むっつめ。
「おれのかわいい妹になんてことをしてくれたんだ。もちろんそれなりの覚悟は出来てるよな?」
特に脅すふうでもなく。
平板な様子でジィンはそう言った。
けれどジィンが大剣を持つと、やはり迫力が違うらしい。
傭兵たちは圧されるようにじりじりと後退し、髭面が「妹だと?!」と情けない声を上げた。
「眠り男に、妹がいるなんて話は聞かないぞ?!」
「残念だったなぁ。大地の民に、妹がいないなんてことはありえないんだよ」
傭兵たちの反応を見るに、実はジィンは有名人なのかもしれないと、ちらりと思う。
「大地の民は種族全体が家族のようなものだからな。血がつながってなくても妹なんだよ」
気負うふうもなく、ジィンは一歩前に歩み出る。
何気なくひとふりした大剣が、風を斬って唸った瞬間。傭兵たちの剣が弾けて飛んだ。
「おれはキアラと違って手加減はしないよ?面倒だから」
宣告しながら、剣をもう一閃。
キアラが使うような派手な動きも体術もないけれど。
ジィンは確かに剣の一振り一振りで、確実に相手の戦力をそいでいくらしい。
ただ手加減はしないといいながら、一撃で殺してしまわないあたりは、優しいと言うのかなぶっているというのか、殺すといいながら後始末をめんどくさがっているというのか。
ジィンは正確に傭兵たちの剣を折り、鎧を切り落とし。
やがて、その恐怖に耐え切れなくなった傭兵たちがばらばらと逃げていくのを、ジィンの背中越しにキアラはぼんやりと見送った。
意識をなくしているわけではないが、毒が回ってきたのか思考の方までしびれてきたような気がする。
特に退散していった傭兵たちの後を追うでもなく、ジィンはその背を見送り。
こちらに引き返してくると、キアラの頬や腕にできた小さな傷を検分するように手を添えてじっとみつめた。
「傷はそう、深くないねぇ。やっぱり毒か。まぁ、きついのでなくてよかったけどさ」
視界に映るジィンが、わずかに口の端を曲げる。
「ジ、ン」
「どしたよ?」
ジィンの温かい指先が頬の傷をなぞった。
「……女の子なのに、顔に傷なんか作っちゃダメじゃないか。いくら大地の民が戦いの民だから少々の傷は気にしないといってもさ。ないに越したことはないんだよ?」
思考が散漫で、言葉を紡ぐこともできないでいると。
沈黙を埋めるようにジィンはそんなことをいった。
人間とは違う、大地の民の暖かさ。初対面でも、ずっと親しんでいたような。なつかしさ。
王都にきてから、ずっと張り詰めていた心がこんなところなのにほぐれていくようだ。
それが心地よくて、じっとジィンを視界に納めていると。
なぜだかジィンの整った顔が視界いっぱいにひろがった。
顔を近づけてきたのだと、理解したのは一瞬あと。何のためにと疑問を覚えたときには。
あたたかくてしめったなにかが、頬に傷にふれていた。
「動かないの。おれ、今薬もってないんだからさ」
消毒のかわりだとそういって、ジィンが傷口を舐めていく。
ぴりぴりとした痛みと、舌の熱さと、ぞくぞくする背中と。
そういえば、転んで怪我をした昔。
剣の稽古をしている途中に負った傷。
近くにいた兄や姉たちが、よく傷を舐めてくれたと思う。
大地の民の唾液は傷の治りを促し、毒を清めると、昔からよく言われている、のだけれど。
「ジィ、ン……」
ジィンは大地の民の、会ったばかりだけれども兄の一人で。
それなのに、背筋を変な感触が駆け抜ける。
「こら、動くな。腕はともかく、顔は自分で舐めらんないでしょ?」
どれだけ、時間は過ぎたのだろう。
ぞくぞくするその感触と熱さをひたすらこらえて。
ぼんやりとした思考がようやく働きを取り戻してくるころには。
もっともな理由を告げられた頬の傷はもちろん、腕の傷もきれいにジィンに消毒されたあとだった。
「とりあえずさ、質問に答えると」
ぺろりと唇を舐めて、ジィンがこちらを見下ろしてくる。
「おれは王都で天涯孤独の身の上ということになっているし、もう森に戻ることもないだろうけど、一応大地の民の端くれだし。おまえを助けるのもやぶさかじゃないと思うよ。ひまだし」
なんて回りくどい言い方をするのだと。
助けてもらう身でありながら、キアラは思った。