とお。
「私でいいなら、喜んで」
にっこりと笑ってうなずくと、少年はほっとしたような顔つきになった。
「ぼくは、マーリ。詳しいことはいえませんが、今ちょっと追われていて。たぶん……今すぐにお命頂戴とかそういう物騒な展開にはならないと思うんだけど……だからといって、捕まるわけにはいかなくて。ジィンとはちょっとしたオトモダチって感じかなぁ。よろしくお願いします」
やわらかそうな金色の髪が、通りを渡る風にふわふわと揺れている。
いかにも硬そうな自分の砂色の髪とは随分な違いだ。
ちょっとうらやましいというか。
神様って生き物は不公平だと思う。
「私は、キアラ」
あにさまやあねさまよりはずっと華奢で傭兵向きではない体つき。
けれど、柔らかでふわふわしているわけでもなく、中途半端な自分の容姿。
「とりあえず、追われてるんだったら、これを被って?その髪の毛は目立つから」
血のにおいも気になったけれど、追われているのなら、先に少しでも距離をとるべきだろう。
とりあえず少年マーリの目立つ金色の髪を隠してしまうべく、キアラは眠りこけているジィンからフードつきのローブを引っぺがした。
その拍子にジィンがさらに木箱からずり落ちて、ついでに壁に頭をぶつけたが。
起きる気配はなかったので、とりあえずはいいのだろう。
ローブには、ジィンが焚き染めているのか、やさしく爽やかな香りが染み付いているようだった。
〈世界樹〉に見守られているような心持になって、ほんの少し心強い。
そっとその香りを吸い込んで、少しばかり不安げなマーリににっこりと笑って見せた。
「だいじょうぶ。私、大地の民ではそんなに強くないけど、ニンゲンよりは強いと思うから」
ふわりとローブを広げて、マーリを抱き込む。
小柄なマーリに、大柄なジィンのローブはかなり大きいようで、裾を引きずってしまったが。
とりあえず腰の辺りをベルトで止めて、無理やりに丈を調節した。
「いこう」
マーリは王都に詳しそうだったから、先導はまかせた。
追ってくるニンゲンがいないかどうか、警戒しながら。キアラもその後に続く。
「マーリ、逃げる先は決まっているの?」
4つの通りを過ぎ、6つ目の裏道を抜けたあたりで、キアラは困ったようにそう聞いた。
マーリの足取りは頼りなく、右に逃げた後、左に戻り、結局は逃げるのに遠回りをしただけだったということが何度かあったためだ。
とてもではないが、行き先が決まっているようには見えない。
キアラの問いに、マーリは泣きそうな顔つきでゆっくりとかぶりを振った。
「逃げなくちゃいけないことはわかってるんです。でも、どこに逃げたらいいのかわからない」
たぶん、年齢よりは大人びた顔つきなのだと思う。
知的な夏の空の色の瞳は、悲しみを帯びてキアラをみつめた。
「誰を信用していいのかもわからない。ジィンは群れるのが嫌いな人だから、大丈夫だと思ったんだけど。あとはなにもわからないんだ」
マーリは今にもその場に座り込んでしまいそうだった。
まるで群れからはぐれて途方に暮れている、羊の子どもみたいに。
切なそうにしょんぼりと肩を落としている。