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(6)絶望の村

「ぼくはコニー。ねえ、女神さまはなんて言うの?」

 屈託なく問う少年に、セスは自分は女神でないということを納得させることをあきらめた。セスは『天空』では、ずっと一人で生活してきたようなものだった。『天空の民』の存在は感じとれても、『天空の王』以外は、ほとんど滅多にセスにわかる形で姿をあらわさなかった。それで、人の扱い方に長けるはずもない。ましてや相手は、十才になるかならずかいったところの子供である。

「わたしはセス」

 そっけない答えにコニーはたじろかなかった。

「お姉さんって呼んでもいい?」

「えっ?」

 セスは驚いて少年を見おろした。いつか、ずっと昔、そんなふうに呼ばれたことがあったような気がする。そして、なぜだかその呼び名はセスの耳には心地よく響いた。

「だって、女神さまだって内緒なんでしょ? 気にいらない?」

 ちょっと不安げにコニーは大きな茶色の瞳でセスを見あげた。やっぱり、女神さまをそんなふうに呼ぶだなんて、まずかったかな。

「いや、かまわない」

 ふわりとセスが微笑んだ。新緑の瞳の中の苛烈なまでの意志の煌めきがやわらいだ。

 かがやかしいまでの黄金の微笑。

 とたん、コニーは心臓が跳ねあがるのを感じた。

(うわっ!)

 まるで、太陽をまともにのぞき込んだかのようにまぶしくて、あわてて目を反らした。なぜだかわからなかったけれど、動悸がとまらなかった。頬があつくて火をふきそうだった。

「どうかしたか?」

 少年の様子にセスは不審げに眉をひそめる。セスはセスで自分が少年にあたえた影響にまるで気づいていない。

「な、なんでもないっ! ないったら、ない」

 コニーはぶんぶんと首を横にふり、必要以上に一生懸命、否定する。どうしてだか、セスの微笑に動転した自分を知られたくなかった。セスの顔も見ずに早口で続ける。「おじいちゃんなら、悪い王様のこともっと知っている。すぐ近くなんだ。村においでよ」

 そうして、背をむけてずんずん歩き出した。


 コニーの案内で村につくと、セスは知らず柳眉をひそめた。絶望がよどんだ陰鬱な村だった。建ちならぶ石造りの家の大半は、あきらかに空き家とわかるほど手入れが行き届いていない。割れた窓。ひびの入った壁。崩れた屋根。畑も放置されているのか、はえているのは雑草ばかり。家畜の声も子供の泣く声もなくただ静まり返っている。

 崩れかけたポーチにうずくまった男が一人。蒼ざめた顔に、暗いうつろな死人のような目。ときどき片手にもった酒ビンからちびりちびりと中の液体を啜っていた。酒に現実逃避をしているのだろう。通り過ぎる少年とセスに気づき、のろのろと顔を上げる。村には珍しいよそ者。豪華な銀のマントにまぶしいほどの金髪をゆらす麗人に目を見瞠る。しかし、好奇心や行動力はすでに絶望にすりきれ、声をかけようともせず、ただ見送るのみ。

 よそ者の村への侵入を知ったほかの者たちも声もなく、窓から家の影からただじろじろと粘りつくような視線をそそぐのみ。まるで行きながら死んでいるものように、彼らはよそ者を問いただす程度の気力すら失っていたのだ。

 村人たちの視線にセスは居心地の悪いものを感じていた。じろじろと見られることに慣れていない。前を行く少年も村人たちのまとわりつく視線を感じているのか、足が速まった。

 やがて、村の中心に建つ石造りの二階屋に行き当たった。村の建物の中でいちばん大きくて立派な造りであるため、ここは「お屋敷」と呼ばれている。「お屋敷」の主は、村一番の物知りであり、村長でもあるコニーの祖父であった。

「こっちだよ」

 木の門をあけて、コニーがセスを中に導く。庭は昔はそれなりに造ってあったのだが、今はその面影はない。花壇にかろうじてはえているのは雑草のみ。植木はとおの昔に枯れ果てて、葉の落ちた無惨な立ち姿をさらしているにすぎない。

 玄関までの白い石畳を先に立って歩くコニーに、セスは無言で続く。

 彼らの足音だけが妙に大きくこだました。



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