とおとみっつめ。
神様の、かけら……か。
あまりにも現実的ではなくて、思わず胡乱なまなざしを向けてしまったが。
宿の部屋に入るなり、寝台に倒れこんで、すうすうと眠ってしまったジィンを見ていると、それも真実かもしれないと、少しばかり思ってしまった。
神様の欠片を拾ってしまった少年の、物語を知っている。
死のうとしていた少年が、空から降ってきた欠片に当たってしまうという話だ。
どうせ要らない身体なら、自分によこせという神様に。
少年はその身を差し出すのだ。
少年は、神様の力を借りて、乱れた国を治め、最後には王様になったと思う。
物語はそこで終わっているから、少年のその後のことは知らない。
けれど、物語であるくらいなのだから、神様の欠片という話は、もしかしたら本当なのかもしれない。
キアラはひとつ、溜息をつくと。
寝台で寝息を立てるジィンのきれいな顔を覗き込んだ。
どうせ泊まるわけではないから、一部屋でかまわないといったけれど。
同じ部屋で、ほとんど知らない人物が寝ているというのは、やはり少しばかり違和感があると思う。
まぁ、同じ大地の民だからいいけど。
眠るジィンの頬をつんつんとつつき、キアラはあまり上等ではないソファに身体を沈みこませた。
細かい傷がたくさん入ったガラスがはめ込まれた、宿の窓。
そこからは、天高くそびえたつ、という形容がぴったりの、白いお城がよく見えた。
「おうじさま……」
ぽつりと呟いて。
手のひらをぎゅっと握り締める。
そんなに遠い場所とも思えないのに、どうしてすぐに行けないのだろう。
「ごめんね、力になりに行くって、約束したのに」
この数年間、幾度も思い返した彼の顔を、もう一度脳裏に描いてみる。
ほんの少し病的な、白い肌。
月の光のような、細い金色の髪。青い青い、空のように青い瞳。
寂しげに、わらう人だった。
ニンゲンは怖いのだと教えられていたけれど、彼はとても優しくて。寂しそうで。せつなそうで。
一度でいいから、心から笑って欲しいと会うたびに思っていた。
彼が、なんのために。大地の民のすまう森にやってきていたのかは知らない。
大地の民の力を借りにきたのかとも思ったけれど、誰一人として、彼についていった者はいなかった。
――私が、私が一緒に行く!
哀しくて、切なくて。
そう叫んだあの日を、覚えている。
――私が、おうじさまと一緒にいくから!
あんなに寂しそうに笑う人を、一人にはしておけないと思った。
けれど、キアラはまだ成人にはなっていなくて。
成人していなくては、森から出ることは許されていなくて。
結局一緒に行くことは、できなかった。
――キアラが、私の味方でいてくれるのだと思うだけで、心強く在れるよ。
――行くから! 大人になったら、きっと会いにいくから! 力に、なれるように……
人間にとっての約束は、大地の民の約束ほどは重くないと、あにさまもあねさまも言っていた。
けれど。
おうじさまはきっと、約束を覚えていてくれると思うのだ。
覚えていてくれると、信じているのだ。
何年たっても、きっと。
待っていてくれるのだと、信じている。
「ごめんね、おうじさま。絶対いくから、もうちょっと、もうちょっとだけ、待ってて?」
すぐに行くつもりだったけれど、マーリと出会ってしまったから。
おうじさまとおなじ、金色の髪の毛と、青い瞳の女の子みたいな男の子。
あんなに困っている子をほっていくことなんて、できない。だから。
もうすこしだけ、まっててほしい。
おうじさまには、一番大切なひとは味方になってくれなかったかもしれないけれど。
他の味方はいるでしょう?
でも、あの子は今、ひとりぼっちだから。
目に映る全員を助けられるほど、強くないのはわかってるけど。
それでも、力が貸せるのなら、役に立ってあげたいと思うから。
お城から視線をそらして、キアラはソファの上で膝を抱え込んだ。
眠るつもりはないけれど、このあとどれだけ動かなくてはいけないかわからないのだから、少しくらいは休んでおかなくてはならない。
まぶたのうらで。寂しそうに笑っているおうじさまに、まっててと話しかけて。
キアラは深く息を吸い込んだ。
回想編をちょっとはしょってしまったので。
次話は新章にいきますー