の頭を掴んで引き剥がす。

「あぁもう! いってぇな、つかなんなんだよ!? 勝手に部屋に入ってたかと思ったら、いきなり抱き付いてきて泣き出して! ていうかなんなんだよホントに! なんでアンタこんなに糠くせぇんだよ!?」

 部屋に入った時から少し気になっていた。なんだか食卓で嗅いだ事がある匂いが、自室に充満していると。少女に抱きつかれた時に、匂いの元がなんなのか分かった。この少女から、強烈な糠の匂いがする。まるで糠漬けと一緒に糠床に漬かっていたかの様だ。糠漬けは嫌いではないが、ここまで強烈だとかなりキツい。

「へ? そんな匂いしまスか? あー…まあいつからかは分からないっスけど、私が憑依してた石、何故か糠漬けと一緒に漬けられてましたし…もう私ですら慣れちゃって匂いが分からないっス」

 自分の服の匂いを嗅ぎながら、苦笑いする少女。よくよく見れば、確かに所々糠で汚れている。いや、そんな事はどうでもいい。今はそれより、この馴れ馴れしい少女をどうするかだ。 将斗は一度咳払いをしたあと、少女を見据えた。

「なあアンタ、住居不法侵入って知ってるか」

 住居侵入罪は、刑法130条前段に規定される罪(同条後段には不退去罪が規定されている)。「住居不法侵入」などと言われることもあるが、法律実務や講学上で「住居不法侵入罪」という語は用いられない。住居侵入罪は、正当な理由がないのに、人の住居など(人の住居若しくは人が看守する邸宅、建造物、廃墟や若しくは艦船)に侵入した場合に成立する。法定刑は三年以下の懲役または十万円以下の罰金である。未遂も処罰される。簡単に言えば、「他人の家に勝手に入っちゃダメですよ。あっ、もう入っちゃいましたか。だったら現行犯で逮捕です」みたいな状況になっても文句を言えない犯罪である。

 少女は初めてそんな単語を聞いた、みたいな表情をして首を傾げた。

「知らないっス。じゅーきょふほーしんにゅー、ってなんスか?」

「犯罪だよ。よって、出てけ糠女」

 昼食が入ったコンビニの袋を、一旦床に置き、少女の服の襟を掴んだ。そのまま引き摺って廊下に出る。将斗の行動に、少女は焦った様子でじたばたし始めた。

「ちょっ!? 出てけってなんスか! やっと再会できたのに〜〜っ!」

 襟を引っ張られて喉を軽く圧迫されているせいか、声が苦しそうだ。

「再会ってなんだよ。アンタとは初対面だ北海道犬女」

「北海道犬女!?」

 北海道犬は、アイヌ民族(北海道の先住者)が飼育してきた日本犬種である。アイヌ犬とも呼ばれる。性格と性質として飼い主に忠実、勇敢、大胆、怖いもの知らず、野性味が強い、我慢強い、粗食に耐える、寒さに強い等である。現在、恐らく最も有名な北海道犬は、お●さん犬だろう。お●さん犬は毛が白い、少女も髪などが白い、なら北海道犬か。そんな安直な考えである。

「もしかしてまだ記憶が戻ってない? 私っスよ! 戌月いつきっス!」

「まったく知りません、そんな名前。つーか、よくこんなふざけた格好で不法侵入したな…深夜アニメのコスプレか? 耳とか尻尾リアル過ぎ…」

 そういえば先程、ブンブンと尻尾を振っていたが、一体どういう原理で動いているのやら。よくみたら耳もたまにピクンと動いている。

 少し興味がそそられ、ふさふさとした尻尾を握ってみた。

「ひゃんっ!?」

 恐らく作り物である筈の尻尾を握った瞬間、少女が声を上げた。だが将斗は気にしなかった。尻尾の触り心地が予想以上に良く、思わず夢中になってしまう。ホームセンター等にたまにある、無駄に触り心地がいい布団よりも、かなり触り心地がいいのだ。すると、将斗の中で悪戯心が顔を出した。どうせ作り物、とたかをくくっているので思い切り引っ張ってみる。

