4 エボニーの罪
不可抗力とはいえ主と客人の話を聞いて知ってしまった内容を、知っているからと言って口にするわけにはいかない。──とはいえオリーブの知っていることと言えば、エボニーが平民であることとその本性。そしてヴェルトと婚約するかもしれないということだけだった。
エボニーは、学園で貴族への接し方は学んでいるらしく、はじめは貴族令嬢のオリーブにも恭しく接していた。
しかし、オリーブが「貴族とか平民とか気にしないで」と優しく伝えると、「貴族にもオリーブさまみたいな人がいるんですね」と少し砕けた態度をとるようになった。
言葉を鵜呑みにするなど貴族間ではあり得ないことだ。
(やはりこの娘に男爵夫人は無理よ。ヴェルト様には相応しくない)
エボニーは王都を追い出されたくらいだ。よほどのことをしでかしたに違いない。
エボニーを辺境から手っ取り早く追い出すには、平民でありながら中央貴族に無礼を働き王都を追われたという事実をみんなに知ってもらうのが一番だとオリーブは考えた。
その結果、皆のエボニーに対する風当たりが強くなり、耐えられなくなって辺境から逃げ出す、というのがオリーブの考えた計画だった。
流石に面と向かって出ていくよう伝えてしまっては、悪になってしまう──オリーブが瑕疵を作ればヴェルトの妻になることが出来なくなる。それは避けなければならない。
オリーブは、早速皆の前でどうして辺境に来ることになったのかをエボニーに聞いてみることにした。
一見、面倒見の良いオリーブが、”早くこの娘が皆に溶け込めるよう”話を振ってあげたかのように見せるのを忘れない。
すると愚かなことに、エボニーは正直に自分の身の上を話しだした。
「辺境に来た理由は縁談です。
あたし、学園で好きな人が出来たんです。その彼には婚約者がいたんですけど、学園ではあたしと一緒に過ごしてくれて、特別扱いしてくれたんです。
だからあたし、彼が婚約破棄になるように婚約者の令嬢に喧嘩を売ったんですよね」
平民が貴族に手を出す。
当然物理的にではないだろうが、だからといって許されるわけもない。
その場にいた使用人たちの顔が曇る。
「だけどあたし、はじめから彼の特別でもなんでもなかったみたいなんです。
結局あたしは学園を退学することになって、その彼からあたしが王都にいたら婚約者が気にするから、辺境へ嫁に行けって言われたんです」
エボニーは「えへへ」と何事もなかったかのように笑っているが、その話を聞いたオリーブは驚愕していた。
なんとエボニーは平民の分際で貴族と不義を働き、その婚約者の令嬢の不興を買って辺境の男爵家に嫁入りするように命ぜられたというのだ!
予想以上の話に、オリーブは歓喜した。
平民を相手にし、婚約者に頭が上がらない男など、大方嫡子ではない男爵家か子爵家あたりの次男か三男くらいなのだろう。
辺境伯家の寄子である男爵家のヴェルトに強引に嫁がせることが出来るくらいだ。きっとその情けない男の婿入り先は格上──力のある伯爵家辺りに違いない。
ならば王都から追い出せさえすれば、その平民がどうなろうと知ったことではないのだろうとオリーブは考えた。
それにオリーブの家も伯爵家だ。辺境と王都の差はあれど、ヴェルトに伯爵令嬢を差し置いて平民を娶れと言うなどという愚行は犯さないだろう。
オリーブは、エボニーが皆に真実を話したこと、そして縁談の相手としてヴェルトの名前を出さなかったことだけは評価してやろうと思った。
辺境伯邸の使用人は基本身元がはっきりしている貴族のみだ。使用人としてもどこの馬の骨とも知れない平民と同等に扱われるなんてプライドが許さないに違いない。
そして貴族は基本的に他人の醜聞や噂を好むがその渦中にある者を避ける傾向がある。
まさか婚約者持ちの貴族と不義をはたらいた罰として辺境に送られてきたとは思っていなかったが、王都の貴族に不興を買ったエボニーは、今後皆に遠巻きにされるに違いない。
結果、オリーブから全てを奪おうとしているこの悪魔は、ここに居づらくなって、辺境から出ていかざるを得なくなるのだ。
「それは・・・つらかったわね」
オリーブは嗤いそうになるのを必死に抑え、エボニーに気の毒そうに声を掛けた。




