とおとふたつめ。~Side:ジィン
マーリが来たのか、とジィンは空気に残る匂いをかいで考えた。
仕事で時折立ち寄る神殿の、筆頭巫女の弟だと聞いたことがある。
まるで少女のような面持ちをした利発な少年だが。
マーリの周りはいつでも少しだけ不穏な空気が満ちている。
不憫だと思って、かまうこともあるし、マーリもなついてはくれているが。
いま、気になる娘ができたばかりのこの時期に、あまり会いたい相手ではない。
というよりも、それほど仲がいいわけでもないのに、一体何の用事で来たのだろうか。
そう言えば、筆頭巫女ってのは、王女だったよなぁ。
ほんのわずかに残る、血の香り。
マーリの周りは、やはり不穏だ。
この前、賢王と名高かった先王が身罷って、王座をかすめるように奪ったのは、確か先王の弟だったと思う。
「欠片が降る、か。巫女が予知して、王族がそれを知る――」
欠片、とは。ケイオスの欠片のことだ。
はるかいにしえに砕かれた、死すべき宿命を秘めた、神の子の欠片。
ジィンの身体に宿る欠片と、おなじもの。
なぜ、ケイオスが砕かれたのかなどということは知らない。
その欠片が、散らばって。
時を越えて降ってくる、そのわけもしらない。
けれど、ケイオスの欠片は。
多大な力を秘めていて、人間に余りある恩寵と凶兆をもたらす。
「まったく、厄介な」
王の係累であるマーリが、この時期に。
欠片が降るとケイオスが告げたこのときに。
やってくるのも、無関係とは思えない。
「ふたりは、一緒にいるのか……?」
ふらりと通りに出て、空気のにおいをかぐ。
そのままたどっていけば、キアラのにおいもマーリのにおいも、同じ方角からやってくる。
もっとも、考えてみればそれも道理だ。
武術に長けた大地の民――頼みの綱である自分が寝こけていて、その隣に少し頼りなさそうだが大地の民がいたとしたら。少しくらいの頼りなさは、大地の民という名前がカバーしてくれる。ちょっとくらい頼りなくても、大地の民なら、強いに違いないと思い込み。
傭兵になってくれるよう、頼むくらいはするだろう。
聡いマーリなら、なおのこと。
※ ※ ※ ※
結局、においを追う途中。
マーリが無事に追っ手をまいて、隠れたところも確認したし。
相手を殺したくないという甘さで、自ら窮地におちいっていたキアラもきちんと助けて回収できた。
助けての大地の民としての意味を、まるでわかっていなかったようなキアラに、少しはこちらを意識するように仕向けることも、出来たと思う。
今のところは万事うまくいっているが、問題はこれからだ。
うろんな眼差しを向けた後、さきにぽてぽてと歩き出したキアラの、ゆらゆら揺れる金茶の尻尾の先をみつめながら、ジィンは深く息を吐き出した。
マーリを、キアラの言う場所で回収するのはまだいい。
だが、マーリを助けて、そのあとはどうするのだ。
自分もキアラも、一介の大地の民で、なんの権力も持ってはいない。
少しくらい武術に長けていたって、それが何だというのだ。
数を頼みに出来る、権力という暴力の前では、なんの力にもなりはしない。
ふってくるであろう欠片にしても、どうしていいものか皆目見当がつかない。
それよりも前に、ところかまわず暴力的な眠気に教われる自分に、キアラとマーリを護りきれるとは到底思えないということもあった。
おれ、弱音しか吐いてないな……
苦い自己嫌悪をかみ締めながらも、今ジィンにできることは。
とりあえずこみ上げてくる眠気を封じるべく、マーリを拾うまでに少しでも休んでおくことだけだ。
まるで軽蔑するようなキアラの眼差しに耐えながら。
ジィンは宿屋にはいり、とりあえず部屋を取ったのだった。
長かったですが、ジィンサイド終了となります。
もうひとつかふたつ、この章がつづいてから、新章となります。