とおと、みっつめ。
キアラは黙って、口を閉ざしてしまったカッツェをみつめた。
こくおうへいか、を殺してしまったかもしれないおうじさま。
でも、あんなにも優しかったおうじさまが、大切な兄君を殺したりするだろうか?
部屋へと戻る道筋をたどりながら、キアラはゆっくり考えた。
けれど、そんなことはキアラにはどうやっても知りうることが出来ないことだ。
噂が真実かどうかなんてことを、本当に知っているのは、やはりおうじさま当人をおいて他にはいないだろう。
「まぁ、とりあえずさ。先だって、先王陛下の第一王子が成人したんだ。成人したからには、王位を継げる――けれど、ロータス殿下はなんだかんだと理由をつけて、王位を返上しなかった。痺れを切らした王子殿下は、仲間を募って王位を奪還しようとして」
ここでカッツェは言葉をいったん切った。
「あまり表向きには知られていないことなんだけどね? 奪還に失敗したんだよ、王子殿下は。で、市井に下りて、ロータス殿下の手を逃れようとして、どういう風の吹き回しか、ジィンを頼った、ということらしい」
「ジィン?」
先ほどから、繰り返される「王子」「殿下」という単語の意味について考えをめぐらしていたキアラは、突然カッツェの口から飛び出したその名前に目をしばたかせた。
おうじさまと、それについてきたいささか物騒な話に、何故だか登場したジィンの名前。
「そうそう。ジィンは今マーリ殿下の足取りを追ってるんだよ」
「マーリ殿下……」
話の流れから行くと、王子殿下はマーリのことになるのだろう。
自分としては、おうじさまに会いにきただけなのに、どうにもこうにも血なまぐさい話になっている。
「カッツェさんは、どうしておうじさまと知り合いなの?」
「知り合いって言うほどでもないんだけどね」
部屋に戻ったカッツェは、女将に頼んで温かいミルクをキアラにくれた。
蜂蜜でもたらしてあるのか、ほのかな甘さが口の中に広がる。
ソファに腰をかけ、カップを両手で包み込んで、キアラはジィンをみつめた。
「私の本当の名前は、ヴェルヴァルグというんだよ。国政を王と共に司る、三貴族の一人なんだ」
重大なことを打ち明ける口調で、カッツェは教えてくれたけれど。
キアラにしてみれば、よくわからない単語を並べられたに過ぎない。
けれどもせっかく教えてくれたことなので、わからないともいえずに、キアラはもう一口甘いミルクをすすった。
「私は、昔の約束を果たしにきたの」
「約束?」
「昔、森に来た人に約束したの。私がオトナになったら、必ず会いに行く。困ってたら力を貸す。私が味方になってあげるって」
「その相手がおうじさま?」
カッツェは持ち前の鋭さでそんなことを聞いてきたけれど。
同族のジィンにさえ言ってないことを、知り合ったばかりの人間に話す気にはなれなかったので、一応沈黙をまもってみる。
「大地の民の約束は、護られるべきものだもの」
呟くように、そういえば。
カッツェは無言のまま顎をなでた。
でも、とキアラは少し思う。
マーリの言っていた敵が、さっきのロータス殿下で。
ロータス殿下が、自分の探していたおうじさまなら。
護ると約束したマーリと。
味方になると約束したおうじさまと。
どっちを助ければいいのだろう?
ミルクを舐めながら、考えてみたけれど。
いい案はちっとも思いつかない。
膝を抱えて、窓から見えるお城を眺めて。
いつしかカッツェの存在すら忘れて、キアラはただ唇をかみ締めていた。
回収作戦、終了しませんでした…
が。次から新章になります。
なんだかぐだぐだしてますが、面白いと思ってもらえるように頑張ろうと思います><