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忘らるる神の欠片~眠り男の英雄譚~  作者: rit.
あくと2 戦略的撤退?!
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ななつめ。

「さて、と」

 

 助けるという趣旨をキアラに伝えたジィンは、もしかすると少し満足したのかもしれない。

 わずかに顎を引くと、端正な顔にキレイな笑みを浮かべて見せた。

 キアラは一瞬それにみとれ。ありがとうと告げる機会を逸した。

 ぽふぽふと頭をなでたジィンが、立ち上がるついでに――そう、本当にそんなごく自然な成り行きでキアラのことを抱き上げたせいだ。

 ふわり、と頼りない浮遊感に襲われて、キアラは目を見張る。


「え、ええええっ?!」


 浮遊感は一瞬。

 ジィンの腕に座らされるような形で、キアラにはすぐに安定感がもたらされた。

 自分の足が地面につかない頼りなさは、がっしりとしたジィンの体躯によって代替される。


「なになになにっ?!」

「おとなしくしてないと、肩に担いじゃうよ?」

「そ、そうじゃなくて!」


 幼子を父親が抱き上げるようなものだと、頭のすみでは理解していても、感情が追いつかない。

 傷を舐められることも、抱き上げられることも。

 昔はよくあったが、成人に近づくにつれ兄も姉もしなくなってきたのだから。

 久々の出来事に、ついでにジィンをほとんど知らないということも重なって、心臓がなんだかばくばく跳ねまくっている。


「あの、ジィン?」


 最初こそ、ジィンを兄さまと呼び、言葉も丁寧に使っていたが。

 そんな丁寧さは今はどこへやらだ。

 話の途中で寝てしまったジィンに対する苛立ちが最初はそうさせて、今は動揺のためにぶっ飛んでいる。もっとも、キアラが自分のそうした心の動きを整理できるのはもう少しあとになるのだけれど。


「どうした?」

「なんで、抱っこしてるわけ?」

「なんでって」


 片手でキアラの体重を支えるジィンは、あいた右手でキアラの大剣を己の背中へ担いだ。

「今、歩けないだろう?」

「ちょっと待ってさえくれれば……」

 そうきつい毒ではなかったみたいだし、今はもう舌の痺れも薄れてきている。

「おれが動けるのに、わざわざこんなところで呆けている必要もないじゃないか。大地の民が助けて護ると決めたなら、それは最後まで貫かれてしかるべきだ。そうだろ?」

「それはそうだけど……」

 キアラだって、一度助けると決めたら最後まで頑張る。自分の命だっていとわない。己の決意と誓いをなによりも優先する大地の民だから。


 けれど。

「私だって、大地の民なんだから。マーリを護るって決めたし、私がジィンに助けられてばかりって言うのは、なんだかちょっと……」

 言葉を濁すと、ジィンはなぜか不審げな顔をして眉を寄せた。

「おまえさ……いくら財布を失くしたとはいえ。同族の、それも男に女が助けを求める意味をわかってるのか?」

「……え?」

 困ったから渡りに船とばかりに、通りがかった同族の年上の兄に助けを求めたのだが。

 何か悪かったのだろうか?


「……ちょっと、失礼」

 ジィンに当惑したまなざしを向けると、ジィンは眉を寄せたまま一瞬動きを止め。

 空いているほうの手で、背中の半ばまで伸ばしたキアラの金茶色の髪を慎重な手つきでそっと横に避けた。

「え?なになに???」

 キアラはジィンの腕に腰をかけるような形で抱き上げられていたため、ジィンの肩先に身体を押し付けられるような格好になってしまう。

 驚いたような声を上げたが、ジィンは何か目的があるらしく。

 そのままくいっと衣服の襟首をひっぱった。

「うひゃ」

 おもわず変な声があがったのは本気で驚いたためだ。

「ジィン?!」

「いや……本当に成人(おとな)だよな?と思ってさ……」

「失礼ね!ちゃんと成人の儀だって済ませたわよ!」


 噛み付くようにキアラは抗議したがジィンの表情は複雑なままだ。

 だが、その行動の意味はちゃんと理解した。

 成人の儀で男は二の腕に自分で刺青を彫るが、女は首の後ろに、一番親しい姉に彫ってもらうのが一般的なのだ。

 どうやらジィンは、何らかの理由があって、キアラが本当に成人しているのかを確かめたかったらしい。


「まぁいいか」

 首をひねりながらも、ジィンは無理やりに自分を納得させたらしかった。

 理由はわからなかったが、ジィンに説明するつもりはないらしい。

「とりあえず、おれ、寝足りないんだよね。マーリはうまく逃げたみたいだし、しばらくはほっといても大丈夫だろう?」


 先ほど話の途中で眠ってくれただけではまだ足りないらしい。

 あふ、と緊張感のないあくびをひとつして、ジィンは確かな足取りで、キアラが傭兵たちと戦いながら逃げてきた道を引き返し始めた。

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