ふたつめ。
意気揚々と市に足を踏み入れて、キアラは辺りを見回した。
右にも左にも、屋台やらなにやらが立ち並ぶ。
本の中でしか見たことのないような、鱗に覆われた奇怪な生き物や、南国の果物。なにかの肉やら野菜やらが、生のままだったり調理されたりしてさまざまに市場を彩っている。
「すごいなぁ……」
「おう、ベルセルクのねえちゃん!」
ぼうっと辺りに見とれていると、串に肉を刺して焼いている男から威勢のいい声がかかった。
「食ってかねぇか? ベルセルクが普段食ってる肉よりは鮮度は落ちるかも知れねえが、味は負けてねえぞ!」
香ばしい香りが、風に吹かれてふわりと鼻先をかすめていく。
くう、と体が空腹を訴えた。
腹の辺りに手を当てて、考えることしばし。
「ん……」
香ばしいにおい。
うまそうな焼け具合。
どこまでも誘惑してくる肉の串……案件はただひとつ。
値段だ。
た、たかい……
値段としては、小銀貨1枚。
銅貨でいえば、10枚分。
里では、こんな串焼き、銅貨3枚程度のものだ。
あまりの高さに、空腹もまぎれて考え込んでしまう。
ど、どうしよう……
おなかは減っていたし、串焼きはうまそうだが。
そうそうお金に余裕があるわけでもない。
これから、宿を見つけてしばらく滞在し。なんとか「おうじさま」に会う手立てを考えなくてはいけないのだ。
あまりに真剣に考え込んでいていたせいだろうか。
人の流れの邪魔になるということが、すっかり念頭から抜けていた。
おかげでしたたかに突き飛ばされて、数歩たたらを踏む。
「んなところで突っ立ってるんじゃないよ!」
買い物籠を下げたおばちゃんが、忌々しそうに声を荒げて通り過ぎていく。
「すいません……」
ちいさく謝罪を口にして、キアラは溜めていた息を吐き出した。
突き飛ばされたのは痛かったけれど、おかげで目が醒めた。
市場の陽気にまどわされていらぬ買い物をしてしまうところだった。
せつやく、せつやく。
くるくるなるおなかをなだめつつ、曖昧な笑みを屋台の男に向け、キアラはそうっと串焼きから背を向けた。
もっと安くで、おなかが膨れるものを探そう。
初めて王都にやってきたのに、もう財布の心配をしなくてはならないのは切ないが。
遊びにきているわけではないのだから、もっとしっかりしなくてはいけないだろう。
『ひとりで王都に行くとか、だいじょうぶなの、きぃ?』
心配性な姉のひとりの顔が脳裏に浮かぶ。
「だいじょうぶだよ、あねさま。私ちゃんと出来るもの。ちゃんとおうじさまに会ってくるよ!」
幻にそう返事をし。
キアラはきょろきょろ辺りを見回した。
とりあえず、安い宿を探さなくてはいけない。
小銅貨10枚=銅貨1枚(100円程度)
銅貨10枚=小銀貨1枚(1000円程度)
小銀貨10枚=銀貨1枚(10000円程度)
銀貨10枚=小金貨1枚(10万円)
小金貨10枚=金貨1枚(100万円)
小銅貨1枚10円程度と思っていただければいいかと。
お祭りの時の串焼きと思えば、そう高くもないのかなぁ……