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3話〜始まり

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。

実は今回までがプロローグっぽいものだったのです。

これから物語を始めていければいいな〜と考えております。

「…………ふぅ」


今日1日を終えて、夜の十時半。

優斗は、パタリと敷かれた布団に横になった。

優斗の家は小さな一軒家で、今いるのが自室……というか寝室兼勉強部屋といったところか。

もっとも、早瀬家の住人は、随分前から優斗ひとりなのだが。



「…………………………」


ぼんやりと白い天井を眺める優斗の耳に、カチコチという規則正しい時計の音だけが入ってくる。


「…………はぁ」


深いため息を吐きながら、今日の夕方に、少女───月城伊吹の言っていたことに考えを巡らせる。



“───ヒトが、人ではなくなる瞬間を知っているか?”


「っ、馬鹿馬鹿しい………!」


頭に浮かんだ思考を振り払うように、優斗が上半身を起こした。


冷静になって考えれば、馬鹿馬鹿しい話だった。

人間が知らないだけで、世界にはオーガとナイトメアと呼ばれる存在がいて、しかも人間の社会に紛れ込んでいる。

魔力という物を扱う不老不死の存在で、この街の解明されない謎の事件に関わっている。


「…………はっ。まったく、なんであの場で笑い飛ばせなかったんだろ。あいつ、完全に電波系かな」


快活に笑い飛ばしたつもりが、口に出した声は乾いた笑い声になっていた。

馬鹿馬鹿しい、有り得ない事だと頭で切って捨てているつもりだったが、心のどこかで引っかかるなにかがあった。


すると、唐突に無音だった優斗の部屋に、携帯の着信音が鳴り響く。

机の上に置いてあった携帯を、のろのろと立ち上がって、優斗は手にとった。





∽始まり∽





「はい、もしも────」

「こらぁ!優斗っっ!!」


携帯から漏れだした大音響に顔をしかめ、とっさに耳につけていた携帯を遠ざける。

電話を掛けてきた主、高見千夏にも聞こえるように、優斗は盛大なため息をついた。


「あのな、電話なのに部屋に響くほどの音量って……お前、どんだけ大声で叫んでんだ」

「うっさい。優斗、あんたねぇ、人が貸したノートを返すの忘れてたでしょ」

「あ」


千夏の一言で、優斗は自分が借りていたノートの存在を思い出した。

今日わざわざ眠い体に鞭打って学校に行った理由は、テスト前なのに借りてしまったノートを返すためでもあったのだ。


「わ、悪ぃ。今日はぼんやりしててさ、完全に忘れてたわ」

「……………まぁ、あたしも忘れちゃってたから、優斗だけのせいじゃないけど。じゃあ、明日は絶対忘れないでよね」

「あ、あぁ。本当に悪かった」


ペコペコと電話越しに謝る。


「………………ねぇ」


遅刻して上司に謝るサラリーマンもこんな感じかなぁと考えていた優斗の耳に、やや間を開けた千夏の声が聞こえた。


「ん?」

「あんたさ、今日どうしたの?ずっとぼんやりしてたっていうかさ、元気なかったじゃん」


たはは、と軽く笑いながら千夏が優斗に聞いた。

心配している、と気付かれないようにしているつもりだったが、長い付き合いになる優斗には、不器用な心遣いが簡単に察知出来た。


「いやいや、元気がなかったんじゃなくって、ぼんやりしてたんだ。言ったろ?寝不足だって」

「あ、うん。そうなんだけどさ………」


なんていうか、と一度僅かに言いづらそうに言葉を切ってから千夏が続ける。


「あんたさ、昔からたまに元気ないっていうか考え込む時があるじゃない?」

「ん〜、そうだっけ?」

「そうだよ。しかも、そういう時は理由を聞いても教えてくれないしさ」


千夏の言葉に、優斗は苦笑する。

確かにふさぎ込むというか、一人で考え込む癖には自覚はあった。


「ま、大丈夫だから」

「だ〜か〜ら〜、あんたは毎回そう言うんだってば!本当になにもなかったの!?」

「ん…………?」


ほんの僅か。

優斗は千夏に、昨夜の出来事や月城伊吹の事を話そうと考えた。


………だが、首を振る。

月城伊吹の言っていたことが事実であるにしろないにしろ、無闇に話してはただ巻き込むことになってしまう。


「あぁ。なにもない。かえってなにもなさ過ぎるくらいだよ」

「そう。なら………いいけど。あ、明日はノート忘れないでよ?」

「了解。んじゃあな」


優斗は電話を切り、着ていた制服の上からジャンパーを羽織る。

今の時間からノートを写していたら夜中になってしまうので、近くのコンビニでコピーすることにした。


「えっと、これとこれと…………」


借りたノートを鞄に詰め込み、優斗は家を出た。







ノートのコピーを終えて、優斗は暖房のきいたコンビニを出た。


「う〜、風つえぇな……」


冷たい風の中を、自転車で10分ほどの位置にある自宅を目指す。

月が出ていて、見渡すことになんら不自由はないのだが、優斗は僅かに首を傾げた。


「その、なんていうか……………」


