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4話〜開幕

体の、奥底にあるもの。


それはきっと、この世に生まれた瞬間から存在して。

それは同時に、この世に生まれた瞬間に封印した物。



────けれど。

時は満ちて、封印は解かれた。

神のもたらした偶然。

あるいは、悪魔のもたらした必然によって。





∽開幕∽





男が肩に大鎌を担ぎ直し、顔に笑みを浮かべながら優斗ではなく伊吹を見る。


「危ないなぁ。今のは、結構死にかけたよ?」


言って、男が向けた視線の先には、コンクリートの壁に突き刺さった三本の矢が、衝撃の余韻に揺れていた。

伊吹が、優斗に鎌が振り下ろされる寸前で放ったものだ。

それが、風が強く吹くと同時に霧散して消える。


「なるほど。かなり強力な魔力の矢だ。さすがは、青龍の担い手ってところかい」

「ふん。世辞はいい。そなたならば、あの程度の矢が直撃したところで大したダメージを負うまい。それより…………」


そこで一旦言葉を切り、後ろ………伊吹のすぐ背後で、状況に全くついて行けずに呆けている優斗に、じろりと目を向けた。


「早瀬優斗。何故そなたがこんな場所にいて、しかも殺されかけているのだ?もしやそなた、馬鹿である上に自殺願望も兼ね揃えていたか?」

「へ?」


まじで殺される一秒前だった優斗は、伊吹のそんな一言でようやく我に返った。


「ふむ。ならば黙って殺されるのを静観しているべきだったか。いや、これは悪いことをした」

「そ、そんなわけあるか!いきなり襲われて、必死に抵抗してたんだよ!」

「抵抗………ね。わたしには、呆けたまま頭蓋を打ち抜かれる寸前のように見えたのだが?」

「な、なにをこの………痛っ!?」


伊吹の言葉に額に青筋を浮かべ、立ち上がろうとした優斗が顔をしかめた。

気が付けば、体中の筋肉がギシギシと悲鳴をあげている。


「………やはり、な。人間の体で無茶をし過ぎだ。一生寝たきりになりたくなくば、しばし動くな」


やれやれ、と溜め息をつきながら伊吹が優斗に言い、再び男と向き合う。


「お楽しみのところ悪いが、これから先はわたしが相手になろう。もっとも、これから先も楽しもうなどとは思わぬことだ」

「…………へぇ。なるほどね。そっちの子供は、妙だと思ったんだ。まさか、オーガ………それも青龍の担い手が裏で繋がっていたのか」


男の楽しげな言葉に、伊吹が表情を曇らせる。

僅かに口を尖らせながら、憮然と答えた。


「別に、繋がっているわけではない。偶然発見し、事情を説明してやったまでだ」

「へぇ、優しいんだね。いや、あるいは………死ぬよりも辛い選択肢を、突きつけたのかい?」

「…………………」


伊吹は、もう答えなかった。


ただ、低く姿勢を落とし戦闘体勢へと切り替える。


「さて、戦う前に一応聞いておこう。その“玄武の鎌”を大人しく渡す気はあるか?」

「まさか。僕はこれできみを殺して、青龍もいただくつもりなんだよ?」

「はっ、面白い。

───やってみるといい!!」


それは、優斗の目で追うことは出来なかった。

一瞬の踏み込み。

伊吹の体が漆黒のコートを翻し、腰に差してあった短剣を引き抜くと、刹那の間に男の懐へと迫っていた。

一撃のもとに男の首を飛ばさんと、短剣が横一閃に走る。


「あぁ。じゃあ、いただくとしようかな」


だが、一秒に満たないその動作に男は反応した。

近距離からの一撃を、手にした巨大な鎌の柄で受け止めると、そのまま伊吹の体を弾き飛ばす。

着地と同時に、再び踏み込みに入る伊吹を、今度は男も踏み込みで迎え撃ち、



「な……………」


優斗は、呆然とその嵐を眺めていた。

一撃ごとに必殺の重みを乗せて激突する両者に、優斗は全てを封じられる。


───ただ圧倒的だった。

言葉ではなく、目の前で繰り広げられるその現実に、少女が人間以外の…………否、人間“以上”の存在であると認識させられた。

突風のような疾走に、空を切り裂く刃。

視認すら出来ない両者の剣戟は、離れた位置にいる優斗を、物理的な圧力すら持って押しのける。


「なんで……………」


だが。

優斗の頭の中を支配したのは、驚きでも恐怖でもなく、疑問だった。


