ここのつめ。
不吉な血の香りは、この少年から漂ってくるようだった。
顔色を青くしたまま、少年はいまだすやすやと眠り続けるジィンの胸倉を両手でつかみあげる。
「ジィン、起きて!起きてってば、ねぇ!」
泣きそうな声を上げて少年はジィンをゆすり続けるが、ジィンは目覚める気配さえ見せはしない。
「ジィン、貴方はなんでいつも重要な場面で寝ているんだよ!嫌がらせだろう!ぼくを困らせたいと思ってるんだろう!起きてよ、ジィン!ジィンってば!!!」
血の香がわずかに増した気がした。
見れば、少年の衣に赤いしみが出来ている。
わずかに破れ、その間から傷が覗いていた。そうたいした傷ではなさそうだったが、それにしても、こんな美少女と紛うばかりの少年が刀傷とは物騒この上ない。
そう、物騒な刀傷――この少年にはあまりにも不似合いな。
「ねぇ。大丈夫?」
じゃぁ、これはもしかしたらチャンスかもしれない、と思う。
キアラだって大地の民だ。
ここでこの子を助けることが出来れば。腕を認められれば。
いつも外見ではねられてしまう、守護者や傭兵になれるかもしれない。
「……あなたはだれ?」
声をかければ、少年はようやっと。キアラの存在に気づいたようだった。
「大地の民?ジィンの知り合い?」
ジィンから手を離し、つとキアラのほうに歩み寄る。
ぐらりとバランスを崩したジィンの体が木箱からずり落ちるが、少年はまるで気に止めなかった。
というか、ジィンはそうなってさえ目覚める様子を見せない。
「知り合いって言うか……話してる途中にちょっと待ってって寝ちゃって」
「ジィンはいつもそうだよ。巫覡ですらないのに、神をその身に宿してるんだから、しょうがないっていったらしょうがないんだけどね」
巫覡?
巫覡っていったら、神様を降ろしちゃったりして、託宣をさずけるとかいう、あれ?
キアラは思わず口許をひきつらせたが、幸いというかなんというか、少年がそれに気づく様子はない。
大地の民は戦闘能力にこそ長けているが、基本的に呪術的なものや神がかり的なもの、一種超常的なものにはまるで縁がない種族なのである。
必要に迫られて、呪医の勉学に励み、薬草学に長けた者となるものがいることはいるが、そういったものたちにしたところで、呪医らしいところといえばせいぜいが薬を調合したり病人の診察をしたりする程度で、人間やエルフなどの呪医のように特殊な〈力〉を持つわけではないのである。
この人、間違いなく大地の民だよね?
それなのに、巫覡的なことをやっちゃうの?
それって……なんだろう、すごく面倒くさい予感がする!
キアラはそう認識した瞬間、ジィンに助けを求めたことを後悔した。
どうしようもなく、厄介ごとのにおいがする。
そんな面倒なことには関わりあいたくない。
目の前で途方に暮れた様子の少年をみつめる。
とりあえずこの少年に雇ってもらえれば、ジィンとこれ以上関わらなくてもすむんじゃないんだろうか。
ぺろり、と軽く唇をなめて、キアラは少年に向き直った。
「ねえ、貴女、大地の民でしょう?」
けれど、キアラが口を開くより前に。少年がおずおずとそう切り出した。
「大地の民は、戦闘に長けた種族だって習ったことがある。少しの間、ぼくを守ってくれませんか」
まったく、願ってもない展開だと、そう思った。