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忘らるる神の欠片~眠り男の英雄譚~  作者: rit.
あくと1. 王都は怖いところ?
8/59

ななつめ。

「あ、あの……?」


 キアラの口許は少なからずひきつった。

 恐らくだが。キアラの認識に間違いさえなければ。

 今、この場面は重要な局面を迎えているはずである。


 王都に出てきて、財布をなくし、困っている少女。

 たまたま通りがかった同種族の、恐らく頼りになるであろう男。

 助けを求める少女。

 かっこよく!!その願いを容れる男。


 昔から吟遊詩人がよく謳う、英雄譚はすべてここから始まるはずだ。

 勇者だって、助けを求められなければ、冒険には出ないはずなのだ。


 それなのになぜ。

 この男はあくびなんて呑気にしているのだろうか。


「あぁ、ごめん」


 キアラの呆気にとられた眼差しに気がついたのか、ジィンは軽い調子で謝罪を口にした。

 悪びれぬ様子で頭をかきながら、またあくびをひとつする。


「なんか眠くてさ。それで、なんだっけ?」


 呆気にとられたまま、キアラはゆっくりと瞬いた。

 言うなれば、英雄的存在をこの場面で担うであろうこの男が、こんな調子でいいのだろうか。

 いや、あんまりよくないだろう。絶対よくない。


 傍観している分にはいいかもしれないが、英雄が英雄になってくればければ、キアラの窮地は救われない。

 もっとも、お金だけを借りられればすむ話ではあるのだけれど。

 そこはたぶん。気分の問題なのだ。


 あくび。それも顎が外れんばかりの大あくび。

 話の途中なのに。

 恥を忍んで、助けてくれないかと頼んでいるのに。


「つまり、ですね」


 謙虚に頼むのはもうやめだ。

 ごくりと、果実水の最後の一口を豪快に飲み込んで、手の甲で口の辺りをぬぐった。


「私が聞きたいのは、私が財布を落としたという話を聞いて」


 腰に手を当てて、ジィンの前に回りこむ。

 ずいっと身を乗り出して。その金色の綺麗な瞳を覗き込んだ。


「かわいい同族の妹の窮地を。もとから助ける気だったのか、それとも今、助ける気になったのか、ということです」


 ジィンはその言葉に。一言で言うなれば、きょとん、とした。

 言葉を吟味しているのか。数回まばたきを繰り返す。


「なんだか、すごく、前向きな質問だな」


 あふ、とさっきからすれば、いくぶん遠慮がちなあくびをもうひとつだけして、ジィンは苦笑まじりにつぶやいた。


「助ける以外の選択肢はないのか?」


 からかうようなその口調。

 まぁ、たしかに普通なら。

 『助けない』『いやいや助ける』『乗り気で助ける』『他の手を考える』くらいの選択肢はあってしかるべきだろう。


「絶対に助けてくれると、信じていますから」


 ここまで精緻な紋様を腕もつ、同種族の男。しかも、年上。

 この王都で。この困った局面で。

 勝手な言い草だと、理性ではわかっているが。

 このタイミングで現れてくれるのだから。

 ヒーローにちがいないのだ、この男は。少なくとも自分にとって。


「まぁ、あれだ」


 ジィンの口許に、からかうような笑みが浮かんでいる。

 ここはもう、しょうがない助けてやるか、という流れに違いない。


 期待を眼差しにのせて、みつめるキアラにジィンは言った。


「おれ、眠いからちょっと寝るわ。悪いけど、その話はまたあとでな」

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