ななつめ。
カッツェは心底いやそうに溜息をついた。
その気持ちはまぁ、わからないでもない。
恐らくカッツェは昨日、大丈夫だと言い張るジィンに半ば強制的に連行されて、あげくジィンは途中で眠気に襲われて、耐え切れずに眠ってしまったのだろうから。
「私は眠気に襲われないので大丈夫です」
カッツェを安心させるべく、そうっとそう言ってみる。
一人で行く、というのももちろん選択肢のひとつではある。けれど、カッツェは昨日神殿の中に入っているのだ。それなら一緒に行ったほうが、少しくらいは内部のことがわかるのではないかと思うのである。
「……いやですか?」
カッツェが何の反応も示さないので、キアラは声のトーンを落としてそう聞いてみる。
しょぼんと耳までたれたのは、別に意図してのことではない。
野山で駆け回るのは得意だが、建物の中というのが苦手なのだ。匂いのもとをたどりにくいし、なにより視界が狭い。物音だって外よりずっと反響する。
「あぁあぁわかったよ!」
しょぼんとしたままカッツェをみつめていると、半ばやけくそ気味にカッツェは声を荒げた。
「わかったよ、いくよ。行けばいいんだろう?」
「……そんなにいやなら、一人で頑張ります。迷うかもしれないけど、ニンゲンにはつかまらないだろうし」
迷っても、本気で駆ければ、ニンゲンは大地の民に追いつくことなど出来ないはずだ。
行き止まりに迷い込んだところで、ある程度なら、力で追い払って見せる。
「いや、いいよ。いくよ。ジィンも昨日見捨ててきたからね……」
ジィンがいないことについても飄々としているように見えたが、少しは気にしていたらしい。
自分を納得させるようにカッツェはつぶやくと、はぁと深く息をついた。
「まぁ、ジィンはもとから助けにいくつもリだったんだけどさ。たびたびいっているけど私は肉体労働が苦手なんだよ」
「……忍び込まないで、ジィンを助けるつもりってことですか?」
「見張りに立ってる神殿兵が、いつもの子だったら、お友達特権で通してもらえるかなぁと思ったんだけど」
「お友達特権?」
「そう、うちの屋敷で働いてるメイドの弟がここの見張りだったんだよねぇ」
なんだかよくわからないが、知り合いの兄弟で顔見知りだから、ということだろうか?
首を傾げて意味を考えていると、カッツェはもうひとつ溜息をついた。
「でも、昨日も今日も見張りに出てないんだよねぇ。いつもより兵士の数も多いし……」
「その割には暇そうですけどね?」
「一般人には! あの数だけで充分な威嚇になるだろう?」
イッパンジンが何を指すのかはイマイチわからないが、少なくとも大地の民の脅威にはならない。
けれど、彼らを見ただけでカッツェがいやそうな顔になるくらいだから、あまり戦闘に慣れていないニンゲンには、少しくらいの効果はあるということだろう。
「……よく、わかりませんけど。とりあえず、ジィンはどこにいると思いますか?」
「そこなんだよねぇ。そもそも神殿に罪人を捕らえておく場所はないはずなんだ。けれど、牢がある兵舎のほうに、ジィンらしき男が捕らわれたという情報はないし」
ずっと一緒にいたはずなのに、いつのまに調べたのだろうとキアラは不思議に思ったが、カッツェがマジメな顔つきをして考え込んでいたから、水をささないでおくことにした。
「あと、可能性があるのは、神殿の地下、かな」
「地下?」
「今も使われているのかはわからないんだけど、昔宗教戦争って言う馬鹿らしい争いがあった時代があってね。そのころ、異教を信じる人間を捕えて置く場所が地下にあった、という記録が残っているんだ」