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忘らるる神の欠片~眠り男の英雄譚~  作者: rit.
あくと1. 王都は怖いところ?
9/59

やっつめ。

 なんだろう。

 今、盛大な空耳を聞いたような気がする。


 呆気にとられるキアラの目の前で、ジィンは木箱の上に片膝を立て。その上に顎を乗せた。

「おやすみ」

 そして、礼儀正しく一言。


「え、ちょっとあの?」

 キアラが止めるまもなく、その数瞬後。

 すう、と安らかな寝息が聞こえた。

 すばらしいまでの寝つきのよさ。赤ん坊よりも寝つきがいいんじゃないだろうか。


「ていうか、なんで寝てるの、この人?」


 まだ、これが乗合馬車の中とか。移動途中の獣の上とか。そういうことなら話はわかる。

 けれど、ここは公共の場で。おまけに道で。仮に雨とかが降ってきたとしても屋根なんかはないし。いや、それよりも前に、こんなとこで寝るなんて、ちょっと用心が悪いような気がするのだが。

 お財布とか、取られちゃっても知らないよ?


 途方に暮れたまま、キアラはすうすう眠るジィンの顔をみつめた。

 大地の民にしては、白く滑らかな肌。通った鼻梁に薄い唇。長いまつげ。


 ……なんか、私よりも美人じゃない?


 さらりと通りを渡る風に、灰色の髪がとける。

 獣のような耳が、時折ぴくりと音に反応するのも、またかわいらしい。


 なんかいろいろ、負けてる気がする。


 そんな感想を胸に、キアラもまた、木箱に腰をかけて通りを眺めた。

 せわしなく行き交う人々。いろいろなものに、無関心なその横顔。

 王都って言うところは、どうも人と人との関係が希薄らしい。

 たまに困ったふうな人がいても。気づいていながらも、そのまま立ち去ってしまう人の、なんと多いことだろう。


 しばらくそのまま、通りを眺めていたキアラだったが、そのうち腹がぐうとなって。

 ふと、われに返った。

 まだそう長い時間がたったわけではないが、ジィンはいつまで眠るのだろう。

 その秀麗な横顔をみつめて、頬をちょっとつついてみたりもしたが、ジィンが起きる気配は微塵もない。すうすうと気持ちよさげな寝息をたてるばかりである。


「まぁいっか」


 どうせ、いくあてがあるわけでもないし。

 お金もないし。

 起きるまで待ったとしても、そうなにか困るわけでもないし。


 そう開き直って、キアラもまた、膝を抱えて顎をその上に乗せてみた。

 うん、意外とくつろげるかもしれない。と、そんな感想を抱く。

 

 不穏な香りが鼻先を掠めたのは、ちょうどそんなときだった。


 え?


 森では、時折かいだ香り。そう、特に狩りのときに。

 濃厚な、命がこぼれる香り。

 あかくあかく、ながれる死の香り。

 この王都の雑踏には、あまりにも不似合いな。


 膝を抱えていた手をそっとはなし。キアラは油断なくあたりを窺った。

 耳を動かして、音もさぐる。

 そうすると、ちょうど香りが流れてくる方から、ぱたぱたとせわしなく駆ける音が聴こえた。そしてその後からは、乱雑に続く複数の足音――それもおそらく、武装した。


「いた、ジィン!」


 声と共に、雑踏から飛び出してきたのは、まだ10をいくつか過ぎた程度にしか見えない、育ちのよさそうな少年だった。

 やわらかく波打つ、金色の髪。夏の空の色を移した瞳。

 のばされた腕は白く、少女のように繊細だ。


「ジィン、助けて……って!」


 抱きつくように、ジィンに手を伸ばし。

 そして、一瞬動きを止め。

 ついで、少年は顔から血の気を失った。


「寝てるし!!!」


 その声は絶望を色濃く宿したまま、雑踏に溶けて消えていった。

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