道を見渡し、再び月を見上げた。

空は月明かりのおかげで明るいが、照らされている筈の街は、どこか静かに感じさせる。

やけに人気がなく、妙に人通りのない街は不気味だった。


「………まぁ、最近物騒だしな。早く帰ろっと」


ペダルを踏む足に力を込めて、帰りを急ぐ。

少女の言葉が僅かに脳裏をかすめたが、優斗は無視を決め込んだ。

優斗の家までは、あと5分ほど。

帰ってからのスケジュールを組みながら、優斗は細道を曲がり────


「…………んぁ?」


それに気付けたのは………いや、気付いてしまったのは、偶然だった。

道にはっきりと浮かび上がっている、月明かりに映し出された影。

この道にある優斗以外の……そして、唯一の人影が、唐突に消失したことに。



「っっっ────!!?」


何故、今すぐに飛び退かねば死ぬ、などと考えたのか。

優斗にも理由は分からないが、気が付けば全身で感じた悪寒に従い、自転車を横に倒す反動で優斗は反対側に飛び退き、


「………あれ?おかしいなぁ、外しちゃったよ」


呆然と………いや、愕然と自分の自転車に、大きな鎌を深々と突き刺した男を見上げていた。


「な、…………!」


優斗の耳に、カラカラと倒れたまま空回りしているタイヤの音と、楽しげな男の声が聞こえてくる。


「ねぇ、きみ。何者だい?」

「あ……………」


顔に張り付いたような笑みを浮かべたままの男の姿に、優斗は凍り付いた。

体に走る悪寒は、既に極寒となり全身に鳥肌をたてる。


「ふぅん。魔力もないのに、危機感知能力は凄かったね」

「ま、りょく…………?」


優斗は動くことを放棄した頭ではなく、本能で理解した。

これは、人間ではないと。

少女の言っていた通り、見た目が違うとかそういった次元ではなかった。

巨大な鎌を肩に担ぎ上げているが、見た目はただの細身の男。

ただ、全身に叩き付けるようなナニかが男からは溢れていた。


「まぁ、たとえきみがなんであっても…………」

「はっ───!」


反応は、優斗自身が驚くほど速かった。

両手で地面を叩くようにして後方へと低く跳び、男から距離をとる。

そのまま、優斗が走り出そうと両足に力を込め、


「うん。やっぱり良い反応だよ」

「!」


優斗のすぐ耳元でした、楽しげな男の声に息を呑んだ。

今まで優斗が感じたことのない“殺気”というものが、すぐ後ろから放たれる。


故に、優斗は振り返らない。

危険を危険と確認するのは時間の無駄である。

瞬時に後ろに流れる体に急制動をかけて、体を前のめりに倒すと同時に、屈んだ姿勢から、後ろにいるであろう男に強烈な足払いを放つ。


「────!」


驚愕は、男のものだった。

武術の心得もなさそうな少年が、二度も自らの攻撃を回避し、更には反撃をしてきた。

本来は、一撃で殺されている筈の少年が、だ。


「ふ、────!」


男の驚愕の隙にも、優斗は止まってはいなかった。

たった一度きりの反撃をすると同時に、再び走り出す。

敵の体勢は完全に崩したから、あとはこのまま逃げ切れる筈だった。



が。


「かなわない敵だと見極めてからの素早い撤退。判断力も素晴らしい。けど………」

「っ…………!」


声は、頭上から。

想定外の事態に、思わず優斗は頭上を見上げてしまい、



「これで、終わりだね」

「がっ、ぁ…………!」


瞬間、男の細い腕が優斗の首を掴んでいた。

そのまま背中から壁に叩き付けられ、優斗の呼吸が詰まる。


「じゃあ今度こそ、さよならだ」


まるで、ガラス細工のように透明な鎌が振り上げられるのを、ぼんやりと見上げていた。

今の一撃だけで優斗の意識は遠のき、首を押さえられているだけなのに指一本動かなくなっていた。


…………ただ。


街で起こる連続殺人と、少女の言葉。

その二つだけを頭の中で反響させながら、振り下ろされた鎌を受け入れ────




────飛来した、三条の流星を見ていた。




「っ、うぁ………!」


どさり、と乱暴に地面に落とされて、優斗がうめく。


それに半瞬遅れて、辺りに響いたコンクリートを抉る音に、優斗は慌てて顔を上げて、



「………ふむ。警告はした筈だったが、やはり馬鹿には不足だったか」


スタンッと、軽やかに着地した少女に、視界を遮られた。


闇を映し出したようなコートと長い黒髪が、着地の余韻で揺れる。

小柄ながらも、弱さを微塵も感じさせない背中を優斗に向けて、少女は男に向き直った。


「………………月城、伊吹」


優斗は我が目を疑い、そしてどこかで確信しながら、優斗を守るようにして立つ少女の名前を呼ぶ。

頭が痺れ、まるで夢のことのように思えた。

そして。

絶命の危機にさらされているというのに、優斗の目は男ではなく、自らを守るように立ちふさがった少女から離れなくなっていることに気付いた。



「さて、遊びは終わりだ。覚悟はよいな?」


どくん、と。

体の奥深くにあるナニかが、大きく蠢動した。

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