みっつめ。
「ジィン、心当たりがあるの?」
太陽と、月が眠る場所。
殴り書きの文字があるハンカチを、やってきたジィンがそっとキアラの手から取り上げる。
「ある、というか……」
言いよどむジィンの表情は相変わらず複雑で。
見守るキアラの前で、ただ深く息をついた。
「とりあえず、マーリはこの付近にはいないんだろう。においもしないしな」
それはまぁ、確かにそう思う。
すっかりあたりは暗くなって、空には星が瞬いていたし、先ほどまで静かだった通りの酒場からはオレンジ色の柔らかな光が漏れて、にぎやかな喧騒がこちらまで響いてくる。
門を出て行く人間も、入ってくる人間も、あいも変わらず多かったが、それももうほんのわずかのことだろう。あと一刻もすれば、門は閉じられて、明日の朝まで開くことはない。
よほどの緊急事態でもない限りは。
「とりあえず、飯でも食うかな」
溜息交じりのジィンのひとりごとに、キアラは思わず眉を寄せた。
キアラも確かにおなかがすいていたが、今はそれどころじゃないだろう。
待ち合わせ場所に、マーリはおらず。
かわりに残されていたのは、意味のわからないメッセージ。
「マーリは?」
つい、とがった声を上げてしまったのもいたし方のないことだとおもう。
「思っていたよりも、事態がややこしそうだし。いったん状況整理をしたいんだけどな」
キアラのとがった声を咎めるでもなく、のんびりとジィンはそう言って。
きょろきょろと辺りを見回すと、先にたって歩き出した。
「状況整理?」
「そう。ちょっとめんどくさそうな感じだからなぁ……少し情報収集もしたいし」
小走りに、キアラはジィンのあとを追いかける。
ジィンは、特に入りたい店があるふうでもなく。
ゆったりとした大股で、人ごみを器用にすり抜けて歩きながら、通りの酒場を覗いていく。
キアラは、無言のままジィンの後に続くことにした。
話の途中で寝てしまうジィンはどうかと思うが、たぶんきっと、自分よりもこういう事態を幾度か経験しているのだと信じたい。
それならばきっと、任せてしまったほうがいいに決まっている。
「おや、眠り男」
見知らぬ男からそんなふうに声をかけられたのは、通りを歩きながら、10軒ばかり酒場を通り過ぎたあたりだった。
「かわいい女の子連れじゃないか、めずらしいね」
くつくつと楽しげに笑う男は、なぜだかとても目が細かった。
薄く大きな口も、なんだか全体的にのっぺりとした顔の印象だ。
「お前を探していたんだよ」
「わたしを? 光栄だね。高名なる眠り男殿が、わたしに何の用だろう」
細い目の奥で、瞳が油断のない冷たい光を放っている。
キアラはぞくっとしてとっさにジィンの影に隠れたが、どうやら知り合いらしいジィンは別段気にもしない様子だ。
「最近、神殿の様子はどうだ?」
「神殿?」
「神子の神殿だよ」
細い目の男の目が、さらに細くなる。
そんな男を近くの酒場の方へと誘導しながら、ジィンがちらりとあたりの様子を窺ったのがわかった。
「神子の神殿か。ちょっとキナ臭いところだね」
細めの男がくすくすと楽しげに笑う。
不穏な空気の似合う男だと、その後を追いながら、キアラはそんなことを思った。