───踏み込み、旋風を伴った一撃が。

───迎え撃つ、閃光のような一撃が。



「なんで、見えるんだよ………」


自分自身に恐怖し、優斗が呟く。


人ならざる者が織り成す舞踏を、ただの人間にすぎない自分が見える筈がない。

だというのに、見えた。

いや、見えたのではなく、さらにその先。二人の動きを予想し、数手先をシュミレートし、迎撃手段および反撃手段を正確に脳内で展開していく。


────まるで。

体ではなく、頭が知っているかのように。



「っ、違う。俺は、こんなの知らない………!」


歯を食いしばり、優斗は思考に蓋をした。

そうしなければ、際限なく自分の知らない自分が広がっていきそうで怖かったのだ。


「っ────!」


一際高い衝突音に、優斗が戦いに目を戻す。

深く踏み込んでからの顎を目掛けた伊吹の肘打ちに、迎え撃つように男が鳩尾を狙って鎌の柄を突き刺した。

相討ち、二人の体が宙に舞い、着地する。


「っ、ぁ…………!」


否。

伊吹だけが、着地と同時にうずくまった。

伊吹の胸から赤い血が溢れ、足下に零れていくのを優斗は見た。


「あんの馬鹿、傷が………」


言葉と同時に、優斗は走り出していた。

なにを考えていたわけでもない。

ただ、考えるよりも先に、脳が体に命令を下したかのように走り出していた。

自分の体に、訳の分からない激痛が走るのを無視し。

自分の体が、明らかにヒトの限界を超えた速度を引き出しているのを無視して。



────再度激突する両者。

だが、傷の痛みで力の籠もっていない伊吹では鎌の一撃を受けきれなかった。

火花を散らして短剣が弾かれ、衝撃すら殺しきれずに伊吹がたたらを踏む。


「終わり、だ」


笑みを浮かべ、体勢すら整えきれていない少女へと、鎌を振りかぶった。

一撃で首を綺麗に跳ね飛ばそうと、少女に鎌を振り下ろす。



「おおおぉぉぉ────!!」


───振り下ろす、筈だった。


「なに───!?」


驚愕すらも間に合わない。

突如横から割って入った少年に、振り下ろした鎌を蹴り上げられ、それを引き戻す暇もなく拳打を顔面に貰った。


「ぐっ………!」


飛びそうになる意識をかき集め、追撃となる少年の回し蹴りをバックステップでかわす。

一度の跳躍で大きく間合いを離すと、鎌を握り直し、少年を見据えた。


………ただの子供と思い、襲いかかった。

少年は、信じられない直感と恐るべき判断力を持ってはいたが、やはり人間。

素晴らしい戦略を一瞬で展開させたものの、身体能力は伴わずに容易く捕縛された。



────そして、今。


頭痛をこらえるようにして肩で息をしている少年は、変貌していた。

人ならざる戦いに割り込み、オーガの少女を庇っている。

その姿は、最早ただの子供と侮れるものではなかった。


「そうか、貴様…………」


少年の有り得ない成長速度。

魔力すらない少年を見据え、


「───リミットブレイカー…………!」


恐怖すら込めた声で少年を呼び、夜の闇に消えるようにして飛び去った。



「…………りみっと、ぶれいかー?」


あっという間に消えた男が残した単語を、優斗は呆然と繰り返した。

今日は知らない単語を連発されるなぁ、などと優斗が痛む頭で考えていると、


「ぁ……………」


トサッという軽い音と共に、背後の伊吹が道に倒れていた。


「な、おいちょっと!大丈夫か!?」


全身が痛むのを我慢し、突然倒れた伊吹に大声で聞いた。

目を開けはしないが、呼吸はしているし整ってもいる。


「ったく、不老不死とか得意気に言っておいて、倒れてばっかじゃねえかよ………」


大きく溜め息を吐きながら、優斗も地面にへたり込んでいた。

気付かなかったが、なにやら頭の奥まで痛む。


「って………………」


そうして、ようやく安心して一息ついてから。

暗い夜の街。

人通りもないため、申し訳程度にある街灯が照らす道には、自分と地面に突っ伏している伊吹しかいないという状況にようやく気付き、



「どうすりゃいいんだよ、これ………」


誰にともなく、呆然と優斗が漏らした。

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