ひとつめ。
一見して、平和な町並みだった。
裏道まできちんと整備された石畳の道。
おまけに大通りでもないのに、小さく開けた場所が作られていて、花が植えられたりベンチが置かれたりしている。
大通りほど多くはないが、そこそこある人通り。
その間にまぎれるようにして、ちらほらと。
囲むように取り巻いた、不穏な気配。
「とりあえず、ここを逃げようと思う」
「うん」
声を潜めてそう宣言すると、マーリは素直にうなずいた。
「私は地理に詳しくないんだけど、どこが一番安全だと思う?」
問えば、マーリは無言のままうつむいた。
わからない。なるほど。
「それなら、王都から離れるって言うのはアリなの?離れて身を隠す」
「あんまり長いことだとまずいと思う」
条件付での、許可。
まぁこのまま、右も左もわからない王都で迷子になりながら逃げ続けるよりは、いささか先が見えた選択肢だと思う。
「それなら、マーリ。フードをしっかり被ってね、私が追っ手をひきつけている間に、大きい方の王都を出る門にいって」
「大きい方?小さい方の門じゃなくて?」
「人が多いほうが、紛れ込めるかなって思って。私は大地の民だから、マーリの匂いを追える。だから、頑張って本気で隠れてて。絶対見つけて合流するから」
「うん」
マーリの頭をぽふぽふとなでれば、幼げな顔が少しばかりくしゃっとした。
「いい?今から、あっちの通りに走るわよ」
キアラが示したのは、細く長く水路沿いに走る一本道だ。
キアラたちがいる場所から走りこむほかには、しばらく合流してくる道はなさそうだ。
「私が道をふさいで追っ手を止めるわ。マーリは一生懸命走って逃げるふりをする」
「ふり?」
「そう、隠れられる場所があったら、そこに隠れて。私が道をふさぎつつ逃げながらマーリの後を追っていくふりをするから、私と追っ手が通り過ぎてから、そこの場所からでて約束の場所に行ってちょうだい。わかった?」
退却を偽装する。
難しい技術ではあるが、相手が自分たちを女子供だと侮ってくれれば成功するに違いない。
大地の民には珍しいこの華奢な外見も、きっと相手に侮りを生んでくれるだろう。
「日が沈んでから、落ち合いましょう。あなたの幸運を世界樹に祈るわ」
大地の民の決まり文句を口にしてから、キアラはマーリの背をぽんぽんと叩いた。
「いくわよ」
だいじょうぶなのか、とマーリの視線が問うている。
実を言えば、自信はあまりない。
けれど、自信がないからやらなくていいということにはならない。
やるからには、最善を尽くす。
ほかに、道はないのだ。
マーリを安心させるように微笑んで見せてから、キアラは建物の壁沿いに積み上げてあった樽を通りに向かって思い切り蹴飛ばした。
ちゃんと中身が入っていたようで、結構重い。
少し無理をしたが、そのまま蹴りきってしまうと、高く積み上げてあった樽はぐらりと揺れて、地面へゴロゴロ転がった。
中身がこぼれることも予想したが、思ったよりも樽は頑丈だったようだ。
重さのせいで勢いも増し、通行人めがけてなだれていく。
うわぁ、とあちこちで悲鳴が上がった。
重い樽は結構な凶器になるようで、みんな結構真剣に逃げている。
反射神経が鈍そうな幼児や、思ったように動くことが出来ない年配の人間がいなかったことにいささかの安堵を覚えた。