とおと、よっつめ。
おうじさま、と。呟いた声は、言葉にはならなかった。
寂しげなまなざしが、自分を見下ろしている。
「やっと会えたのに、君はマーリを選ぶのかい」
その言葉は、別段咎める響きは持っていなかった。
ただ哀しくて。
ただ切なくて。
ただ――それだけ。
「マーリを選ぶのなら。わたしは――」
呟きながら、自分に向かってのばされた手を。
反射的に避けた。
――避けてしまった。
殺意を向けられたわけでも。害意を向けられたわけでもないのに。
とっさに体が動いてしまった。
ほんの一瞬。おうじさまの瞳は見開かれて。ついで、静かに伏せられた。
「そうか」
「おうじ、さ……」
「いいのだ、キアラ。それは、仕方のないことだ」
あおい、あおいまなざしが。
再びゆっくりとこちらを捕える。
名前を呼びたいのに、それはもう言葉にすらならなくて。
ただ、泣きたいくらいに悲しかった。
別に。マーリを選ぶつもりはなかった。おうじさまを選ぶつもりもなかった。
二人が敵だったらどうしようとは、確かに思ったけれど。
おうじさまの口調に、マーリへの憎しみは感じられなかったから。だから。
「――森へ、お帰り。キアラ。今ならまだ、君を見逃すことが出来る。君のようにまっすぐな目をしたひとには。ここは悲しすぎるよ」
「どうして」
ほんの一瞬の拒絶に、おうじさまは何を見たのか。
くちびるをかみしめて、問えば。彼は自分が痛いような顔をした。
どうして、そんな顔をするの。
どうして、そんなことを言うの。
伸ばされた手を、思わずよけてしまったのは。
おうじさまのことをきらいだからじゃないの。
そんなことを、言わないで。
そんな悲しい顔をしないで。
私は、ただあなたに会うためだけに、ここまで来たのに。
私はまだ、約束のひとかけらさえ。果たしていないのに。
「人間の社会は複雑だからだ、キアラ」
胸の中で渦を巻く、たくさんの声。疑問。悲しみと、涙。
もてあまして立ち尽くしていれば。
答える声は、背後から聞こえた。
伸びてきた腕が、あっという間にキアラの体をからめとる。
「相手を憎んでいても、手を組み。相手をいとしんでいても、その命を奪う。おれたちには理解できない生き物だからだ」
安心感のあるぬくもりを、背中に感じる。
もっと悲しい顔つきになったおうじさまの顔をみつめれば、彼はただゆっくりと瞬いた。
その瞳が、かなしさと絶望を映して。
ふと。昔のように寂しくてたまらないのに、優しさに溢れている。不思議な笑みを浮かべた気がした。