ななつめ。
「あ、あの……?」
キアラの口許は少なからずひきつった。
恐らくだが。キアラの認識に間違いさえなければ。
今、この場面は重要な局面を迎えているはずである。
王都に出てきて、財布をなくし、困っている少女。
たまたま通りがかった同種族の、恐らく頼りになるであろう男。
助けを求める少女。
かっこよく!!その願いを容れる男。
昔から吟遊詩人がよく謳う、英雄譚はすべてここから始まるはずだ。
勇者だって、助けを求められなければ、冒険には出ないはずなのだ。
それなのになぜ。
この男はあくびなんて呑気にしているのだろうか。
「あぁ、ごめん」
キアラの呆気にとられた眼差しに気がついたのか、ジィンは軽い調子で謝罪を口にした。
悪びれぬ様子で頭をかきながら、またあくびをひとつする。
「なんか眠くてさ。それで、なんだっけ?」
呆気にとられたまま、キアラはゆっくりと瞬いた。
言うなれば、英雄的存在をこの場面で担うであろうこの男が、こんな調子でいいのだろうか。
いや、あんまりよくないだろう。絶対よくない。
傍観している分にはいいかもしれないが、英雄が英雄になってくればければ、キアラの窮地は救われない。
もっとも、お金だけを借りられればすむ話ではあるのだけれど。
そこはたぶん。気分の問題なのだ。
あくび。それも顎が外れんばかりの大あくび。
話の途中なのに。
恥を忍んで、助けてくれないかと頼んでいるのに。
「つまり、ですね」
謙虚に頼むのはもうやめだ。
ごくりと、果実水の最後の一口を豪快に飲み込んで、手の甲で口の辺りをぬぐった。
「私が聞きたいのは、私が財布を落としたという話を聞いて」
腰に手を当てて、ジィンの前に回りこむ。
ずいっと身を乗り出して。その金色の綺麗な瞳を覗き込んだ。
「かわいい同族の妹の窮地を。もとから助ける気だったのか、それとも今、助ける気になったのか、ということです」
ジィンはその言葉に。一言で言うなれば、きょとん、とした。
言葉を吟味しているのか。数回まばたきを繰り返す。
「なんだか、すごく、前向きな質問だな」
あふ、とさっきからすれば、いくぶん遠慮がちなあくびをもうひとつだけして、ジィンは苦笑まじりにつぶやいた。
「助ける以外の選択肢はないのか?」
からかうようなその口調。
まぁ、たしかに普通なら。
『助けない』『いやいや助ける』『乗り気で助ける』『他の手を考える』くらいの選択肢はあってしかるべきだろう。
「絶対に助けてくれると、信じていますから」
ここまで精緻な紋様を腕もつ、同種族の男。しかも、年上。
この王都で。この困った局面で。
勝手な言い草だと、理性ではわかっているが。
このタイミングで現れてくれるのだから。
ヒーローにちがいないのだ、この男は。少なくとも自分にとって。
「まぁ、あれだ」
ジィンの口許に、からかうような笑みが浮かんでいる。
ここはもう、しょうがない助けてやるか、という流れに違いない。
期待を眼差しにのせて、みつめるキアラにジィンは言った。
「おれ、眠いからちょっと寝るわ。悪いけど、その話はまたあとでな」