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(1)天空の養い子

 プロローグ


『だれだ、だれなのだ』

 ざわめくのは無数の意識。

『絶望と恐怖で我らの夢の調和を乱すのは?』

『そは、傷ついたひな鳥

 悲しみをその肉までに食い込ませた子ども』

 彼らは意識を広げると、母鳥のようにその子を包みこんだ。



(1)天空の養い子


 奇妙なほどあたたかみに欠ける金色の光が照らしだす部屋のなかで、少女は棚に並べられた本の背表紙の金文字をこがれるように見凝めていた。

 渦巻きながら背に流れおちる髪は輝かしいばかりの金色。白く若々しい顔は造形の神の御手によってなったかのよう。形よくほんのりと紅い唇、弓形の眉、ととのった細い鼻梁、新緑色の宝玉のような瞳。すべてが絶妙な調和をなしており、わずかな痕もない。

 もしこれらに加え、たおやかさや儚げなものがあれば、誰もが夢幻的な美女として称えるだろう。だが、かの女の新緑の瞳に宿るのは、けっして妥協を許さぬ苛烈な意思の煌めきであり、たおやかさや等という生優しいものでない。

 豪華な光沢のある銀色のマントを、華奢な肩に無造作に羽織っていた。その下にまとう膝までしかない緑の薄絹から、のぞく2本の白い脚はのびやかに美しい。

 17、8の子供でもなく、かと言って大人にもなりきれてもいない、微妙であやうい年頃。体つきはほっそりとまだ成熟しきってはいない。

 けれども、その健やかさは、一目瞭然。

「セス、小さき子」

 すずやかな声がかの女を呼ばわった。

 声にかの女が振り向く。金色の髪がさざ波のように光を散乱する。

「リディウス、天空の王。いつからここへ」

 そこには、雪白の髪に金の瞳をした長身の人物が立っていた。ぼんやりとしたその姿は空間にとけ込もうとしているように実体感に欠け、夢の中の人物のように細部を見極めることができない。が、それもそのはずである。天空の民は肉体を持たない。遥かないにしえの時代に自らの肉体を脱ぎ捨て、精神だけの存在に昇華し、たいてい自らの紡ぎ出す永遠の夢の中でまどろんでいる。夢こそが現実であり、現実とは彼らの夢の一部に過ぎない。そんな彼らの中にあって、この王は異端なのかも知れない。『大地の民』の子であるセスを養い子にし、その娘のために遥かな昔に捨てたはずの身体を仮染めのものとはいえ、現実に紡ぎだして見せる彼は。

 王は穏やかな顔に翳りのあるほほえみを浮かべた。

「私はいつでもお前を見守っている。知っているはずであろう?」

 セスは小さくため息をついたが、吸い寄せられるように視線をもとの本に戻した。

「なぜ、これらの本を読んではいけないのですか?」

 かの女の視線の先にある本には、強力な魔法の封印が施されていた。これでは、触れることすらままならない。

「お前には必要のないものだ」

 セスは身体ごと向きなおった。緑の瞳には、怒りの炎が今にも燃え盛ろうとくすぶっている。

「いつもそうだ。肝心のことは私には隠される。これだって、古代の力ある魔道書なのに、わたしの前には開かれない!」

「セス」なだめるように言う王の金色の瞳に、憂慮の色が浮かび上がった。「この本が示すのは大陸一つすら滅ぼす力だ。そして大きすぎる力はその使い手すら滅ぼすだろう」

 冷静な王の言葉についにセスは怒りを爆発させた。頬が上気し、新緑の瞳が怒りをはらんで、おそれげもなく天空の王をにらむ。

「あなたに何がわかると言うのです。肉体を捨て、人の子の世俗の欲求と隔絶し、死ぬことすらない天空の民に。夢見ることしか能のない、夢を現実とする天空の民。そう、わかっている。あなたとっては、現実は夢の一部にしか過ぎない。私の存在なぞは、永遠を生きるあなたがたの一時の余興でしかないのかもしれない。そんなことはわかっている。でも、私には力が必要なのです。それも大いなる力。あなたが教えてくれたような小手先の魔術なんかじゃなく!」

 金と緑の炎のような少女の峻烈な言葉に、王はまったく動じなかった。ただ少女の正式の名を呼ぶ。

「セラスヴァティー」と。

 そして問う。

「なにゆえに力を求めるか」

 応えを待つ天空の王の眼差しには長い年月を経たもののみがもつ思慮深さがたたえられ、それゆえに苛烈でもあった。

 セラスヴァティーは反射的に背筋を伸ばしていずまいを正した。暴発した怒りをかろうじて抑え、まっすぐに王を見返した。緑の瞳の中にいまだ抑えきれぬままの怒りの炎がくすぶっていた。

「復讐のために」かの女は甘美な夢でも見ているかのような口調で応えたが、王の厳しい視線に怒りを再燃させる。緑の瞳にくすぶっていた怒りの炎が再び燃えあがる。「それが悪いとでも言うのですか、王よ。私は目の前で家族を殺された。憎むべき殺人者たちにはそれ相応の報いを受けさせてやる。私はそのための力が欲しいだけなのだ。たとえ、世界を滅ぼそうとも」

「小さき子よ」おだやかな金の瞳が慈しむように、かの女をみつめていた。ゆっくりと彼は首を横にふった。「私にはこれ以上お前をどうしてやることもできない」

 それはセスがはじめて聞く王の弱音だった。思わず王を見あげたセスの表情はどこか、親に見捨てられて途方にくれた子どものものに似ていた。

 王は優しく言った。

「海の国に行くがよい。かの地にて真実をもとめよ」

 ふいにあたりの風景がゆがんだ。天空の王自身すら。

「待ってください」

 セスがおもわず一歩踏みだしたときには、そこはすでにかの女の知る世界ではなかった。



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