とおと、ひとつめ。
「えっと……」
そんなマーリをみつめながら、キアラは軽く頬をかいた。
直接相対したことがない敵がいる場合。
まず、しないといけないことはなんだったか。
「ねえ、マーリ。誰に追われているの?」
すべきことは、常にひとつ。
情報を集めること。
だれが、いつ。どこでなんのために。どのような手段をもって。
ゆっくりと問えば、マーリのまなざしは瞬間泳いだ。
隠したいことがある顔つきだ。
「……言えることだけでもいいんだけど、私は何もしらなすぎるから」
たとえば、そう。
森の中で魔獣に出くわした時に。
その魔獣が何を苦手とするのか、何を好むのか。それを知っているだけで、生存確率はぐんとはねあがる。
情報は、多ければ多いほうがいい。
敵よく知ること。
己にできることとできぬことを、きちんと理解すること。
それがすべての基本なのだから。
本来ならば、雇い主との間には、強固な信頼関係も有ったほうがいい。
けれど、自分とマーリの間にそんなものがないことは、きちんとわかっている。
たまたま、その場に居合わせた人物。
それ以上でも、それ以下でもなくて。
たまたまお互いにその相手に、ほんのちょっとの利用価値を見出したに過ぎないのだから。
マーリは少しばかり迷っているようだった。
けれど、ほどなく腹を決めたようで。
夏色の青い瞳をこちらに向けた。
「おじさん、なんだ。追って来てるのは、おじさんの私兵」
「おじさん?」
「うん。おじさんは、ぼくが邪魔なんだ。だから、ぼくをいないことにしてしまおうとしてるんだ。町の中で何かをされることはないと思うけど、つかまったら、ぼくはたぶん。殺されてしまう」
そう語ったマーリの口調は淡々としていて、とくに悲壮感も何もない。
諦めている、というのか、なんというのか。
うまくはいえないけれど、そのことについて、格別な悲壮感なんかは抱いてはいないようだった。
「ぼくの姉さんが神殿で巫女をしているんだ。だから、姉さんのところに行こうと思ったんだけど、だめだった。神殿はすでにおじさんが掌握したあとだったんだ」
大人びた口調で、マーリはさらに言葉を継いだ。
小難しい言葉を使っても、マーリはまだ幼いのに。
その背伸びをした様子はなんとなく切なくて、キアラは思わず眉根を寄せた。