むっつめ。~Side:マーリ
ここに隠れていれば、安全だ。
少し頭が足りなさそうな大地の民の娘がきっとみつけてくれるだろうし、ジィンだっておっつけやってきてくれるはず。あのお人よしな大地の民は、ぼくのようなか弱い子供が困っているところを見捨てることなどできるはずもないのだ。
「ねえさま……」
でも。
だけど。
このままここに隠れていたら、姉はどうなるというのか。
自分の安全は護られても。
いつも、自分を護るために矢面になってくれる、姉は。
くそ、と低く毒づいて、音を殺して木から飛び降りた。
いつもなら姉が苦い顔でたしなめてくる行為だったが、今は咎めるひとも誰もいない。
降りた瞬間、やはり足元に積もった木の葉ががさりと音を立てたが、幸いにも雑踏にまぎれて誰も気づきはしなかったようだ。
「……どうしようかな」
このまま、姉を追うのはいい。
けれど、追ってくるはずのふたりに、何かしるしを残しておかなければ。今度は自分が助けてもらえない。
自慢ではないが、身体を動かすのは苦手だ。
頭脳戦なら得意だが、脳みそまで筋肉で出来ていそうな傭兵どもに勝てる気などはさらさらしない。
そういう実戦系は、実戦系が得意な奴らに押し付けてしまえばいいのだ。
ふと思いついて、これまで羽織っていたジィンのローブを脱ぎさる。
懐から取り出したハンカチに、殴り書くようにしてメッセージを刻んだ。
『太陽と月が眠る場所』
創世の神の涙から生まれた、死すべき宿命の神子ケイオス。
その誕生と宿命を喜び嘆いたことから生まれた、光と闇の、二柱の女神。
太陽も月も、その女神たちの眷属だ。
死すべき宿命の兄をまもるべく、定めづけられた女神たちの眷属は、昼も夜もケイオスを見守り続ける。
だが。
太陽も月も。昇らぬときがある。
太陽と、月が眠るとき。
それは、ケイオスが違う存在に護られている時。
護るのは、ひと。そういうことになっている。
護るのは。ひとのみこ――今現在は、筆頭巫女の、姉のことを指す。
頭の弱そうな娘には通じないかもしれないが、ジィンにはきっと、通じるはず。
不安を無理やりに押し込めて、殴り書きのあるハンカチを枝にそわせて、ジィンのローブを乱暴に結び付けた。
「はやくきてよ、ジィン。お願いだから」
いつも、周りに誰かいた。
困ったことは、うまく動かしたおとなたちがいつも片をつけてくれていた。
自分はそうなるように謀るだけ。
こんな一人ぼっちは初めてだ。
動かせる大人たちが、こんなに少ないことも。
姉が乗せられた駕籠はいつのまにか門の前から消えていた。
門を出る人間と入る人間で溢れていたから、もう少し時間がかかるかと思ったけれど。
さすがに、あんなに怪しい駕籠を門から出そうとするだけのことはある。なんらかの権力――それも、門番を黙らせてしまうだけの力を持った誰かがバックについているらしい。
こっちの方面の門から出た先に、領地を持っているのは誰だったか。
脳裏に地図を描きながら、こっそり門を出た。
身分を明かせば止めるものはいないだろうとは思ったけれど。それだと痕跡が残ってしまう。
痕跡は出来るだけ残さないのが懸命だ。
まぁ、追ってくると信じている、あのお人よしの大地の民は少しばかり苦労するかもしれないけれど。