ひとつめ。
「そういえば」
随分と長い間考え込んでいた気がする。
考え込んだ割には、まったくといっていいほど答は出なかったけれど。
カッツェは気長にぼんやりと外を眺めつつ、待っていてくれたようだ。
「カッツェさんは、どうして神殿にいっていたんですか」
「ん……調べ物?」
ぼんやりとしていたせいか、もしくは半分意識が夢の世界に飛びかけていたのか、カッツェの言葉に勢いはなかった。
「昨日の夜からなれない肉体労働をしていたから眠くってねぇ」
ふあ、とジィンの欠伸に負けないくらい大きな欠伸をひとつして、カッツェは軽く体を伸ばした。
「肉体労働?」
「神殿に忍び込んだといったろう?」
「神殿?」
そういえば、そんなことをいっていたような気もする。
「神子の神殿だよ」
昨日、ジィンとカッツェがマーリが残した手がかりに関係があるとかどうとかで話題にしていた神殿のことだろうか。
記憶を掘り起こしていると、カッツェはさらにのんびりと口を開いた。
「何かありそうだって言うので、土地勘があるわたしとジィンで様子を見に行ったんだよ」
「はぁ」
「君は寝ていたし、一応女の子だから誰も部屋に入らないように鍵をかけた」
別に、聞いたわけではなかったが、カッツェは部屋にいなかった理由をそう説明してくれた。
閉じ込められたのではないらしく。
開け方は以前わからないままだったが、一応ちゃんと内側からも開くらしい。
「それで、なにかわかったのですか?」
「あんまり収穫はなかったねぇ」
首を回して肩周りをほぐす仕草を見せたカッツェは、机の上のかわいらしい鉢に盛ってある焼き菓子らしきものに手を出した。
「筆頭巫女の姿が昨夜から見えないってことくらいかな」
「筆頭巫女?」
「神殿につめる巫女たちの中で、一番位が高い巫女のことだねぇ。今は、マーリ殿下の姉君にあたる、ユーリティカ王女がしていたと思ったけどね。お飾りの巫女が多い中で、彼女はホンモノだっていう話だけど」
カッツェの薄い口の中に、焼き菓子が軽い音を立てて消えていく。
「なんにしても、砂禍が飛来しようって言うこの時期に、姿が見えなくなるなんて平和じゃないねぇ」
カッツェがいいたいことは半分もわかっていないのだろうが、要はマーリのお姉さんがいなくなったということか。
追われていたマーリと。
そのマーリと連絡が取れなくなったという事実と。
姿が消えたというマーリのお姉さん。
話がわからなくても、これは充分に物騒な符号ではないのだろうか。
「マーリは、お姉さんを追っていったかも、知れない?」
「マーリ殿下が残したメッセージは、神子の神殿を暗示するものだったからねぇ。可能性は充分にあるとは思うよ」
「マーリの、行方は?」
「それがわかれば苦労はしない」
忍び込んできたという割に、実は成果がなかったらしい。
まったく悪びれない調子で肩をすくめたカッツェは、部屋に常備してあったコップに注いだレモン水を一息で飲み干した。
「そういえば、ジィンは?」
ジィンは大地の民だ。
カッツェと神殿に忍び込んで見つかったなら、明らかに運動が苦手そうなカッツェを逃がすために、自分が囮になる可能性が充分にある。
けれど、カッツェが戻ってきてから結構な時間が過ぎているのに、ジィンはまだ戻ってこない。
もしかして、別行動をしていたのだろうか?
キアラの問いに、カッツェはあぁ、と今思い出したように肯いた。
その手には、もうひとつ摘み取った焼き菓子がある。
この焼き菓子は、本当においしいねぇとどうでもいいことを呟きながら、カッツェは答えた。
「今頃神殿兵につかまってんじゃないかな?」
は?
あまりに予想外のその答えに、キアラはただ目をしばたくことしか出来なかった。