ひとつめ。
立ち並ぶ家々は、どの家も透明なガラスつきの窓と重そうな扉を持っていた。
細い細い路地までもが赤い煉瓦で舗装され。
市を行きかう人々は、村の祭りでめかしこんだ人たちよりもきれいに着飾り。
村の祭りよりもにぎやかな喧騒であふれていた。
「うわあぁぁぁ……」
乗せてもらっていた馬車から降りて。キアラは思わず感嘆の声を上げた。
王都というのはなんて華やかなところなんだろう。
「なんか……ニンゲンがいっぱい」
きょろきょろと辺りを見回し、そんな感想を口にする。
すると、御者台で手綱を取っていた気のいいおっちゃんが豪快な笑い声を上げた。
「そりゃそうだろうよ! ここはニンゲンの町だからな!」
おっちゃんは人間だったが、見れば見るほど、キアラと同じ大地の民によく似ている。
口の周りから顎にかけてびっしりと生えた黒いひげ。
太い首や出っ張った腹。
刺青をほどこした太ももほどの太さのある二の腕も。
短く刈り込んだ黒い髪の毛の上に、大地の民の特徴とも言える獣のような耳がないのが本当に不思議でしょうがない。
「あそこに見えるでっかい建物が、お城ってやつだ」
「おしろ?」
「おまえさんが探している、王子様がいるところさ」
おっちゃんの言葉に、キアラはただでさえ丸い目をさらに大きく見開いて、その太い指先が指し示す方を一生懸命見やった。
どこまでも続く、町並みの、少し途切れたところ。
小高い丘の上に、周りをぐるりといかめしい壁で囲まれた、ひときわ白く高い建物があった。
「……おうじさま」
そうか。
あそこに、最終目標の王子様がいるのか。
じっとみつめていると、おっちゃんがさらに面白そうに笑った。
「まぁ、お城なんてところは貴族じゃねえと入れんと思うがなー」
「きぞく?」
「大地の民に、その概念を説明すんのはちっと骨なんだがな」
顎に手をやりながら、おっちゃんはううむ、と低く唸る。
大地の民、またの名をベルセルク。
いうなれば半獣の民で、特徴的なのは頭の上にある獣の耳と、肉食獣のような細い瞳孔の瞳。
戦闘能力に長けた民で森に棲み、まれに傭兵として己の腕を売って、戦を渡り歩く者もいるという。
彼らは年長者や経験を積んだものを敬いはするが。
身分という概念も、血筋という概念も持ち合わせてはいないのだ。
「まぁ、王子様よりちっとばかりえらくないのが貴族ってことだ」
「……おうじさまは偉いの?」
「王族ってのは、無条件で偉いもんさ。そういうことになっとるんだ」
キアラは難しい顔つきでふうん、とだけ頷いた。
そうか、おうじさまはエライ人だったのか、とただそれだけを脳みそに叩き込む。
どうエライのかはわからなかったが、無条件でエライというのだから、呪医のようなモノかもしれないと予測してみる。きっとなにか、おうじさまにしか出来ないことがあるのに違いない。
「まぁ行くだけ行ってみればいいさ。もうじき武術大会もあるというし、うまく参加できれば遠目にくらいは拝めるかもしれねえぜ? 大地の民ってのは、武術が得意なんだろう?」
「私はあんまり強くないと思う。あにさまやあねさまたちは強いけど」
町へ出るといったキアラに、餞別として彼らがくれた大剣は今もしっかり背中に背負っているものの。この大きな剣を、あにさまやあねさまたちのようにうまく使いこなせる気はしない。
「まぁなんでもいいけどよ。とりあえず、そのぽかーんと口を開けるのはやめた方がいんじゃねえのか。おのぼりさん丸出しだぜ? 財布だってすられちまうよ」
おっちゃんは苦笑交じりにそういうと、退屈そうにしていた馬に、ひとつ鞭をくれた。
「そんじゃな。運命の女神の気まぐれがあったら、また会おうぜ」
ごつい手をひらひらとふって、おっちゃんはのんびり馬車を走らせて去って行く。
「ありがとう!」
大きな背中にお礼をいって、キアラは大剣をしっかりと背負いなおした。
夢にまで見た、王都ディディン。
目的を達するまでは、きっと帰らないと。
そうかたく心に決めた。