いつつめ。
キアラは、事態が飲み込めないまま、ただ幾度か目をしばたいた。
純情少年はどこにいってしまったのだろう?
まるで世をひねたような眼差しをしてこちらを見ているこの少年は、本当に先ほどの少年と同一人物なのか。
「ぽけっとした顔をしてるから、やりやすそうだと思ったんだよね……考えることはみんな一緒ってわけか」
「……やりやすいって、なにが?」
もしかして、二重人格じゃないのか、と思いつつも、そう聞くと。
少年は馬鹿にするのを通り過ぎて、逆に同情したような顔つきになった。
「馬鹿じゃねえのか、ねーちゃん。おいらはねーちゃんを騙そうとしたんだよ? だって、騙しやすそうな顔してるから」
少年が説明してくれたところによると。
腹が減ってしょうがないから、半分お金を出して欲しい、半分は買った分を返すから。
そういって、相手に半額を出してもらって、それをもったままとんずらするのだそうだ。
成功するポイントは、食べ物屋の店先で買おうかどうかを悩んでいた観光客(それも田舎から出てきたぽいひと)を狙うことらしい。
運がよければ、全額分を出してもらえたりすることもあるのだとか。
「財布だって、どうせぽけっとしてるときに、掏られたとかそんなんだろ? さすがにかわいそうだから、授業料はタダにしておいてやるよ。ねーちゃん、王都に順応できなさそうだし、早めに里に帰った方がいいと思うよ」
んじゃ、またねー
ひらひらと面倒くさそうに手をふって、人波まぎれていく少年の背中を、キアラは半ば呆然としたまま見送った。
あんなに純情そうに見えた少年が、詐欺師。
まぁ、片手間に小遣いを稼ぐようなものだが、それでも人を騙すのは詐欺師に違いない。
それも充分に驚きだが、馬鹿にされた挙句同情され、手の内をばらしてもう引っ掛かるなよと、明らかに年下の少年に諭されるのはいかがなものか。
ちょっと。
いや、大分情けない気がする。
というか、あんなに小さな子供までが犯罪者。
都会というところは、なんて恐ろしいところなんだろう。
目的のおうじさまを遠目に見ることさえ果たしていなかったが、もはや森に帰りたい気分だった。
けれど、問題点がひとつ。
帰るといっても、どうやって帰ればいいのか。
お金もないのに。
はぁぁ、と溜息をついて、箱の上で膝を抱え込む。
その膝に顔を埋めようとして、キアラははっと顔を上げた。
鼻先をかすめた、かすかな香り。
森の奥にある、〈世界樹〉の。翡翠色の幹をいぶして出来る香のような。
爽やかで懐かしい香りが、ふわりと風に溶けた。そんな気がした。
そうして、視界の端をかすめた、あの模様は。
キアラは箱を後ろに蹴り倒すようにして、路地を飛び出した。
「待って!」
叫んだキアラに、道行く人が驚いたように振り返る。
「待って、あにさまっっ!!」
見えたのは、ほんの一瞬だったが、キアラの目はいい。
絶対に見間違えじゃない。
目深にかぶったフードつきのローブの下から、ちらりとみえた、二の腕。
太くたくましいその腕に見えたその紋様は、大地の民が成人の儀のときに自ら彫りこむ刺青だ。大地をたたえ、世界樹をたたえた祈りの紋様。
「待って!!!」
もう一度鋭く叫んで、キアラはローブ姿の背中に追いすがった。
必死で手を伸ばして、ローブの端をつかむ。
はらり、とローブが。
その頭から、すべりおちた。
こぼれたのは。灰色の長い髪――
次こそ、ヒーロー?登場でしょうか……