Prologue〜月光
タイトルは軽いけどストーリーは重めカモです。
あ、でもなるべく暗くなりすぎないよう頑張っていきますね〜。
───空間を、火花が埋め尽くすような錯覚に囚われた。
激突のたび、巻き起こる旋風。
両者の凶器が奏でる音は、空を切り裂く稲妻のようで。
十合、百合、千合と、互いの命を奪うべく、その速度は加速し続ける。
終局へと猛スピードで駆け抜ける両者の剣戟はしかし、一向に終わりを見せようとはしなかった。
───視認出来る筈がない。
それも当然だろう。
瀑布の如く繰り出されるそれは、ヒトの目が捉えるにはあまりに速すぎたのだから。
人の身ではせいぜい、両者の駆け抜けた残像が視界に残る程度。
………だというのに。
眉間に放たれた、閃光のような一撃が。
それを弾き、返す刃で胴を薙ぎ払うその剣尖が。
見える筈のない、互いの命を奪い合う死の舞踏が。
両者の呼吸に至るまで。
………まるで、手に取るように理解出来てしまった───。
∽月光∽
「え〜、というわけで。今日から部活動は禁止。まぁもうじきテスト期間に入るから、家に籠もってきっちり勉強しておくように。以上」
そろそろ冬が本格化してくる12月。
ここ、風宮高校の二年B組の長々と続いたホームルームがようやく終わり、早瀬 優斗は教科書やらを鞄に詰め込み始めた。
なんでも、近々物騒な事件が多いもので、テスト期間の少し前から部活動は全面的に中止になったとのことだ。
「ん〜、ぁったく。話長いんだよ、あのバーコードメガネ」
窮屈に凝り固まった体を伸ばし、優斗が毒づく。
ちなみにバーコードメガネとは、このクラスの担任である中年化学教師につけられた、なんの捻りもないあだ名だ。
「なぁなぁ、早瀬。久しぶりにボーリングでも行かないか?せっかく部活ないんだしさ」
「ん〜?」
優斗の席のすぐ後ろ。
そこから前のめりになって優斗に話しかけたのは、一年の時に知り合った友人である坂井 亮であった。
ちなみにバスケ部。
さらにちなみに、バスケ部の補欠である。
「ん〜、じゃねぇんだよ!俺はな、この前のボーリング対決でお前に負けたのを引きずってんだ!だから今日はリベンジマッチな!」
「あぁ、残念ながら俺はバイトが入っているのだ。することねぇんなら、バスケの練習でもしてろよ」
常人であれば異常なまでのハイテンションだが、亮にとってはこれがいつも通りの勢いである。
優斗も最早慣れたもので、手早く帰り支度をしながら騒ぎ立てる亮を緩やかに受け流す。
が、そんな優斗とは対称的に、亮の勢いはヒートアップし続けた。
「バカヤロ!風宮高校バスケ部の秘密兵器と名高い俺にはな、練習なんて必要ねーんだ!」
「そかそか。三年間を秘密のまま終わらないよう注意しな」
「な、なにおぅ!この帰宅部風情が!!」
「やかましいわ。とにかく、今日は夜までバイトが入っ──ぁ痛っ!?」
優斗と亮の延々と続く問答を、スパン!という小気味よい音が遮った。
さらに言うのであれば、丸められたノートが優斗の頭を叩いた音だった。
「まったく。いつまでも大声で馬鹿なこと言い争ってないの」
「おぉ、いつもすまん」
頭を叩かれたノートを受け取り、そのまま優斗は鞄にしまう。
そんな優斗を見て、ノートの持ち主……つまるところの優斗の隣の席である高見 千夏は、額にピキリと青筋を浮かべた。
「いつもすまん、じゃないわよ。少しでもそう思うなら、毎回毎回テスト前になってノートのコピーとるの止めなさいよね」
ぶつくさと文句をこぼしながら、さらに数冊のノートを差し出す。
そして、やや茶色がかった肩のあたりまでの髪を揺らし、同色の瞳で再び優斗を睨んだ。
「だいたいね!バイトだのボーリングだの行ってたら本末転倒でしょうが。どうして部活が中止になったと思ってんのよ」
『………どうして?』
優斗と亮。
ダブルで聞き返され、がっくりと千夏が脱力した。
「本っ当に何も聞いてないわけ………?
