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忘らるる神の欠片~眠り男の英雄譚~  作者: rit.
あくと3 回収作戦。
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とお。

「あの。カッツェさん、なんで私の後ろに回りこむんですか?」


 護れということだろうと思いつつ、キアラは一応突っ込んでみる。

 男も女も等しく戦う大地の民とはいえ、依頼人でもないのに男を護るのはいささか抵抗がある。


「私は頭脳派でねぇ。あんまり肉体労働的なことは得意じゃないんだよ」


 けれど、カッツェは悪びれる様子さえなく。

 肩をすくめてうっすらと笑って見せた。


「昔っからよく言うだろう、適材適所。君の分まで頭は動かしてあげるから、君は私の分までしっかりと戦ってくれよ」


 まったくなんていい草だ。

 けれど、確かにカッツェは弱そうだ。

 体つきもひょろんとしているし、筋肉なんてどこについているの?といった風情である。背は高かったが、長い手足をもてあましているようで、走ったり歩いたりしているのさえ、どこか不恰好なのである。


「貸しに、しておきます」


 けれど、何かが腑に落ちない。

 唇を尖らせてそう宣告すると、キアラは改めて傭兵たちに向き直った。


 よく見れば、傭兵たちのうちの一人に見覚えがある。

 昨日、マーリをかばって対峙したうちのひとり――うるさいだけの髭面と違って、冷静に応戦してきた男だった。


 背中から剣を下ろし、ゆるく構える。

 腰を落とし、足を軽く開いて、意識を澄ます。

 柔らかい布で作った靴の下で、石畳と砂がこすれて音を立てた。

 空気が、ぴんと張り詰める。


 動くのは、誰――?




「やめなさい」


 ぴん、と張り詰めた糸を切ったのは、カッツェでもなければ傭兵たちでもなく。ましてやキアラ自身でさえもなかった。


「ロータスさま」


 昨日も会った傭兵が、わずかに眉を寄せて咎めるような声を上げる。

 凝った刺繍がほどこされた布を目深に被った人物が、もうひとつむこうの角のところに佇んでいるのが、キアラの位置からも見えた。


 どこかで、聴いた声だと思う。


「そこな男はともかく、大地の民に一体何の関係が有ろうか。剣を引きなさい」


「しかし、ロータスさま。この娘はマーリ殿下を……」


「私の言葉が、聞こえなかったか。イシェ」


 やわらかくまろやかな声音が、けれど毅然とした意志を持って響く。

 傭兵は悔しそうな顔つきで剣先を下ろした。


「すまなかったね、大地の民よ。内輪の争いに巻き込んでしまったようだ」


 布を目深に被った、男の声がそう静かにわびる。

 キアラはただ黙って男の姿をみつめていた。


「本当に、申し訳ないことをした。――けれど」


 なぜだろう。とても、懐かしい気がするのだ。

 この声を、自分は確かに知っている。

 もっと、ずっと前に聞いたことがあって。


「これ以上、自ら巻き込まれてくるのであれば、私も考えねばならぬ。そこな男に関わり合いになるのは愚かなことだ。森へお帰り、大地の娘――私はそなたを、傷つけたいわけではないのだ」


 でも。

 自分が知っている声よりは、随分と時を経た声だと思う。

 あれから、そう時間がたっているわけでも、ないというのに。


 惑うキアラを、布を被った男はしばらくみつめていたようだった。

 

 布のせいで、見えない顔。

 けれど、確かにそのまなざしは交わって。


「……おうじ、さま……?」


 キアラが小さく呟いたその声は、あまりに小さくかすれて。

 通りを吹き抜けていった風に、まぎれて。溶けてしまった。

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