とお。
「あの。カッツェさん、なんで私の後ろに回りこむんですか?」
護れということだろうと思いつつ、キアラは一応突っ込んでみる。
男も女も等しく戦う大地の民とはいえ、依頼人でもないのに男を護るのはいささか抵抗がある。
「私は頭脳派でねぇ。あんまり肉体労働的なことは得意じゃないんだよ」
けれど、カッツェは悪びれる様子さえなく。
肩をすくめてうっすらと笑って見せた。
「昔っからよく言うだろう、適材適所。君の分まで頭は動かしてあげるから、君は私の分までしっかりと戦ってくれよ」
まったくなんていい草だ。
けれど、確かにカッツェは弱そうだ。
体つきもひょろんとしているし、筋肉なんてどこについているの?といった風情である。背は高かったが、長い手足をもてあましているようで、走ったり歩いたりしているのさえ、どこか不恰好なのである。
「貸しに、しておきます」
けれど、何かが腑に落ちない。
唇を尖らせてそう宣告すると、キアラは改めて傭兵たちに向き直った。
よく見れば、傭兵たちのうちの一人に見覚えがある。
昨日、マーリをかばって対峙したうちのひとり――うるさいだけの髭面と違って、冷静に応戦してきた男だった。
背中から剣を下ろし、ゆるく構える。
腰を落とし、足を軽く開いて、意識を澄ます。
柔らかい布で作った靴の下で、石畳と砂がこすれて音を立てた。
空気が、ぴんと張り詰める。
動くのは、誰――?
「やめなさい」
ぴん、と張り詰めた糸を切ったのは、カッツェでもなければ傭兵たちでもなく。ましてやキアラ自身でさえもなかった。
「ロータスさま」
昨日も会った傭兵が、わずかに眉を寄せて咎めるような声を上げる。
凝った刺繍がほどこされた布を目深に被った人物が、もうひとつむこうの角のところに佇んでいるのが、キアラの位置からも見えた。
どこかで、聴いた声だと思う。
「そこな男はともかく、大地の民に一体何の関係が有ろうか。剣を引きなさい」
「しかし、ロータスさま。この娘はマーリ殿下を……」
「私の言葉が、聞こえなかったか。イシェ」
やわらかくまろやかな声音が、けれど毅然とした意志を持って響く。
傭兵は悔しそうな顔つきで剣先を下ろした。
「すまなかったね、大地の民よ。内輪の争いに巻き込んでしまったようだ」
布を目深に被った、男の声がそう静かにわびる。
キアラはただ黙って男の姿をみつめていた。
「本当に、申し訳ないことをした。――けれど」
なぜだろう。とても、懐かしい気がするのだ。
この声を、自分は確かに知っている。
もっと、ずっと前に聞いたことがあって。
「これ以上、自ら巻き込まれてくるのであれば、私も考えねばならぬ。そこな男に関わり合いになるのは愚かなことだ。森へお帰り、大地の娘――私はそなたを、傷つけたいわけではないのだ」
でも。
自分が知っている声よりは、随分と時を経た声だと思う。
あれから、そう時間がたっているわけでも、ないというのに。
惑うキアラを、布を被った男はしばらくみつめていたようだった。
布のせいで、見えない顔。
けれど、確かにそのまなざしは交わって。
「……おうじ、さま……?」
キアラが小さく呟いたその声は、あまりに小さくかすれて。
通りを吹き抜けていった風に、まぎれて。溶けてしまった。