あのね、最近物騒な事件が多いでしょ?殺人事件やら失踪事件やら。おまけにこの前は原因不明の爆発事故があったし」
「あ〜、この前のガスバス爆発な」
「あほ。バスガス爆発だ」
「………………はぁ」
亮のボケに優斗が突っ込むという無限ループに、千夏は目眩と頭痛に同時に襲われた。
だが、そこはさすが。
優斗とは小さい頃からの付き合いだけあって、立ち直りは早い。
「とーにかく!最近は物騒だしテストも近いから部活は中止になったんでしょーが!なのにフラフラ出掛ける予定なんか立ててんじゃないわよ!」
「おーおー、優斗くんのことが心配ですかな?高見ちゃんは〜」
「んな!?違うッ!」
亮の横槍に千夏が全力で叫ぶ。
だが優斗だけは二人のやり取りに加わらず、やや真面目な顔で千夏を見た。
「ってか、物騒な事件に気をつけなきゃなんないのは普通は女の子の方だろ。お前こそ気をつけろよ」
「え?う、うん。分かってるわよ、そんなこ───」
「安心しろ早瀬!」
予想外の真面目な優斗のセリフに戸惑い、困惑する千夏の言葉を亮が遮った。
そのまま千夏の肩をバシバシと叩く。
「お前も忘れたわけじゃあるまい!なにを隠そう、この高見は我が風宮高校の───」
「はッ!!!」
「ぶわぁ!?」
一瞬の抜刀。
というか、机の横にあった竹刀を竹刀袋に入れたまま、千夏が豪快に亮の顔面をぶん殴ったのだ。
机やら椅子やらを派手にすっ飛ばし、ようやく停止した亮はピクリとも動かなくなっていた。
………なにを隠そう、身長もさほど高くない華奢な彼女だが、全国で上位に食い込む程の剣道部員の、しかも主将であった。
「お、お〜い、坂井。生きてるか〜?」
多分、だめだ。南無。
◆
「ぉぉぉぉ!?まじ寒ぃ!」
高校生の許されるバイト時間───すなわち10時までのバイトを終えて、優斗は声にならない悲鳴を上げながら自分の自転車に跨った。
優斗の家は、優斗がまだ小さい頃に両親が事故で亡くなったため、今は優斗のバイトと伯父からの仕送りで一人暮らしをしているのだ。
とはいえ、高校に入ってから働いているスーパーなので、今ではレジでも品だしでも何でも来いといったところだ。
「さっみぃな、こんちくしょう」
誰にともなく文句をつけ、かしゃんかしゃんと自転車をこぐ。
12月はじめの気温は、制服だけでは凌ぎがたい寒さだった。
夜とはいえ、幾分かは明るく照らしてくれる筈の月は、薄くかかった雲に隠されて、その光を遮られていた。
暗い夜の闇。
月光さえも遮られた暗闇は、あの時の、優斗の頭に焼き付いた光景を思い出させた。
未だに消えない、そして恐らくは一生消えることないその光景───。
◆
暗い、くらい、クライ闇だった。
光なんてものが産まれるずっと前で、己も両親も闇に包まれた。
否、それは世界の全てが闇に閉ざされているかのような錯覚。
ここにいたのは一瞬前からなのか、あるいは永劫の過去からなのか。
五感の全てはずいぶん前に麻痺した、ような気がした。
───ナイ。
光も、己も、家にいた筈の両親も、そして時間さえも。
すべては否定され、無へと変わった。
だから、きっとこれは天罰。
誰かの悲鳴と、必死の叫び声が聞こえた。
…………誰かの?
記憶が、繋がらない。
自分が、繋がらない。
意識が、繋がらな───
「っっっ───!!?」
条件反射のみで、優斗は自転車のブレーキをかけた。
一列に並ぶ街灯に照らされた道に、急ブレーキの音が響く。
「っ、あ、はぁ、はぁ、は………」
荒く乱れた呼吸のまま、寒かった筈なのに自分が汗を浮かべていることに気づき、額を腕で拭った。
「は、ははっ、悪い癖だな、おい。いつか事故起こすっての……」
笑い飛ばしているつもりで口にした言葉は、ひきつったような震えた声になった。
───もう15年以上も前の記憶だ。
たまに夢に見ることはあっても、ここまで鮮明に思い出したのは久しぶりだった。
「………ったく、未だに引きずってんのかよ…………」
ガス漏れ事故があった。
両親は、ガス中毒と酸欠で死亡。
自分だけは奇跡的に、後遺症もなく助かったのだ。
ようやく歩けるようになったばかりの頃だったので、記憶は定かではない。
ただ覚えているのは、苦しかったこと。
そして。
まるで、この夜のように、とても暗い闇に覆われていたことだ。
「っと…………」
ふと。
優斗の視界の端に何かが引っかかり、再びブレーキをかけていた。
見えたのは、人通りの少ない道路の街灯に照らされ、端のブロック塀に寄り添えられている黒い物体。
「ゴミ……じゃない。人………かな?」
それは、黒いビニールに入れられたゴミのようにも見えるし………うずくまった、人に見えなくもない。
………近寄りたくはない。
が、優斗のアパートに帰るにはこの道を通らなくてはならなくて。
しかも、遠回りなんてせずに、今は早く家に帰りたいわけで。
「うぅ………」
小さくうめき声を上げながら、優斗はスルーという選択肢をとった。
ゴミなら別にいいし、人だとしてもきっと酔っ払いの類だろう。
関わる必要はない。
静かに。
しかし、なるべく速くその横を通り過ぎようとして───
「んぁ?」
パシャリ、と。
まるで、水たまりの上を走ったかのような音がして、優斗は首を傾げた。
そのまま前のめりに、タイヤの前輪を確認しようとして、
「な───!?」
勢いもそのままに、派手な音を立てて自転車ごと倒れた。
とてつもなく痛かったが、それどころではない。
タイヤの前輪。
いや、薄暗い街灯に照らし出された道路には、真っ赤な血が水たまりのように広がっていたのだ。
それも、先程の道端にあった黒い塊から、流れ出るようにして。
「ぁ、っぁ………」
絶叫することすら出来きず、足には力も入らない。
だというのに、目だけは優斗の意識とは関係なく、先程の黒い塊を捉えてしまった。
───そう。
ブロック塀に体を預けるようにして、うずくまっていたその少女を。
明らかに異常といえる出血量だった。
だが、優斗が転んだ音に反応したのか、少女の目はうっすらと開かれ、確かに優斗を見ていた。
「───きゅ、救急車!?」
未だ混乱した頭で、それでも何をすべきか判断し、ポケットから携帯を取り出してボタンを押した。