「きゃいんっ!!」

 てっきり取れるかと思ったら、戌月と名乗った少女が犬のような悲鳴を上げるだけで全く取れない。将斗が不思議に思い何回か繰り返すが、結果は同じだった。まさか、本物? 十九年間培ってきた将斗のちゃっちい常識が、焦りだした。 襟から手を離し、戌月を解放した。戌月は機嫌が悪くなったのか、頬を膨らませながら何回も引っ張られた尻尾を、庇うように両手を後ろに回し隠している。しかし将斗はもう尻尾を狙っていない、今のターゲットは警戒してピクピク動いている犬耳だ。近い距離だったので、たいした苦もなく耳を捕えた。そして引っ張る。

「いだだだだだだだだ!! 千切れる! もしくは裂ける、取れちゃう!!」

「取れろっ!」

「なんで!?」

 が、一向に取れる気配はない。むしろ生暖かく、触り心地も本物のそれだ。否定するためにした行動が裏付けを取る結果になってしまった。

「ほ、本物…?」

「むぅ……当たり前っス…」

 将斗は手を離したが、まだ痛むのか耳の付け根を擦っている。

「アンタ……なんなんだよ…もしかして…妖怪とか化け物の類いか!?」

 声が少々裏返った。流石に目の前に人の形をして何かが目の前にいたら、緊張もする。小学校の頃は漫画を読んで、本当に妖怪が居たらいいなと考えた事があったが、大人になったらそんな考えは捨てた。実際にあったらたまったもんじゃない。

 たじろぐ将斗を尻目に、戌月はえっへんと言わんばかりに胸を張ってみせた。

「化け物とは失礼な。私は十二支守護獣にして戌を司る者、戌月っス!」

「十二支守護獣…?」

 十二支だけならまだしも、十二支守護獣は聞いた事がない単語だ。

狐狗貍こくりを滅殺する者、それが十二支守護獣っス。そして御主人様は、現代に転生された私の契約者」

「いや意味不明…つーか理解不能。何いってんの? 化け物で中ニ病かよ」

「むぅ、まだ思い出してくれないんスか? ……あっ、そうだ。御主人様ならコレを見せれば……」

 一向に自分の話を信用してくれない将斗に、戌月は奥の手を出すことにした。服の中に手を入れて、がさごそと何かを探し、古い本を取り出した。大きさは一般的な教科書と同じくらいで、結構厚い。どこに収納してんだよ、と将斗が内心でツッコミを入れた。

「これを読んでほしいっス」

 戌月が本を渡してきたが、得体のしれない生物が出してきた得体のしれない書物、そう簡単に受け取れない。最初は拒んでいたが、しつこく押しつけてきたので渋々受け取った。文字が現在と違うが、何故か読む事ができた。文字が現代のものとギリギリ似ているからだろうか。将斗にはそう見えた。

「戌月観察手記…?」

「おお! それが読めるって事は、前世の記憶が蘇ったんスか!?」

 勝手にはしゃいでいる犬を無視して、ページを捲る。そのうちに、あるページに眼が止まった。それは一番最後のページだった。



 戌月観察手記・完。


 「おやすみなさい」、彼女が眠りにつく時の言葉は、とてもあっさりとしたものだった。彼女と過ごす最後の夜。翌日の今頃には、彼女は再び、恐らく数世紀目覚めぬ永い永い眠りにつくのだろう。ならばもう少し積もる話があっても良かったが、これでいい。彼女にながったらしい、お涙頂戴の話は似合わない。馬鹿な娘には、簡単な言葉がよく似合う。こんな事を書いたら彼女は怒だろうか。怒った彼女の反応を想像するのは、とても愉快だ。

