よっつめ。~Side:ジィン
頬に、なにか冷たいものが当たる。
規則正しく落ちてくるなにかに、重い瞼をようやっと持ち上げれば。
その冷たいものは天井から落ちてくる水滴のようだった。
「う……」
なんだろう、体中が痛い。
痛む体をなだめながら、状況を把握するべく辺りを見回せば。
じめっと湿った石の床と、無骨な鉄格子が目に入る。灯がほとんどないため薄暗く、時折低いうめき声のようなものが聞こえた。
「あー……おれ、つかまったのか」
何をしていた途中だったかと記憶を手繰ってみれば、カッツェと神子の神殿に忍び込んだ事実を思い出す。そういえば、逃げている途中で耐え難い眠気に襲われたのだった。
空気の匂いをかいでみても、かぎなれないヒトの匂いとカビと湿気の匂いしかしなかったから。多分カッツェはうまく逃げることが出来たのだろう。
運動神経は鈍いくせに、逃げ足と危険察知能力だけはすばらしい男である。
首を回して体をほぐす。
手足が動かしにくいと思ったら、手首と足首に鉄球のついた枷がはまっていた。
「さて、どうするか……」
逃げている途中で、結局眠気に耐え切れずに寝てしまったのだから、カッツェはさぞ苦労したことだろう。それとも、さっさと見捨てて逃げてしまって、特に害はなかったか。
カッツェの正確から鑑みるに、後者な気がとてもして、なんとなくこめかみの辺りに手をやった。
とりあえず。
眠ってしまった状況から考えるに、ここは神子の神殿の地下牢の可能性が高そうだ。
宗教戦争時代の神殿地下でもあるまいし、地下牢などほとんど使用する機会などございませんわと笑った筆頭巫女ユーリティカの白い笑顔を思い出した。
ございませんわ、といった割にヒトの気配がするのは。
清純無垢な顔をしてしらっと嘘を吐いていたのか、あるいは、ユーリティカの感知しない所で使われていたのか。
どちらにしろ、日々神子の神殿が見える、神殿横の資料館で働いてはいたものの。
神殿内部のことはほとんど何もしらなかったことに、今更ながら思い至る。
そういえば、キアラはどうしたろうか。
王都に出てきた疲れからか、眠ってしまったキアラを宿においてきたものの。
実を言うと、今回の仕事にキアラを関わらせることについては、少しばかり迷ったのだ。
あんなでもキアラは成人した大地の民のひとりだし、ある程度の危機は自分で片をつけるだろうが。
けれど、ここは王都だし。
権力争いとは無縁に生きてきたキアラにとって、マーリが運んできた厄介ごとは理解しにくい事象だろう。
下手をすれば時期国王になるかもしれないマーリとキアラが関わることは、キアラがこれから平穏に生きていくには邪魔になるかもしれないと、ちらりと考えた。
迷った挙句、結論を先延べて。
キアラは宿に置き去りに、カッツェと二人だけでやってきたのだが。
それは失敗だったかもしれない、と少しばかり後悔する。
すぐ帰るつもりがこんなことになってしまったし。
「しまったなぁ……」
カッツェが余計なことを、キアラに教えていなければいいのだが。
キアラが余計なことに首を突っ込む決意をしていなければいいのだが。
あまりにも、無垢な大地の民の娘。
手の中に閉じ込めて護っていくには、王都はあまりにも外野がうるさい。
今すぐにでも森の安全地帯に送り返してしまいたくて、ジィンは深々と息を吐き出した。