ここのつめ。~Side:マーリ
気がつくと、なぜか豪奢な部屋にいた。
城の中のように、真っ白い壁。たっぷりと布を使って作られた厚いカーテン。毛足の長い絨毯に、貴族の姫が好んで用いるような、天蓋つきの大きな寝台。
「……どこだ、ここは」
城の中の部屋のような造りだが、城でないのはわかっている。
眉を寄せて呟いて、ぐるりと部屋の中を見回す。
城に昔からすんでいるという事実もあって、恐らく見たことのない部屋はないだろうが。残念ながら、この一見城の中の部屋のようなこの部屋の内装には、まったくもって見覚えがなかった。
ここがどこかはまったく予想がつかない。
ついでにいうと、拘束されているわけでもない。
服は、町民たちが着るような、意識をなくすまで着ていた服を着たままで。
服と部屋のギャップが、妙に目に付いた。
「そもそも、なんでここにいるんだ」
頭の芯が重い気がする。
張り切って動いてくれない思考回路をなだめすかして記憶をたどる。
姉を乗せた駕籠を追って、門番の目を盗んで、門から王都の外に出たのはまだ晩のうちだった。
王都の外で、馬車にでも乗せられたらどうやって追って行こうと考えをめぐらせていたのだが、幸いにも、姉がすぐに馬車に移し変えられることはなかった。
王都の外には、広い平原がひろがっている。
そもそも王都は、すこしばかり小高い丘の上に広がっているのだ。
その外側は、前述したような広々とした平原と、蛇行しながらも穏やかに流れる川と、川に沿って下っていった先にある、大地の民が棲むと言われる巨大な『森』。その森が切れる先には、地の果てへ続くような断崖があり、海が広がっているという。
つまり。
話をまとめるならば、こちら側は、誰の領地でもないということだ。
道理で、脳裏に地図を描いたときに、誰の名前も浮かんでこなかったはずだ。
法の上ならば、ここは王の領地。
けれど、その王さえ手出しを出来ない、自然の大地。
いくつかの村があることにはあるが、先住種族の力を借りて細々とやっている彼らに、王への忠誠や税を払う意志などあるわけもない。下手にそれを咎めて兵を出せば、返ってくるのは人間よりもはるかに身体能力に優れた先住種族の報復ばかりだ。何の益もない。
そういった事情によって、放置され続けた丘をみつめて、少しばかり溜息をつく。
平原だということは、隠れる場所がないということだ。
今は塀の影に身を潜めてはいるものの、このまま駕籠が王都から離れていけば。そしてそれについていくならば、ほどなく駕籠を担ぐ傭兵たちに、自分の存在が知れてしまうことだろう。
「……ねえさま」
どうすればいい。
どうやれば、気づかずに追える?
頼みのジィンはまだ来ない。
せめて、駕籠の行方を見届けようと、塀の影から目を凝らした。
すると。
駕籠は、川沿いではなく。
どちらかというと、先住種族たちと人間の領土の境界地――出てきた門から、王都沿いに進んでいくようだった。
これはもしかすると、うまく追えるかもしれない。
軽く呼吸を整えて、塀沿いに、そっと駕籠を追う。
そのときだった。
背後からのびてきた太い腕が、体の自由を瞬く間に奪ったのだ。
驚いて、硬直したのは一瞬。
すぐに肘を相手のみぞおちにでも打ち込んでやろうと抵抗したが、それよりも早く。
つんと目の奥に残る刺激臭をはなつ布で鼻と口とを覆われた。
呼吸をとめて抵抗を試みるも、ほどなく意識が薄れて、暗転したのである。
久々のマーリ視点です。
断じて存在を忘れていたとかではありません……
昨日更新分の、間抜けなミス修正しました。