 思えば、彼女と、十二支守護獣達と出会ったから流れた時間は、長かったような短かったような。それだけ充実した毎日だったのだ。闘いは辛かったが、彼女が近くに居る、そう思ったから今日まで生きてこれた。だが、闘いが一区切りしため、十二支達は次の闘いに備えて深い眠りについた。ついてしまった。今、私の中に在るのは強い喪失感と、過去から引き継がれてきた彼女との記憶だけだ。  一体私は、あと何回転生すれば彼女と再会できるのだろうか。寂しい、というより恐ろしい。現在の私が死ねば、次の私が彼女を忘れてのうのうと生きる事が。私は彼女が居なくては、腑抜けと同じだ。次の私は、彼女なくして大丈夫だろうか。いやそれよりも、数世紀の間、時間によって忘れられていく彼女が、可哀想でしかたがない。弱音を吐いた事はないが、人懐っこい彼女の事だ。何かしらの哀しみを感じていた筈だ。できれば私の憶測は外れてほしい。彼女は再会の未来に胸を弾ませ、楽しい夢を見ている事を願いたい。

 しかし、気になる事はもうふたつある。今回の闘いで、残った狐狗貍の数は三十ニ体。この中には未だ封印から目覚めていない、五芒魔星や悪食魔王も含まれている。確実に、次の闘いは類を見ない過激なものになるだろう。そして、最後の闘いになる。なんとかなればいいが……。次、彼女と再会する私よ。どうか彼女を守っておくれ。生まれ変わった私は守られることより、守る事を優先してほしい。

気になる事はもうひとつある。狐狗貍と、百八体の狐狗貍を滅殺する存在、十二支守護獣。彼らはどうして生まれたのだろう。誕生の秘密を知っているのは、悪食魔王と子の彼だけらしいが、彼は教えてくれなかった。秘密をしれないまま、この闘いから一時身を退くのは忍びない。あの鼠の小僧…来世でも泣かしてやる。おっと、筆が滑ってしまったようだ。

 そろそろ筆を置こう。少し短いが、彼女が起きてしまうかもしれないので。この手記を書くのも、今日が最後だ。明日はずっと彼女が満足するまで遊んでやろう。そして彼女が眠りにつく前に、この手記を彼女に預けよう。ただし、中身を絶対に見るなとよく言い聞かせてから。中には彼女に見られてはいけない内容もある。

 あぁ、忘れるところだった。彼女と再会した私よ。もしこの手記を呼んだら、私に変わって彼女に礼を言っておくれ。彼女、戌月に心から感謝を込めて。

 ありがとう、と。



 最後のページを読み終えた直後に、ざっと全てのページを読み込んだ。この手記に多数使われている単語、十二支守護獣と狐狗貍、そして目の前にいる少女の名前、戌月。

 この手記から得た情報によると、どうやら狐狗貍というのは、簡単に言ってしまえば妖怪のようなものらしい。そして百八体の狐狗貍を滅殺する存在、十二支守護獣は、十二支をモチーフにしているらしい。所々に戌や辰、子等の文字が確認できる。

 手記だけみれば、狂言者か昔の小説家もどきが書いた物と切り捨てられるだろう。だが、自分の目の前に登場人物がいるのだ。証拠が揃い過ぎている。

「こんなの…デタラメだ…!」

「えぇっ! まだ信じてくれないんスかぁ…」

 黙々と手記を読んでいた将斗を見て、期待に瞳を輝かせていたが、彼の発言に肩を落としてため息をついた。どうすればいいか、と頭を掻いていた戌月はたまたま目線があった将斗の右手の甲を見て声を上げ、まじまじと見つめた。

「あっ! ちょっと手ぇ見させてください!」

「な…なんだよいきなり…」

 将斗の返事を気にせず、手を取って更によく見た。将斗自身も、一旦戌月観察手記を閉じ自分の手の甲を見る。そうやって自分の手を見ていると、ふと気付いた。今まで無かった、黒いシミの様な点がある。そこまで綺麗とは言えない手だが、こんなシミは無かった筈だ。

