とお。~Side:ジィン
ジィン視点、二つ目の話になります。
とりあえず大通りで話すような内容ではないだろうと思い、キアラを裏道へと誘導すれば。
お前に警戒心とはないのか?!と突っ込みたくなるくらいの素直さで、ぺたぺたとついてきた。
途中、目が釘付けになっていた屋台のよく冷えた果実水を買ってやれば、本当に嬉しそうににこりと笑う。
こくこくと子供のように果実水をのむキアラをみつめながら、こぼれるのはただ困惑の溜息ばかりだ。
まったく、森のやつらもどうかしている。こんな子供を王都にほうりだすなんて。
まだ同族の自分だったから救われている部分もあるだろうが、性質の悪い人買いなんかに目をつけられたら、一体どうするつもりなんだ。
平和な森ではまだ知らないかもしれないが、大地の民は結構な高値で売買される。
扱いとしては、力もある風変わりな奴隷やペットだ。
もっとも、困惑の種はそれだけではない。
「なんで困ってるんだ」
そう聞いてやれば、キアラはなぜかおいしいですと果実水の感想を述べた。
そしてそのあと、キラキラした目で果実水をうっとりとみつめる。
お前は困ってるんじゃなかったのかと少し突っ込みたかったが、とりあえずは何も言わずに見守ることにした。
こんな田舎から来ましたと看板をぶら下げて歩いているような娘、どうせ財布をなくしただとか、因縁をつけられて大金を要求されたとか、道に迷ったとか。
困っていることを予測するのは、はっきりいって容易い。
それを助けてやることも、まぁそう難しいことではない。
いくらかお金を貸してやって、なんなら森の近くまで送ってやればいいのだ。
「助けて」と同種族の女に言われたことに比べれば、まったくもって簡単に解決することである。
大地の民は、強いことに重きを置く一族だ。
強いことが正義だし、ひとに助けを求めることなんてまずはありえない。
女にしても、強いことを第一に考えるし、伴侶を選ぶ時にだって、それはもちろん考慮に入れられる。どんなに気のいい奴だって、弱ければそれだけで『対象外』なのだ。
そんな女が、誰かに助けを求める時。
その誰かは、必ず自分よりも強い、伴侶。もしくは、伴侶候補――人間風に言い換えるなら。婚約者にほかならない。
特定の相手以外に弱みを見せることは恥なのだ。
もし、それ以外の相手に助けを求めるのならば。
それは、伴侶になってくれといっているようなものだといえば。
ジィンのこの困惑も、理解してもらえるかもしれない。
逆に、乞われて手を貸す――助けることは、求婚を受け入れたということになる。
人間からしてみれば、馬鹿らしいような風習だと、最近では思うけれど。
思うけれど、実際に同種族の女から助けを乞われれば、困惑は深まるばかりだった。
うっとりとした顔つきで、キアラは果実水を堪能している。
まだこれが、しっかりとした成人の大地の民の女なら、ここまで苦悩しなかったかもしれない。
自分のいっていることははっきりとわかっているだろうし、こちらも対処のしようがある。
けれど、この娘は……
とりあえず、自分がいってることわかっているか?と胸倉でもつかみあげて問いただしたい気分だ。
一通りの可能性を検討してみたものの、どうしようもないの一言に尽きる。
溜息をひとつつき。
ぐらぐらと視界が回っていることに、遅まきながら気がついた。
まずいな、と冷静に状況を分析する。
神の欠片を宿すという事実は、思ったよりも身体に負担を強いるらしく。一定時間以上を起きていることができないのだ。
根性とか誠意とか、そういう問題ではなく。
一定の時間を過ぎれば、強制的に眠りがやってくる。
いつもなら、体調を気にしながら行動し、こんな街中で休眠に陥るようなことにはならないようにしているのだが。
自分で思っていたよりも、キアラの登場と助けて発言に動揺していたようだ。
「私、お財布をなくしちゃって……」
果実水を口に含みながら、ようやっとキアラがそう切り出したときには、もう眠気が限界までこみ上げてきた。ここまでの眠気はもはや暴力だといつも思う。
こらえきれない眠気をあくびで逃がそうとしたら。
大あくびの最中にキアラとバッチリ目があった。
キアラの瞳がたちまちに非難一色に染まる。
ごめん、と思うものの。
こればかりはもう、どうしようもないのだ。