100万円のおにぎり
俺は震える手で、
100万円のおにぎりに齧り付いた。
俺の俳優歴は長い。
ドラマでも映画でも。
主役ではないが、
名脇役としての地位を築き上げている。
バラエティー番組にも出ていて、
芸人には負けるが、
トークはそれなりに出来る方だ。
ある番組のメンバーで仲良くなり、
皆で食事に行くことが増えた。
その中に、
大富豪の男がいた。
センスも良く、
高級品を自然に身に付けていた。
絵画も音楽も演技もトークも、
一流の才能を持っていた。
それでいて嫌味がなく
天然キャラとして愛されていた。
その日は、
彼が皆に、日頃の感謝を込めて奢りたいと、
スタッフも一緒に、
一般人は存在すら知らない高級店に
連れて行ってもらった。
出てくる料理全て、
量は少なかったが、
とても美味しく彩り豊かで、
会話と箸は進んだ。
値段を聞いては、目を丸くして驚いた。
皆、メインディッシュに期待した。
肉か魚か、どんな凄い料理が来るかで
盛り上がった。
誘った彼も、
その高級店のシェフに任せているので、
来る料理を知らなかった。
そして遂に、
メインディッシュが運ばれて来た。
ただのおにぎりだった。
皆、目が点になった。
どんな冗談かと思った。
笑うべきか本気なのか、
分からなかった。
「おにぎりでございます」
シェフの言葉で、
目の前のものが、
見た目通りのものであることが示された。
しかし、困惑は収まらなかった。
若手芸人がシェフに値段を尋ねた。
「100万円です」
シェフの言葉に、場が凍りついた。
俺は堪らず聞いた。
「つまり、これは、
100万円のおにぎりってことか?」
「左様でございます」
皆、開いた口が塞がらなかった。
女優が聞いた。
「具が、何か特別な物が入っているの?」
「具は、何も入っていません。
白米と海苔だけです」
その言葉に皆、頭を抱えた。
ベテラン芸人が笑いながら尋ねた。
「じゃあ、この海苔だけでも
10万はするんでしょうね」
「分かりますか。
正確には13万円です」
シェフの言葉にベテラン芸人の顔が引きつった。
シェフは長々と
白米と海苔の来歴と、
それに携わる一流な人々のこだわりの数々を、
語り続けた。
何も頭に入って来なかった。
皆、目の前のおにぎりを見て、
困惑、疑い、半笑い、少しの嫌悪、立腹、
様々な感情を顔に浮かべた。
俺は、訳が分からなくて呆れ返った。
は?
こんな何でもないおにぎりが100万?
馬鹿か。
どんなぼったくりだ。
具に、金粉をまぶした
特別なキャビアが入っているとかなら、
まだ話は分かるが、白米と海苔だけで100万?
ぼろい商売だ。
こちらが毎日、心と体をすり減らして
カメラの前に立ち続けているというのに、
何だこれは。
これが日本か。
これがこの国の現状か。
嘘だろう、おい。
俺は天を仰いだ。
ふと、皆を見ると、
その視線が一点に集まっている。
視線を辿ると、大富豪の彼がいた。
彼が、今まで見たことがない程、
顔を真っ赤にして震えている。
今にも噴火しそうだ。
彼にしてみれば、
せっかく皆を招待したのに、
これでは、恥をかかされたも同然だ。
無理もない。
シェフは、それに気付かず、
延々と喋り続けている。
皆が注目する中で、
大富豪の彼は、ゆっくりと立ち上がった。
「これが100万?」
彼は、おにぎりを指さしてシェフに言った。
厳しい声だった。
シェフは驚き、話を止め、狼狽えた。
「本当にこれが100万なのか?」
それはほとんど尋問だった。
シェフは、その迫力に押され、数歩退いた。
男性陣は、暴力沙汰にならないよう、
いざとなったら彼を止めるため、
身構えた。
彼は、シェフに掴みかかった。
俺達は彼を止めに走った。
彼が叫んだ。
「このおにぎりの値段は
実際は200万だ。
そうだろう!?」
俺達は足を止めた。
彼は興奮し、感動していた。
「それを、質を下げずに
人々の努力によって、
半額まで下げるとは」
シェフは誇らしげに語った。
「当然のことですよ。
皆、物価高で苦しんでる。
でも、我々は
なるべく多くの人々に
最高の物を食べてもらいたいのです。」
シェフの言葉に、
彼は感動の涙を流した。
俺達は、100万円のおにぎりを手に取った。
なんだかんだ言っても、
値段に見合うだけの味であれば問題ない。
俺は震える手で、
100万円のおにぎりに齧り付いた。
分からん。
もう一口食べた。
分からん。
もう一口。
どう食べても、昔ながらのおにぎりだった。
普通に美味しいが、
それ以上でも以下でもない。
400円前後の、ちょっと高いおにぎりと
何ら違いがなかった。
周りを見回すと、
一口食べては、
苦笑いをしながら目配せをし合う女性陣と、
首を捻りながらペロリと平らげる男性陣で分かれた。
大富豪の彼は、
米の一粒一粒、海苔の一片一片を味わいながら、
食レポのようなポエムを、
延々とシェフに伝えていた。
彼とシェフは二人共、涙を流して感動していた。
他の皆は呆れながらも
「まあ、自分達の金でないから良いか」
という気持ちで、その様子を眺めていた。
後日、当然、
誇張し、美化しながら
100万円のおにぎりは、
話のネタになった。
話している内に、
100万円のおにぎりは
なんだかそれなりに、
いや、すごく
美味しかったような気がしてきた。
それを本当は自分も
分かっていたような気がした。
数年後、久々に
大富豪の彼と同じ番組で一緒になり、
100万円のおにぎりの話になった。
彼は、「知らない」と言った。
皆で食事に行ったことは覚えているが、
100万円のおにぎりなんて出なかったし、
そんなもの、ある訳がない
と言われた。
驚いて、
自分の記憶違いかと
あの時居たメンバーに聞いたら、
皆、覚えていた。
若手だった芸人が、その時言った。
「あんまり、
そのことは言わない方が良いですよ」
「なんで」
「別の金持ちの友達に聞いたんですけど、
ちょっと、タブーみたいです。
あったのは確かだけど、うん、
なかったことにした方が良い、みたいな。
俺も詳しくは知らないですけど」
俺は、びっくりして、
色々調べた。
しかし、ネットも含めて、
100万円のおにぎりの存在は
跡形もなく消されていた。
あの芸人が別れ際に言った言葉が、
頭を離れない。
「本当にあれ、
100万円の価値、あったんですかね…」
もう、誰にも分からない。




