とおとひとつめ。~Side:ジィン
けれど、ちょうどいいかもしれないと。
キアラの非難の眼差しを受けながら考えた。
この混乱しまくった思考も、一眠りすれば、少しは落ち着くはずだ。
「ごめんね」
あまりにも信じられないという瞳をキアラがするので、一応謝ってみると、なぜだろう。その表情はさらにきつくなってしまった。
もうひとつ、こらえきれないあくびをすると。
キアラが何事かを呟いた気がした。
「なんか眠くてさ」
なんかというよりも、もはや殺人的に眠い。
眠すぎて頭痛さえするし、なんだか吐き気ももよおしてきた。
視界も先ほどよりぐるぐるまわるし、もう眠いというよりかは気持ち悪かった。
「それで、なんだっけ」
思考が散漫になって、なにを考えていたかさえわからなくなりそうだ。
とりあえず、目を閉じて、すべての感覚を遮断してしまいたい。
そうすれば、きっと楽になれると思う。
けれど、わかっている。そうすれば、そのまま眠りに落ちて、しばらくは目覚めないはず。
一応は、ちゃんと考えるということをこの娘に伝えておかなければいけない。
あくびがとまらない。
体が休息を欲している。
キアラの言葉も、半分くらいしかもう耳にはいってこない。
けれど。
もうひとつ大きなあくびをして、今にも閉じそうな目をキアラのほうに向けると。
なぜかキアラの子猫のようにかわいらしい顔が、目の前にあった。
もうあとわずかに身を乗りだせば、くちびるが触れるほど。
どきん、と胸がなる。
息がかかる。
眠気も一瞬、遠のいた。
「かわいい同族の妹の窮地を。もとから助ける気だったのか、それとも今、助ける気になったのか、ということです」
くちびるを尖らせて、キアラはそう言った。
これはもう、あれだろうか。
キアラが助けてと大地の民が言う意味を、理解していようがいまいが、いただいちゃってもいいパターンというやつだろうか。
あいにく、今まで生きてきて一目惚れなんぞというものはしたことがないが。
これはもしかすると、近いパターンなのかもしれない。
「なんだか、すごく、前向きな質問だな。助ける以外の選択肢はないのか?」
からかう様子をつくろって、一応念のために聞いてみる。
どうしても助けて欲しいのだと、そういうつもりじゃなくても、聞いてみたかった。
「絶対に助けてくれると、信じていますから」
けれど、キアラはきっぱりとはっきりと、そう肯定してくれる。
それならもう、迷うまい。
もしそんなつもりじゃなかったの、と言われても。ひっくり返せるくらいにはがんばってみようかなとガラにもなくそんなことを思った。
けれど。
とりあえず、少し眠ろうと思う。
キアラには悪いが、もう限界だ。
「まぁ、あれだ」
おれが絶対に助けてやるから。
ちょっとまってくれ。
「おれ、眠いからちょっと寝るわ。悪いけど、その話はまたあとでな」
キラキラと期待をのせてみつめてくるキアラに、やっとの思いでそう告げた。
「おやすみ」
起きたら、何とかしてやるから。
なんで王都にでてきたのだとか、そういうことも含めて、ちゃんときいて、解決してやるから。
呆然としているキアラに心の中で謝りつつ。
片膝をたてて、顎を乗せた。
必死の思いであけていたまぶたをおろすと、がくんと引き摺り下ろされるような感覚が襲う。
『よう、かわいい子がいたのか?』
深い深い、意識の底。
真っ暗な心の、自分でさえも意識できないような場所で、皮肉げな顔つきをした男がにやにやとわらっているのがわかる。
ケイオス。
なぜか拾ってしまった、死すべき宿命の神子の、その欠片。
『まぁ、ほっとけないふうではあるかな』
意識は半ば同化しているようで。
ケイオスの考えは、なんとなくわかる。
たぶん、ケイオスもこちらの考えも、感情も手にとるようにわかるのだろう。
言葉を返せば、そうか、と面白そうに肯いた。
『それなら、眠りを分割してやろうか』
いつもよりも、はやく休眠から目覚めさせてくれるということか。
体の負担は大きいが、キアラのことも気になるから、それは助かるかもしれない。
けれど。
ケイオスが、そんな申し出をなんの意味もなくしてくるとも思えない。
『欠片が降るぞ』
警戒して様子を見守っていると。
にやり、と笑って。
ケイオスはそんなことを告げた。
『巫女は予知して、王族はそれを知る。――ほら、還れ。あまり時間はないぞ』
押し返されるような、弾かれるような、そんな感触。
意識は眠りから放り出されて、気がつくと、先ほどの場所で木箱から落ちていた。
ついでに被っていたローブが消えている。
ほんの一言二言、ケイオスと言葉を交わしていただけだったのに、現実の時間はそれよりもだいぶんと過ぎているようだった。
キアラの姿はなく、かわりに、マーリの残り香がした。
今回でジィンサイド終了予定だったのですが……
すみません、次話もジィンサイドになります。