よっつめ。
酒場は喧騒で包まれていた。
端っこの少し奥まったところに陣取ったジィンと細目の男は慣れた様子で麦酒と軽食を注文する。
キアラがどうするべきかと惑っていると、無言でジィンが隣の椅子を引いた。
一拍の間を置いて、おそらくキアラのために、よく冷えた果実水も頼んでくれる。
「そういえば、そちらのお嬢さんはどなただろう?」
ジィンのその様子に、細目の男は興味を抱いたらしい。
色素の薄い灰色の瞳が、じっとこちらをみつめてくる。
「手を出すなよ? 名はキアラ。森から出てきたばかりなんだ」
「ほう? 君の婚約者とか?」
「そういうわけじゃないが」
ジィンは曖昧に言葉を濁すと、わずかに肩をすくめた。
大地の民の、あにと妹の関係を、人間に説明するのは面倒くさいということだろうか。
けれど、細目の男はそんなジィンの様子にさらに興味をもったらしく、つと細い指先を伸ばしてキアラの手に触れてきた。
おい、とジィンが眉を寄せて男をにらむが、どこ吹く風といった様子だ。
「わたしはカッツェ。ジィンとは腐れ縁とでも言うべき間柄でね。よくつるんでいるんだよ。以後お見知りおきを」
くすくすとカッツェは笑みを浮かべ続けているが、その瞳はやはり笑っていないように見える。
ひんやりと冷たい指先が、どうにも落ち着かない。
全体的にあたたかな印象のあるジィンとはあまりにも対照的だ。
思わず助けを求めるように、ジィンを見れば。
ジィンは無言のまま手を伸ばし、器用にカッツェの手だけをテーブルの上から払いのけた。
「妬いているのかい?」
「なんでもいいが、大地の民の娘に気安く触れるな」
「ほう、それはどうして?」
「大地の民は嫉妬深い男が多いのさ。ヘタに触って殺されてもおれは知らないよ」
ジィンの言葉が面白かったのだろうか。
カッツェはくくっと肩を震わせて、麦酒のはいった木のコップを仰いだ。
「嫉妬深いって、それは君のことだろう」
ジィンは答えなかった。
カッツェはこちらにも視線を向けてきたが、そもそもニンゲンのことをよく知らないキアラに答えられるはずがないのだ。
「まぁいいさ。それで、眠り男。君はわたしになにを聞きたいんだい」
どうやらカッツェは追及を諦めたらしい。
恰幅のいい中年のおばさんが運んできた、鳥の照り焼きをフォークだけで器用につつきながら、ようやっと本題を切り出した。
「神子の神殿のことだ」
「あぁ、キナ臭い件かい? そう面白い話でもないよ」
ジィンは麦酒のつまみに、チーズを衣を着けて揚げたもの。
話のついでに、こちらの口に放り込んでくれたが、とろりと蕩けてとてもとてもおいしかった。
うっとりとしていると、苦笑して皿ごとこちらによこしてくれる。どうやら全部くれるらしい。
「そもそも、砂禍が起きると予言があったという話だ」
砂禍とはなんだろうと、キアラもちらりと思ったのだが、とりあえず二人の会話に割り込む隙はなさそうで。チーズを平らげることに専念することにした。
熱いうちに食べなければ、せっかく蕩けたチーズが固まってしまう。
そうすればきっと、おいしさも半減するに違いない。
「砂禍、か……」
「おや、眠り男は博識だねぇ。こんな物騒な単語、なかなか一般人には浸透していないと思ったけれど」
それなら、なぜカッツェは知っているのだろう、とも思うが。
この得体の知れなさなら、もしかしたらなんでもありなのかもしれないとも思う。
「砂禍――砕けた『忘らるる神の欠片』……」
「死すべき宿命の神子の、その欠片。滅びの砂を、広げるモノ」
呟くジィンに、カッツェが言葉を添える。
忘れられた神、というのは、死すべき宿命の神子ケイオスの別名だ。
誰もが知っている神様なのに、忘れられたという通り名も変だとは思うが、なんでも、ケイオスについての神話がほとんど散逸してしまって残っていないから、ということらしい。
タイトルをちょこっと変えてみました。