とおと、むっつめ。
「……イシュゾクカンの婚姻?」
「まだ幼い、わが同胞。お前の心を知りつつ、森を閉ざした長老たちを、おれは責めることは出来ないよ」
頬を伝う涙を、ジィンの太い指が、ためらいながらもぬぐっていく。
けれど、涙は次から次へとあふれ、自分でも不思議なくらいに止まる気配を見せなかった。
「大地の民、わたしはお前を知っている。神子の神殿、資料館の男だな」
少しばかり、かたいおうじさまの声音が、響く。
ジィンの腕がほんの少し緊張をはらんだけれど、ジィン自身が答えることはなかった。
「異種族間の婚姻とは、どういうことだ」
「……たとえば。犬が猫を伴侶に選ばないように、大地の民も普通は人間に興味をもたない。けれど、
ごく稀に。人間を伴侶に選ぶ者もいるんだよ。まぁ、大地の民は寛容だから、別段それ
だけならば、長老たちも森を閉ざしたりはしなかっただろうさ」
いつか、種族の違いに泣くかも知れない幼い子供を憂えはしても。
「だけどさ、相手が君なら。大地の民としてもほうっておくわけには行かなかっただろう。ロータス陛下。君にキアラを……大切な一族の娘を渡すわけには行かない」
ぴりぴりと、空気が張り詰めていく。
口を挟めないまま、ジィンとおうじさまの会話を聞くしかないキアラをぎゅうっと力をこめて抱きしめて。
「そしておれも。キアラと出会ったんだ。君なんかに渡しはしない」
「……ジィン?」
不穏な空気が重苦しくて。
キアラが戸惑った声を上げれば、ジィンは呼びかけにこたえる代わりにさらに腕に力をこめた。
「キアラも。かけらも。君には渡さない」
宣言するようなジィンの声が、背中から腹の底へと深く響く。
「宣戦布告というわけか」
「そんな大層なものじゃないさ。ただ、渡さないといっているだけだ。大地の民の総意としてもね」
大地の民は、おうじさまを嫌っているというのだろうか。
こんなにも、せつなくわらう、かなしいひとを。
弱きものをたすけることを身上とし、助力を仰がれればまず断らないはずの大地の民が。
おうじさまを助けなかった、つまりそういうことだろうか。
「おまえと同じことを、三十年前にもおまえたちの長老からきいた。だが、わたしはキアラの言葉を信じてただ待っていた。待つことに、疲れたことも確かにあるが。――そうして、キアラは確かに私のもとへとやってきた。これはつまり。おまえたちの負けだということになるのではないのか」
「まだ、負けてはいない。キアラは渡さない」
キアラの意志を無視して、二人の会話は続けられていく。
「ひとつ、聞きたい。森を閉ざすとはどういうことか」
不毛な会話はしばらく続き。
ようやくおうじさまが、違う話題を口にした。
「言葉通りだ。森を閉ざせば、なんびとたりとも、大地の民の里へは来れなくなる。たとえ、同じ大地の民だったとしても、だ。時間の流れが、道を閉ざす。里の中と外では、流れる時間の速さが異なるのさ」
答えるジィンに、空気がまた少し、重くなった。そんな気がした。