やっつめ。
「よし、じゃあきっと地下ですね。地下室を目指しましょう」
あっさりとキアラがそう決めると、しぶしぶといった様子でカッツェも頷いた。
辺りを見回せば、神殿の周りにはえている木々の下に、いくつかの石があるのが目に止まる。神殿兵の目に付かないように気をつけて、キアラは比較的大き目の――ひとの拳ほどの石をふたつ、みっつ手にとった。
「カッツェさん、私が気を引きます。合図をしたら、先にいってください。適当なところで隠れていてくだされば、すぐに見つけます」
カッツェはさらに嫌そうな顔をしたが、キアラは構わずカッツェから距離を取り、手にした石を神殿兵の右斜め後方に向かってなげつけた。
神殿兵たちの死角をついて、石は綺麗に弧を描いて飛び。
茂みに落ちて、がさりと大きな音を立てる。
「行ってください!」
声を殺してそう叫び。身振りでカッツェを促すと、カッツェは相変わらず手足が邪魔そうな様子で駆け出した。
同時にキアラも飛び出して。
音に気をとられた神殿兵たちに、すばやく殴りかかる。
鞘をしたままの大剣で、みぞおちの辺りを軽く殴ってやれば、神殿兵たちは一言うめいて崩れ落ちた。
手加減も一応したし、そうそう被害はないはずだ。
ポケットに忍ばせていた紐で、意識をなくした神殿兵たちを手早く縛り上げ、とりあえず茂みの中へと引きずっていって転がしておいた。
口の中にも一応布きれを突っ込んでおいたが、猿轡をかませることはしないでおく。
おそらく、忍び込むという目的を達する間くらいは意識がないと見込んでのことだった。
こちらの目的に支障さえないのなら、彼らにしてみても、早く助けてもらえたほうが良いに決まっているのだ。口の中の布さえ吐き出すことが出来れば、声を上げて助けを求めることも出来るだろう。
神殿の入り口に足音を殺して忍び込む。
床はぴかぴかに磨かれた鏡のような白い石で、マーブル状のグレイの模様が入っていた。
入り口にはあんなにも兵士が多かったのに、一歩中へと踏み込めば、今度はニンゲンの気配すらもない。
しんと静まり返った空間に、ただ幾本もの柱がそびえたっているばかりだ。
「……いやなかんじ」
つぶやいた、その言葉に特に他意はない。
空気はただぴんと張り詰めて、冷たく澄んでいる。
もし、空気を視覚化できるのなら、きっと鏡のような湖を思わせるに違いない。
けれど、澄んだその空気は、なぜだか不穏な気配を底に忍ばせているような気がした。
「キアラさん」
匂いをたどるまでもなく。
カッツェは柱の影で待っていてくれたらしい。
低くよんで合流すると、ただその柱の間のさきにある、大きな扉を指差した。
「地下には多分、筆頭巫女の居室からいける」
「それが、あっち?」
「わからないけれど、筆頭巫女なんてのは、この神殿で一番力を持っているんだ。普通、えらい人の部屋って言うのは、一番日当たりがよくて、一番大きな部屋だと思うんだよね? ついでにわかりやすくて」
「よくわからないけど、カッツェさんについていきます」
森で育った自分と違って、カッツェは建物にも詳しいに違いない。
そう思って宣言すると、カッツェはまた嫌そうな顔をしたが、とりあえず先に立って歩き始めた。