とおと、いつつめ。
ジィン。
同族のにおいは無条件に安心感をもたらす、そんな気がする。
けれど、そう思ったのは一瞬だった。
「その通りだ、キアラ。森へ帰るといい」
「おうじ、」
「よすんだ、キアラ」
「離して、ジィン!」
おうじさまと。背後にいるジィンが。
なぜか結託して、自分をおうじさまから引き離そうとする。
伸ばされた手を、なぜか避けてしまったけれど。別に、それは何か意図したわけではなく。
「離して! 会いにきたのに!!」
助けに行くはずだったジィンが、なぜ唐突にここにいるのか。
先に行ったはずの、カッツェはどこにいったのか。
ううん、そんなことはどうでもいい。
それよりも、どうして邪魔をするの?
おうじさまから、森へ帰れと拒絶された孤独感は、ジィンのぬくもりにほんの一瞬。癒されなかったとは言わない。
でも、それに安心してはいけないのだ。
背後に甘えたいわけじゃない。
今は、おうじさまに。きちんと気持ちを伝えなければ。
そんなにも、悲しい顔をしているおうじさまに。笑ってもらいたいのだと。
そんな顔をさせるためにきたのではないのだと。
きちんと、最後まで伝えたいのに。
ジィンの腕を振りほどこうとして力をこめるのに、力強いその腕は、まるでびくともしない。
叩いても、ひっかいても。ジィンはただ抱きしめ続けるだけ。
「おうじさま、私、会いにきたのよ? 成人する日を指折り数えて待ってた!」
あの日。ふらりと森にやってきた彼を、好ましいと思った。
それはたぶん。恋愛感情とか、そういうものとは少し違って。ただ、なんとなく好きだった。
一緒にいた時間。
一緒に笑ったこと。
話したこと。
やさしい雰囲気。
心地いい時間が、静かに流れて。それがもっと続けばいいと思っていた。
「そんなに時間がたってたとか、思わなかった。どうして、どうして三十年も経ってるの?!」
だから。
困っているのなら、助けようと思った。
味方になろうと思った。
すべてが円く収まったら。おうじさまはきっと、もっと屈託なく笑って。
もっとやさしい時間が流れると、無邪気に信じていた。
「どう、して……」
熱い何かが頬を伝って落ちていった。
視界がゆがむのは、なぜ。
おうじさまが、まるで自分が苦しいような顔をして、こちらをみつめ続けていた。
「異種族間の婚姻は、防がれるべきだと思ったのだろう」
背後から抱きしめるジィンが、低くそう言葉を継いだ。