いつつめ。~Side:ジィン
まぁ、なにはともあれ、とりあえず。
今は出来ることをするだけだ。
ここを抜け出さないことには、マーリの手がかりをさがすことも出来やしない。
キアラは大地の民としてマーリを護ると決めたのだから、ある程度のマーリの安全が確保されないことには、断言してもいいが決して森へは帰らないだろう。
それならば、極力早く、キアラが成り行きで決めたマーリ護衛の仕事を横から手伝って片をつけてしまうまでだ。さっさと片がつけば、キアラの平穏な未来にも、あまり影響を及ぼさないものと信じている。
どっちにしろ。
不憫なマーリや、ユーリティカをほっておくことは出来ないのだから。
何とかしなければいけないのだけれど。
両手と両足を戒める枷が邪魔だ。
「ケイオス」
軽く瞳を閉じて、意識の底を探る。
いつもは不意に落ちてくる眠りで、強制的に引き摺り下ろされる道のりを、珍しく自分の意思でたどって降りていく。
知覚できる、暗い意識。
その果てしない意識の底の、さらに普段は表層にでてこない潜在意識。
たゆたう夢と夢の間をゆっくりと降りていくような、その感覚。
「ケイオス」
もう一度、死すべき宿命の、神子の名前を口にする。
ケイオスがいるのは、ここよりもさらに深い場所。
『よう、どうした』
夢を不意に、突き抜けたような感覚。
急激に広がる闇が、ぽっかりと空虚な空間を作り上げているような気がする。
あいも変わらず皮肉げな顔をした男が、いつものようににやにやと笑んでいた。
『ジィン、お前からここに降りてくるとは珍しいな』
幾分からかうような口調のケイオスに、ジィンは軽く肩をすくめて見せた。
『好きで降りてきてるわけじゃないんだが。力を貸して欲しいんだ』
自分の裡に間借りしているような神の欠片に頼むのもあまり気が進まないが。
残念ながら、己の力だけでここから脱出できる気がしないのもまた事実だった。
別にこのままいたところで、せいぜいが処刑されるか拷問に遭わされたりするくらいだろうし。特に不都合があるわけでもないのだが、とりあえずこのじめっとした地下から抜け出て、放置してきたキアラの様子を見に戻りたかった。
あの頼りない娘は、王都にはあまりに不似合いだ。
カッツェが、キアラを保護してくれるような紳士ならばよかったのだが、墜ちていく者を見て楽しむ悪趣味さ加減を持っていることを考えれば、あまり期待は出来ない。
むしろ、面白がって、逆に渦中に引き込む恐れがある。
『力?別に死ぬわけではないんだ、殺されて捨てられるのをいつものように待っていればいい』
『今回ばかりはそういうわけには行かないんだよ』
『同族の、あの娘か?』
意識が半ば同化しているのだし、わざわざ問わなくてもわかっていそうなものなのだが。
いつもながら、ケイオスは意地が悪い。
『キアラは、森が似合っているよ』
溜息交じりに答えれば、ケイオスは満足そうに笑みを深くした。
『まぁ、体を間借りしているわけだからな。力を貸すのも、やぶさかではないさ――ほら、還れ』
なんだかニヤニヤしながら、聞き覚えのある台詞をはいたケイオスは。
面倒くさそうに、追い払うような仕草で軽く手を振った。
毎度おなじみの、押し返されるような弾かれるような感覚に襲われて。
はっと目を開ければ、そこはもとの地下室だった。
ただ違うのは。
枷が塵になっていくことくらい。
瞬く間に、両手両足を戒めていた枷はさらさらと風化して、砂となって落ちていく。
部屋を仕切っていた頑丈な鉄格子までがさらさらと塵と化していったのは、ケイオスのわかりにくいサービスだったのかもしれない。