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第2話 ベンチの約束

 翌日の夕方。


 春人は昨日と同じ公園へ向かっていた。


 別に約束をしたわけではない。


 けれど、なぜか足が向いてしまった。


 公園の入り口を抜けると、昨日と同じベンチに美代が座っていた。


「こんにちは」


 春人が声をかける。


「あら、来たのね」


 美代は嬉しそうに笑った。


「佐伯さんはまだみたいね」


「そうなんですね」


 春人は少し離れて腰を下ろした。


 沈黙。


 でも嫌な沈黙ではなかった。


 夕方の風が木々を揺らしている。


「春人くん」


「はい」


「明日は何するの?」


 突然の質問だった。


「え?」


「昨日も聞いたけど」


 春人は困った。


 明日。


 昨日も同じことを聞かれた。


 将来のことなら学校でも家でも聞かれる。


 けれど、明日のことを聞かれる機会なんてほとんどない。


 だから答え方がわからなかった。


「特にないです」


 そう答える。


 すると美代は少し首をかしげた。


「じゃあ何か作ればいいじゃない」


「作る?」


「そう。予定」


 春人は苦笑する。


「そんな簡単に言われても」


「簡単よ」


 美代は空を見上げた。


「私は明日、商店街のお団子を食べに行く予定」


「それだけですか?」


「それだけ」


 美代は笑う。


「でも楽しみなの」


 春人にはよくわからなかった。


 お団子を食べるだけだ。


 それが何になるのだろう。


 その時だった。


「何の話してるんですか」


 聞き覚えのある声がした。


 振り向くと佐伯が缶コーヒーを片手に立っていた。


「佐伯さん」


「どうも」


 佐伯はベンチに腰掛ける。


「明日の予定の話」


 美代が答えた。


「またですか」


「またよ」


 美代は楽しそうだ。


「佐伯さんは明日何するんですか?」


 春人が聞く。


 佐伯は少し考えた。


「そうやな」


 そして少し首をかしげる。


「パン屋でも行こうかな」


 春人は思わず笑った。


「またですか?」


「またや」


 佐伯は平然としている。


「昨日もパン屋って言ってませんでした?」


「言ったな」


「好きなんですか?」


「好きやな」


 佐伯は少し笑った。


「新しい店見つけると、なんとなく入ってしまう」


「そんなもんですか」


「そんなもんや」


 美代もくすりと笑う。


「佐伯さんらしいわね」


「そうですか?」


「ええ」


 美代は頷いた。


「明日の予定って、その人が出るものよ」


 佐伯は少し照れくさそうに頭をかいた。


 春人は思った。


 パン屋に行くだけ。


 それなのに、なんだか楽しそうだった。


 大人の予定はもっと立派なものだと思っていた。


 仕事の話とか。


 将来の話とか。


 そんなものばかりだと思っていた。


「なんか変ですね」


「何が?」


「二人とも」


 そう言うと、美代も佐伯も笑った。


 その時。


「こんにちは」


 小さな声がした。


 見ると、ランドセルを背負った女の子が立っていた。


 ひまりだった。


「ひまりちゃん」


 美代が手を振る。


 ひまりは静かに近づいてきた。


「今日も来た」


「そうなんや」


 佐伯が言う。


 ひまりはベンチの前に立ったまま聞いた。


「今日は何の話してるの?」


「明日の予定」


 春人が答える。


「ふーん」


 ひまりは少し考える。


 そして言った。


「じゃあ私は明日、絵を描く」


「何の絵?」


 美代が聞く。


「まだ決めてない」


「決めてないのに?」


「うん」


 ひまりは平然としている。


「でも描く予定だから」


 一瞬、みんな黙った。


 そして。


「それでいいんやな」


 佐伯が小さくつぶやく。


 明日絵を描く。


 ただそれだけ。


 でも確かに予定だ。


 未来の話ではない。


 来年の話でもない。


 明日の話だ。


 春人は気づく。


 自分はずっと先のことばかり考えていた。


 大学。


 就職。


 将来。


 夢。


 でも明日のことは考えていなかった。


「じゃあ俺も決めます」


 春人が言った。


 3人がこちらを見る。


「明日、学校帰りにコンビニで新しいアイス買います」


 言った瞬間、自分でも少し恥ずかしくなった。


 けれど。


「ええやん」


 佐伯が笑う。


「いい予定ね」


 美代も頷く。


「何味?」


 ひまりが聞いた。


 春人は少し考えて答えた。


「まだ決めてない」


 すると4人の間に笑い声が広がった。


 公園の時計は午後6時を指していた。


 明日が少しだけ楽しみになったのは、春人にとって久しぶりのことだった。

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