とお。~Side:マーリ
「つまり、だ」
静かな部屋の中に、自分の声だけが妙にはっきりと響いた。
「ぼくは、さらわれたのか?」
だれに?と言うのはわからない。
ただ、あまり歓迎すべき状況でないことだけは確かだ。
連れ去られた姉と、自分と、背後から来た何者かの位置関係から考えるに。
姉を連れ去った連中と、自分を拉致した連中が、協力関係にあるというのは、少し考えにくい。
まぁ。
姉を連れ去った連中の仲間が、なんらかの事情で別行動をとっており、あとから追ってきたときに。こっそり後をつけている風だった自分に気づいて捕獲した、という可能性もなくはないのだが。
なんとなく、違う気がする。
明確な、理由など何もないのだけれど。
ただ、なんの目的もなくさらったのだとも思えはしない。
着ていたものこそ、そのままだが。
あまりに、整えられた、豪奢すぎるこの部屋。
それも、王族が使う部屋の調度にあまりに似た家具。
室内。雰囲気。
これはもう、どう考えても、自分が先王の息子マーリであることを知っているとしか考えられない。
なんの理由があるかなんてことは、さっぱりわからないのだけれど。
ひとつ、確信を持って思えることは。
これを画策したのが、おそらく、今現在王の位にある、ロータス叔父ではないということくらいだ。
今現在敵対している人物を誉めるのもあまり気が進まないが、叔父が噛んでいるならば、もう少しこの部屋は趣味がいいはずだと思うのである。
明らかに、城に似せて作られた部屋。
けれど、何かが違う、趣味の悪い部屋。
「……気持ちわる」
思えば、ここは王の部屋に似ている気がする。
父がまだ生きていたころ。遊びにいった、父の居室に。
まぁ、格段にこちらのほうが趣味が悪いのだが。
いったい、自分をさらった人間が、どういった意図を持っているかわからないことには。
どうにも手のうちようがない。
あのお人よしの大地の民は、どうしただろうかと。
ふと、自分が強制的に巻き込んだお人よしの男を思ってみる。
そろそろ、自分が残した暗号には気づいてくれただろうか。
姉の救出に動いてくれているだろうか。
できればそのついでに自分のことも助けて欲しいものだが――
こうなっては、それもむずかしいかもしれない。
ごろんと諦めて寝台に寝転んで、天蓋の内側をみつめる。
そこには、空ろなる存在《もの》、創世の神、セリヌンティウスが己の存在に気づいて孤独に涙する、という内容の宗教画が描かれていた。
その涙をみつめて思う。
死すべき神子、伝説上のかのひとは。
自分の存在を疎んだりはしなかったのだろうか。
自分が死すべき宿命を負って生まれてきたから。
世界もまた、いつか終焉を迎える宿命を負ってしまった。
姉が予知した砂禍の飛来は、終焉の前兆だといわれる。
くわしいことは自分もよく知らなかったが。
砂禍は、滅びをもたらす神子の欠片だ。
落ちた周辺を、命の芽生えぬ大地にかえてしまう、わざわいのかけら。
「叔父上……」
砂禍など、飛来しなければよい。
死すべき宿命の神子も。最初からいなければよかった。
セリヌンティウスが己が孤独に気がつかなければ。
世界は、生まれなかったかもしれないけれど。未来永劫、変わることなくいられたのに。
「……おじうえ」
まなじりから、こぼれおちた何かが、こめかみの辺りに流れ落ちるのを自覚する。
昔。
父もまだ、存命だったころ。
自分は、気さくな叔父が大好きだったのだ。
いつもかなしげな表情をたたえているその顔が、自分にはやさしい笑みをたたえてくれるのが嬉しかった。忙しい父に代わって、よく遊んでもくれた。
初めてのった馬も、叔父がくれたものだったし。
一緒に遠乗りに行った事だってあった。
本当は、叔父と王位を争いたくなんてない。
叔父はよく出来る人だから、国をうまく治めてくれるに違いない。
けれど、いつしか周りに流されて。
気がついたら、叔父と敵対せざるを得ない状況におちいっていた。
いつの間にか、叔父との間には深い溝が出来。
王位を得なければ、自分が死んでしまうというような状況にまでおちいっていた。
いくら後悔しても、時は巻き戻らない。
自分は、死にたくなかったのだ。
それならば、叔父を殺して、王位を奪うしかない。
その思いは、今現在も変わらない。
久しぶりに、深く自分の心を分析した気がする。
けれど。
もう戻れないところまできているのだ。
ふかくふかく、息を吐き出してみる。
少しくらいは、このやりきれない思いが吐き出されるといい。
がちゃり、と鍵を開ける音が響いたのは。
ちょうどそんなときだった。