「これは…記憶が戻っていないのに…? 手記を読んだから…?」

「なんのことだよ。シミがどうした?」

「やっぱり…覚醒が始まってる。ほんっとに何も覚えてないんですか!?」

 手を離さず、視線だけを将斗に向けた。懇願する、もしくは縋る様な眼に将斗は視線をそらした。面倒ごとお断りだ。だが、こうもずっと見られていると気分が悪い。

 ずうっと見てくる戌月の目元に手を当て、戌月観察手記を腋に挟み、また引き摺り始めた。

「ちょっ!?」

「お前が何いってんのか知らないし、理解もしたくない。この本に載ってる化け物も信じられないし、内容が偽物の可能性あるし」

 じたばたと藻掻く戌月を押さえ付けながら玄関を目指す。階段を降りる時は、戌月が暴れるので若干転びそうになった。

 無事玄関に到着すると、ドアを開き戌月を外に出した。放り投げてやるのも良かったが、流石に不歩侵入者といえどそこまでやる必要は無いだろう。せめてもの情けだ。出したら戌月が再度侵入しないように直ぐにドアを閉め、鍵をかけた。

「痛い妄想はノートにまとめて、中ニ小説にでもしてな。もう来んなよ」

 ドア越しにくぅ〜んという情けない鳴き声が聞こえたが、無視。あんなのに関わったら、ろくな事にならないだろう。

 しかし、戌月の話をまったく信じていないわけではない。デタラメといったが、この手記に書いてある内容はとても興味深いものだ。それに、リアル過ぎた。小説家の心理描写を逸脱した、著者の心情が書いてある。血なまぐさい話や馬鹿みたいな話まで事細かに書いてあった。他にも転生した者は、前世の記憶が蘇り、躰のどこかに契約の証である『獣印』が浮きでると記してある。これは右手のシミの事である可能性が高い。

 将斗は再び戌月観察手記を開きながら、台所を目指した。戌月の話と糠くささが本当ならば、アレがあるはずだ。一見台所に変化は無かったが、よく見ると床に糠のカスがある。掃除仕切れなかったのだろうか。台所の隅にある、桶の中の糠所を確認した。中身は考えなしに、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたかのようになっている。流石にここまで適当に野菜を漬ける奴そういないだろう。戌月が急いで元に戻したのか……、将斗の脳が推理に勤しむ。ふと、近くに隠れるようにして落ちていた石を発見した。綺麗な丸の形をしているが、だいぶ糠で汚れていた。

 なぜこんな石を野菜と一緒に漬けたのか、そんなのは父親が帰ってきたら聞けばいい。今はそれよりも、調べものができたのでそちらを優先しなければ。将斗は昼食後の予定変更を考えながら、石を水道水で洗い始めた。



「本当に…追い出されちゃった…うわぁぁ…どぉしよおぉぉぉ!!」

 先ほど文字どおり追い出されてしまった戌月が、玄関先で悲鳴に近い声を上げていた。あたふたと、それこそ犬のようにうろうろしている。

「ただでさえ兄弟の中で起きるの遅かったのに…これじゃあ兄様と姉様達にあわせる顔がないっス!」

 頭を掻き、髪をぐしゃぐしゃにしながら、ドアをキッと睨んだ。開けて再び侵入したくても、鍵を掛けられてしまった。ドアを壊そうかと思ったが、〝現在〟の戌月では不可能、そもそも御主人様に迷惑をかけたくない。だが、そこで諦めていいわけがない。

「狐狗貍も目覚めてるっぽいし……早く御主人様に覚醒してもらわなくちゃ。どうにかして、またじゅーきょふほーしんにゅーしなくちゃ!」

 戌月は現代の言葉をひとつ、間違えて覚えたしまったようだ。志を胸に、再度御主人宅に侵入する事を決意した。まあ最初のは侵入ではなく、もともとこの家に居たのだが。

どうも急ぎ足になってしまった感が否めませんが、コレが今の私の全力です。


因みにこの作品は、ある意味タスクさんというユーザーのおかげで連載にこぎつける事ができました。この場を借りて、タスクさん、あの時のお言葉ありがとうございました。


次回も宜しく御願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