とおと、ひとつめ。
カッツェと合流して、神殿の中を歩く。
空気がぴんと張り詰めて、居心地はこの上なく悪い。
嵐の前の静けさとか。なんだかそういう不穏な言葉がぴったりとくるような雰囲気だ。
誰にもあわず、まっすぐ廊下を歩く。
カッツェの足取りに迷いはなく。いくつか廊下が交わるところもあったけれど、立ち止まることさえしないで、ただひたすらにまっすぐに進んだ。
進めば進むほど。
不穏な空気が色濃くなっていくような気がする。
肌が、ぴりぴりとする。たとえば猫が、体中の毛を膨らませるように。産毛までがちりちりと総毛立つような気がするのだ。
このまま進みたくないというのは、本能だろうか。
明確な根拠はなく。
ただ、気の進まなさが。
歩みをおそめる。
歩くのがそう早いとも思えない、カッツェとの距離がどんどん開いていく。
空気が体にまとわりついて、動きを阻害するかのようだ。
とろみのあるスープの中でもがけば、こんな気持ちを味わうことが出来るかもしれない。
「カッツェさ……」
けれど、さすがにこれ以上間があくのは危険だ。
そう判断したキアラが、声を上げようと口を開く。
だが。
カッツェを呼び止めることは出来なかった。
濃度の高い空気が、声をも阻む。
そして。
骨ばった手が。
なんの害意もなく、のびてきて。口をふさいだから。
「キアラ」
その手を払いのけようとする、その動作さえも。緩慢になる。
拒絶が遅れ、そのまま腰を引き寄せられる。
懐かしいにおいが鼻先をかすめ、キアラは相手を押しのけようとしていた、その力を思わず緩めた。
「……キアラ。キアラなんだろう?」
かすれた、声。
今にも泣き出しそうな調子で、ささやくように、名が繰り返された。
体を拘束してくるその手さえ、かすかに震えているような気がする。
懐かしくて、せつなくて。抱きしめたくて。
押しのける代わりに、キアラは。
そっと相手の服をつかんだ。