鳩と烏
「自分を鳥に例えるなら何だろう」と考えたことはありませんか?
不器用でマヌケな「鳩」のわたしと、孤高でスマートな「烏」のあの人。
交わることのない二羽の視線を描いた短編作品です。
わたしは鳩烏かと問われれば、おそらく鳩であると答える。
何故かって?
理由の核心は、その「行動のノリ」と「顔の抜けた印象」にある。
カラスのような鋭い知性と漆黒のニヒルさではなく、どこか間抜けた日常を生きている自覚があるからではないでしょうか。具体的には、以下のような節に心当たりがあるはずです。
足元の千鳥足:ドバトのように、首を前後させながら慌ただしく右往左往してしまう。
妙な楽観主義:カラスほど警戒心が強くなく、なんだかんだで誰かが餌(救い)をくれると信じている。
知性の方向性:策略を巡らすような黒い野心より、目の前のパンくず(目先の誘惑)にすぐ飛びついてしまう。
要するに、街の路地裏で必死に格好をつけてみても、どこか「クルッポー」とマヌケな声を漏らしてしまうような親しみやすさがあるからです
さて、ではわたしの好きなひとは?
「間違いなく、烏だ。」
わたしがどれだけマヌケに首を振り、目先の甘いパンくずに飛びついていようとも、あの人はいつだって冷めた瞳で、遠い電線の上からわたしを見下ろしている。
漆黒の羽をなびかせ、孤独を纏い、誰にも与せぬまま街を支配する。
策略と孤高の似合うあの人に、クルッポーとしか鳴けないわたしが惹かれないはずがなかった。
差し出された救いなど信じず、自らの爪と嘴だけで世界と対峙するその背中に、わたしは今日も届かぬ視線を送り続ける。
街のノイズを蹴り飛ばし
あなたは黒い翼を広げる
孤高の空を描く鳥
わたしは路地裏で首を振り
零れたパンくずを啄む
マヌケな影を落とす鳥
届かない高さを仰ぎ見ながら
今日もクルッポーと鳴く
触れ合わぬ二つの影が
夕暮れの街に落ちるとき
世界でいちばん美しい
「鳩と烏」の夜が明ける
『鳩と烏』をお読みいただき、ありがとうございます。
自分を「マヌケな鳩」、あの方を「孤高の烏」になぞらえ、交わらないからこそ愛おしい二羽の距離感を描いてみました。
路地裏で右往左往する日常の可笑しさと、見上げる空の美しさが少しでも伝わっていれば幸いです。
これからも、不器用な鳩の歩みを見守っていただけたら嬉しいです。




